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42「また攫ってきたんですか?」
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「ここも全然警備がいないな」
ユランと一緒に地下に下りたエルディは、誰も見張りに立っていないことに少し呆れた。犯罪組織の拠点として許されない怠慢である。
「どっちもワイン蔵か、どういうことだ」
階段を下りるとすぐに扉が二つあり、一つ目の大きな部屋には壁面の棚と、部屋の中央に置かれた棚にワインがぎっしり並んでいた。二つ目の小さな部屋には鍵が掛かっていたが、壁板の節穴から中を確認すると、こちらも小規模なワイン蔵だ。人の気配はいったいどこからしたというのか。
「”奥” ”布” ”揺れ”」
ユランがそう書いた紙を見せ、エルディに、鍵の掛かった部屋の節穴を見るように身振りで示した。
「奥の布?」
再度節穴を覗き込んで、布を探すと、間にワイン棚があるために見にくいが、奥の壁に掛かっている大きな装飾布が、確かに揺れている。まるで風に吹かれているかのように。地下室の場合、壁の向こうは土で、風が通る筈がないのだが。
「あの奥に隠し部屋か……何してるんだユランくん」
節穴から目を離すと、ユランが扉の鍵穴にペンの軸を突っ込んでいた。かちゃりと音がして鍵が開く。
「…………そんな特技を持ってたのか!?」
器用さ二割、力任せ八割の合わせ技なので、鍵開けというよりは、破壊である。なので簡単な作りで壊れてもいい鍵でしか出来ないのだが、ユランはこくりと頷いた。
「結構広いな」
エルディは小声で呟く。装飾布をくぐると、長い廊下だった。右側にいくつか扉が見える。
「魔術師様? 今日連れてきた魔力持ちは、今夜は一階の魔法陣で活性化させるんじゃなかったんですか?」
一番手前の部屋の扉が開き、男が出てきた。廊下にいた、魔術師のローブをまといフードを深く被ったユランとエルディを見て、首を傾げる。開いた扉から見える部屋の床には大きな魔法陣が描かれていて、その上に疲れ切った表情の男たちが五人、座ったり寝転んだりしている。魔法陣は、一階で見たものと似ているので、魔力を吸い上げられているのだろう。
「人数が足りない、次の部屋も確認したい」
後ろに立っていたエルディに耳打ちされ、ユランはエルディの腕を掴むと、引っ立てる振りで次の部屋に向かう。
「その男は、そっちの部屋に入れるんですね」
出てきた男は納得したようで、ユランたちに背を向けてワイン蔵の方に向かっていく。上に行かれるとまずいかもしれない。エルディがすうっと動く。
「ん――――――っ」
装飾布に手を掛けたところで、背後から絞め落とした。崩れ落ちた男を二人で運んでワイン棚の陰に隠し、一仕事終えた気分である。
「また攫ってきたんですか? こんなことを続けていたら、いずれ捕まりますよ。警備隊だって騎士団だって馬鹿じゃないんですから」
次の部屋の床にもよく似た魔法陣が描かれ、魔法陣の上には三人の男がいた。一番近くで横になっていた男が半身を起こして、ローブ姿のユランに冷たい視線を向けた。その後、不思議そうに目を細めてユランを凝視する。
「俺は新人の十三番だ、あんたは?」
「私は十二番ですが」
エルディに問われて答えながら、十二番はユランから目を離そうとしない。
「ってことは、一番最近の被害者か。回復術師の?」
「何故それを……」
目を見開いた回復術師の耳元で、エルディは囁く。
「どうも。馬鹿じゃない騎士団の者です」
「…………っ!?」
「約三週間、攫われそうな人物を演じて、昨夜漸く拉致されたところ」
エルディが正体をばらしたのを見て、ユランもフードを脱いだ。
「ああ、やはり別人でしたか、魔力を感じられないのでおかしいと思っていました」
先程凝視していたのは、こいつは誰だと思って見ていたらしい。
「話が出来そうなのは、あんただけだな」
他の被害者は、生きているのが精いっぱいという疲労度に見える。
「そうですね、私はここに来てからの日が浅いですし、魔法陣の上でなら楽に魔力を回せますから、少し回復できますし」
