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45「そうか、『軽く壊す』は半壊か」
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「執務室は丸ごと差し押さえだ、見張りを立てて誰も入れないようにしておけ」
副騎士団長はそう指示して、手元の懐中時計を確認した。侯爵邸に踏み込んで二時間ほどが経っている。
「使用人は全員集めたか?」
邸宅の捜索は一段落つき、書類などの証拠を確保し、次は関係者からの聞き取りである。
「はい、住み込みの者も通いの者も玄関ホールに集めました。ただ、侍女が二人、客間に移動させた侯爵一家についています」
「何故侍女を?」
「侯爵夫人が失神しまして、その世話を」
優雅に晩餐を楽しんでいたところに、剣を持った騎士たちが雪崩れ込んで来れば、精神的な衝撃を受けて体調を崩すのも分かる。そもそも貴族女性というものは失神しやすい生き物である。
「もう一人の侍女は、侯爵令嬢がしがみついて離れないので」
何が起こっているのか分からず、怯えているまだ幼い令嬢から引き剥がすのは躊躇われた。
「まあいいだろう、夫人は何も知らなかったようだし、令嬢はどちらかと言えば被害者のようだからな」
聖女に憧れていた令嬢は、攫ってきた魔力持ちたちから集めた魔力を使って、何か実験をされていたらしい。
「離れの方の状況は?」
「残り二人を発見したそうです、かなり衰弱しているが生きていると」
枢機卿を含む十人は、踏み込んですぐに保護できたが、使い物にならなくなったからと姿が見えなくなっていた二人を探すのに手間取っていた。その二人が見つかったらしい。
「そうか! 生きていたか!」
獣の餌にされた疑惑が高かった二人である。副騎士団長はほっと息をついた。
「こっちの調べでは行方不明者は十四人だったが、その辺はどうなんだ」
「調べでは枢機卿は入っていませんでしたから、残りは三人ですが、そのうち二人は犯人側で確定です。もう一人は不明ですが、被害者たちからの聞き取りでは、少なくともここには連れてこられていないようです」
無関係の可能性が高そうである。
「それと、離れから外に出すのに、ギルシェから『軽く壊してもいいか?』という問い合わせが来ています」
「何を壊す気なんだ……あいつ基準の、軽くってどのくらいなんだろうな?」
「問い合わせが必要な程度には重いのでは」
軽い気が全くしない。
「人的被害を出さない範囲で許可すると伝えてくれ」
「了解しました」
「エイダール、壊していいそうです」
離れの一階の廊下の突き当たりにいたエイダールに、イーレンは許可が下りたことを告げる。
「おう。『霜柱』」
壁際の床から何本もの氷が天井を突き抜ける勢いで生えて、突き当たりの壁が、がらがらと崩れ落ちる。
「凄いです先生! いくら魔法とはいえ、霜柱で壁が壊せるんだ!」
ユランが感嘆する。離れに突入する際、案内役として先陣を切ったが、一通りの案内を済ませた後は、エイダールにくっついている。
「何を言ってるんだ、自然現象で出来る霜柱でも、ひびを入れるくらいは普通だぞ」
水の力は侮れない。
「で、イーレン、どうだ? 範囲外のままか?」
イーレンに、離れを覆っている結界のようなものの状態を尋ねる。これの所為で、被害者たちを外に出せないのだ。出入り口と定義された場所でだけ、魔力封じの腕輪が反応するようなので、それ以外の場所に脱出口を開ければいいのではないかというのが、エイダールとイーレンの共通見解である。
「予想通り範囲外のままですね。重力魔法の掛かった輪の外れた人から外に出て貰いましょう」
現在地下一階では、被害者につけられた重力魔法の掛かった輪を工具で捩じ切っているところだ。魔力封じの腕輪のほうは、そんな雑な外し方をすると危険なので、騎士団本部で専門家に任せることになっている。
「あ、まずい」
崩した壁の周囲がみしみしと言い出したのを聞いたエイダールは、ユランの腕を掴んで廊下の端から内側に下がる。
「人が一人通れるくらいの穴で充分だったのに……」
同じく避難したイーレンが、更に崩れ落ちた壁を見て、やり過ぎだというようにエイダールを見た。
「仕事が雑だったのは認めるが、俺だって疲れてんだよ、朝からずっと運河探知して、こんな時間まで働いてるんだぞ」
働かせすぎだろうと愚痴る。
「運河って、もしかして僕を探してくれてたんですか?」
ユランがきらきらした瞳でエイダールを見る。結果としては侯爵邸まで来てしまったが、途中で運河に放り込まれる予定だったユランである。
「まあそうだな、その時は、お前が巻き込まれたなんて知らなかったが」
知っていたら運河になどいなかったが。
「そういやイーレン、何で隠してた?」
「え」
その話は流れたと思って油断していたイーレンは、蒸し返されて目を泳がせる。
「もし知ったら、神殿で大暴れする気がして……君はユランくんをとても大事にしていますから」
誤魔化してもいい結果にはならないだろうと、正直に告げる。
「僕、大事にされてる……?」
イーレンの評価に、ユランの目がさらに輝く。
「大事なんだから大事にするに決まってるだろ……あ、まだ崩れるのか。『氷柱』」
壁を失って崩れてきた屋根を、氷の柱を生成して支える。離れが平屋建てだったのが幸いして、崩壊はそこで食い止められた。
「そうか、『軽く壊す』は半壊か」