「魔力を回せる? 魔法陣の上なら魔法が使えるのか?」
魔力封じの腕輪が反応しないのだろうか。
「魔法陣の上なら魔力を外に出せます。そうでなければ魔力を吸い上げることも出来ないでしょう?」
「確かに」
そう言われればその通りだ。
「どういう理屈や設定なのか分かりませんが、この魔法陣の上でなら、魔力を放出しても魔力封じの腕輪の制裁が発動しません。ただ、普通の魔法は発動に必要な魔力が先に魔法陣に吸われてしまうので、使えません。私が私の体を回復させる場合は、体内での話になりますので可能なのですが……理論上は魔力封じの腕輪が機能している状態でも可能ですが、体外に魔力を出さずに制御するのは難しいので、魔法陣の上でだけやってます」
回復術師は特殊例らしい。しかし、それでも少し息が荒い。
「こっちに出てこられないのか? そこだと魔力を吸われっぱなしなんだろう?」
回復術師が魔法陣の上から動かないことを不思議に思って問うと。
「出たほうが負担が大きいんですよ、これの所為で」
回復術師は、腕を見せた。魔力封じの腕輪と、もう一つ輪がはまっている。
「”手枷” ”半分”」
見覚えのあるそれに、ユランがペンを走らせた。
「ああ、重力魔法の掛かってるやつか」
「そうです、こっちは魔法陣の上だと魔法の効力が切れるんです。ずっと重しを掛けられてるより、魔法陣の上で魔力を吸われてる方が楽なので……そうでなければ、わざわざ魔力を差し出すような真似はしません」
どちらも不本意だが、日に日に落ちていく体力と相談した結果、そういう結論に達したらしい。
「あなたは魔力封じの腕輪だけですね、どうしてですか?」
エルディの腕を見て回復術師は訝しむ。
「あー、それはまあ、運が良かったとしか」
巻き込まれたユランが手枷を引き受ける形になったので、エルディは楽をしていると言える。
「運ですか……羨ましいですね、私もそうだったら魔力供給なんて拒否するのに。まあ、そうでなくも頑なに拒否し続けてる人もいますが、神聖力持ちだからですかね、さすが枢機卿というかなんというか」
「枢機卿?」
思わぬ人物の存在を聞かされ、エルディの声が裏返る。
「枢機卿がいるのか? いや待て、俺が聞いてる被害者の数は十四人なんだが、その中に枢機卿は入ってないぞ? 俺が十三番ってことは、実際は十二人だったのか?」
エルディは混乱する。
「十二人としても、この部屋に三人、隣に五人、残り四人は何処なんだ」
「枢機卿とその側仕えが別々の部屋に閉じ込められているようです。側仕えの方を人質にして、枢機卿の動きを封じていると、誰かが話しているのを耳に挟んだことがあります」
「残り二人か……何か聞いてるか?」
「聞いていませんが」
エルディに問われた回復術師は視線を床に落とす。
「『使い物にならなくなったら獣の餌にする』と脅されたことはあります」
「そうか」
ただの脅しであることを祈るばかりだった。
ユランと一緒に地下に下りたエルディは、誰も見張りに立っていないことに少し呆れた。犯罪組織の拠点として許されない怠慢である。
「どっちもワイン蔵か、どういうことだ」
階段を下りるとすぐに扉が二つあり、一つ目の大きな部屋には壁面の棚と、部屋の中央に置かれた棚にワインがぎっしり並んでいた。二つ目の小さな部屋には鍵が掛かっていたが、壁板の節穴から中を確認すると、こちらも小規模なワイン蔵だ。人の気配はいったいどこからしたというのか。
「”奥” ”布” ”揺れ”」
ユランがそう書いた紙を見せ、エルディに、鍵の掛かった部屋の節穴を見るように身振りで示した。
「奥の布?」
再度節穴を覗き込んで、布を探すと、間にワイン棚があるために見にくいが、奥の壁に掛かっている大きな装飾布が、確かに揺れている。まるで風に吹かれているかのように。地下室の場合、壁の向こうは土で、風が通る筈がないのだが。
「あの奥に隠し部屋か……何してるんだユランくん」
節穴から目を離すと、ユランが扉の鍵穴にペンの軸を突っ込んでいた。かちゃりと音がして鍵が開く。
「…………そんな特技を持ってたのか!?」
器用さ二割、力任せ八割の合わせ技なので、鍵開けというよりは、破壊である。なので簡単な作りで壊れてもいい鍵でしか出来ないのだが、ユランはこくりと頷いた。