聞こえてきた派手な音に、窓に目を遣った副騎士団長は、離れの惨状を見て乾いた笑い声を立てる。報告書に書くのが億劫な事案であった。
副騎士団長はそう指示して、手元の懐中時計を確認した。侯爵邸に踏み込んで二時間ほどが経っている。
「使用人は全員集めたか?」
邸宅の捜索は一段落つき、書類などの証拠を確保し、次は関係者からの聞き取りである。
「はい、住み込みの者も通いの者も玄関ホールに集めました。ただ、侍女が二人、客間に移動させた侯爵一家についています」
「何故侍女を?」
「侯爵夫人が失神しまして、その世話を」
優雅に晩餐を楽しんでいたところに、剣を持った騎士たちが雪崩れ込んで来れば、精神的な衝撃を受けて体調を崩すのも分かる。そもそも貴族女性というものは失神しやすい生き物である。
「もう一人の侍女は、侯爵令嬢がしがみついて離れないので」
何が起こっているのか分からず、怯えているまだ幼い令嬢から引き剥がすのは躊躇われた。
「まあいいだろう、夫人は何も知らなかったようだし、令嬢はどちらかと言えば被害者のようだからな」
聖女に憧れていた令嬢は、攫ってきた魔力持ちたちから集めた魔力を使って、何か実験をされていたらしい。
「離れの方の状況は?」
「残り二人を発見したそうです、かなり衰弱しているが生きていると」
枢機卿を含む十人は、踏み込んですぐに保護できたが、使い物にならなくなったからと姿が見えなくなっていた二人を探すのに手間取っていた。その二人が見つかったらしい。
「そうか! 生きていたか!」
獣の餌にされた疑惑が高かった二人である。副騎士団長はほっと息をついた。
「こっちの調べでは行方不明者は十四人だったが、その辺はどうなんだ」
「調べでは枢機卿は入っていませんでしたから、残りは三人ですが、そのうち二人は犯人側で確定です。もう一人は不明ですが、被害者たちからの聞き取りでは、少なくともここには連れてこられていないようです」
無関係の可能性が高そうである。
「それと、離れから外に出すのに、ギルシェから『軽く壊してもいいか?』という問い合わせが来ています」
「何を壊す気なんだ……あいつ基準の、軽くってどのくらいなんだろうな?」
「問い合わせが必要な程度には重いのでは」
軽い気が全くしない。
「人的被害を出さない範囲で許可すると伝えてくれ」
「了解しました」
「エイダール、壊していいそうです」
離れの一階の廊下の突き当たりにいたエイダールに、イーレンは許可が下りたことを告げる。
「おう。『霜柱』」
壁際の床から何本もの氷が天井を突き抜ける勢いで生えて、突き当たりの壁が、がらがらと崩れ落ちる。
「凄いです先生! いくら魔法とはいえ、霜柱で壁が壊せるんだ!」
ユランが感嘆する。離れに突入する際、案内役として先陣を切ったが、一通りの案内を済ませた後は、エイダールにくっついている。
「何を言ってるんだ、自然現象で出来る霜柱でも、ひびを入れるくらいは普通だぞ」
水の力は侮れない。
「で、イーレン、どうだ? 範囲外のままか?」
イーレンに、離れを覆っている結界のようなものの状態を尋ねる。これの所為で、被害者たちを外に出せないのだ。出入り口と定義された場所でだけ、魔力封じの腕輪が反応するようなので、それ以外の場所に脱出口を開ければいいのではないかというのが、エイダールとイーレンの共通見解である。
「予想通り範囲外のままですね。重力魔法の掛かった輪の外れた人から外に出て貰いましょう」
現在地下一階では、被害者につけられた重力魔法の掛かった輪を工具で捩じ切っているところだ。魔力封じの腕輪のほうは、そんな雑な外し方をすると危険なので、騎士団本部で専門家に任せることになっている。
「あ、まずい」
崩した壁の周囲がみしみしと言い出したのを聞いたエイダールは、ユランの腕を掴んで廊下の端から内側に下がる。
「人が一人通れるくらいの穴で充分だったのに……」
同じく避難したイーレンが、更に崩れ落ちた壁を見て、やり過ぎだというようにエイダールを見た。
「仕事が雑だったのは認めるが、俺だって疲れてんだよ、朝からずっと運河探知して、こんな時間まで働いてるんだぞ」
働かせすぎだろうと愚痴る。
「運河って、もしかして僕を探してくれてたんですか?」
ユランがきらきらした瞳でエイダールを見る。結果としては侯爵邸まで来てしまったが、途中で運河に放り込まれる予定だったユランである。
「まあそうだな、その時は、お前が巻き込まれたなんて知らなかったが」
知っていたら運河になどいなかったが。
「そういやイーレン、何で隠してた?」
「え」
その話は流れたと思って油断していたイーレンは、蒸し返されて目を泳がせる。
「もし知ったら、神殿で大暴れする気がして……君はユランくんをとても大事にしていますから」
誤魔化してもいい結果にはならないだろうと、正直に告げる。
「僕、大事にされてる……?」
イーレンの評価に、ユランの目がさらに輝く。
「大事なんだから大事にするに決まってるだろ……あ、まだ崩れるのか。『氷柱』」
壁を失って崩れてきた屋根を、氷の柱を生成して支える。離れが平屋建てだったのが幸いして、崩壊はそこで食い止められた。
「そうか、『軽く壊す』は半壊か」
聞こえてきた派手な音に、窓に目を遣った副騎士団長は、離れの惨状を見て乾いた笑い声を立てる。報告書に書くのが億劫な事案であった。
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