「結構広いな」
エルディは小声で呟く。装飾布をくぐると、長い廊下だった。右側にいくつか扉が見える。
「魔術師様? 今日連れてきた魔力持ちは、今夜は一階の魔法陣で活性化させるんじゃなかったんですか?」
一番手前の部屋の扉が開き、男が出てきた。廊下にいた、魔術師のローブをまといフードを深く被ったユランとエルディを見て、首を傾げる。開いた扉から見える部屋の床には大きな魔法陣が描かれていて、その上に疲れ切った表情の男たちが五人、座ったり寝転んだりしている。魔法陣は、一階で見たものと似ているので、魔力を吸い上げられているのだろう。
「人数が足りない、次の部屋も確認したい」
後ろに立っていたエルディに耳打ちされ、ユランはエルディの腕を掴むと、引っ立てる振りで次の部屋に向かう。
「その男は、そっちの部屋に入れるんですね」
出てきた男は納得したようで、ユランたちに背を向けてワイン蔵の方に向かっていく。上に行かれるとまずいかもしれない。エルディがすうっと動く。
「ん――――――っ」
装飾布に手を掛けたところで、背後から絞め落とした。崩れ落ちた男を二人で運んでワイン棚の陰に隠し、一仕事終えた気分である。
「また攫ってきたんですか? こんなことを続けていたら、いずれ捕まりますよ。警備隊だって騎士団だって馬鹿じゃないんですから」
次の部屋の床にもよく似た魔法陣が描かれ、魔法陣の上には三人の男がいた。一番近くで横になっていた男が半身を起こして、ローブ姿のユランに冷たい視線を向けた。その後、不思議そうに目を細めてユランを凝視する。
「俺は新人の十三番だ、あんたは?」
「私は十二番ですが」
エルディに問われて答えながら、十二番はユランから目を離そうとしない。
「ってことは、一番最近の被害者か。回復術師の?」
「何故それを……」
目を見開いた回復術師の耳元で、エルディは囁く。
「どうも。馬鹿じゃない騎士団の者です」
「…………っ!?」
「約三週間、攫われそうな人物を演じて、昨夜漸く拉致されたところ」
エルディが正体をばらしたのを見て、ユランもフードを脱いだ。
「ああ、やはり別人でしたか、魔力を感じられないのでおかしいと思っていました」
先程凝視していたのは、こいつは誰だと思って見ていたらしい。
「話が出来そうなのは、あんただけだな」
他の被害者は、生きているのが精いっぱいという疲労度に見える。
「そうですね、私はここに来てからの日が浅いですし、魔法陣の上でなら楽に魔力を回せますから、少し回復できますし」
「魔力を回せる? 魔法陣の上なら魔法が使えるのか?」
魔力封じの腕輪が反応しないのだろうか。
「魔法陣の上なら魔力を外に出せます。そうでなければ魔力を吸い上げることも出来ないでしょう?」
「確かに」
そう言われればその通りだ。
「どういう理屈や設定なのか分かりませんが、この魔法陣の上でなら、魔力を放出しても魔力封じの腕輪の制裁が発動しません。ただ、普通の魔法は発動に必要な魔力が先に魔法陣に吸われてしまうので、使えません。私が私の体を回復させる場合は、体内での話になりますので可能なのですが……理論上は魔力封じの腕輪が機能している状態でも可能ですが、体外に魔力を出さずに制御するのは難しいので、魔法陣の上でだけやってます」
回復術師は特殊例らしい。しかし、それでも少し息が荒い。
「こっちに出てこられないのか? そこだと魔力を吸われっぱなしなんだろう?」
回復術師が魔法陣の上から動かないことを不思議に思って問うと。
「出たほうが負担が大きいんですよ、これの所為で」
回復術師は、腕を見せた。魔力封じの腕輪と、もう一つ輪がはまっている。
「”手枷” ”半分”」
見覚えのあるそれに、ユランがペンを走らせた。
「ああ、重力魔法の掛かってるやつか」
「そうです、こっちは魔法陣の上だと魔法の効力が切れるんです。ずっと重しを掛けられてるより、魔法陣の上で魔力を吸われてる方が楽なので……そうでなければ、わざわざ魔力を差し出すような真似はしません」
どちらも不本意だが、日に日に落ちていく体力と相談した結果、そういう結論に達したらしい。
「あなたは魔力封じの腕輪だけですね、どうしてですか?」
エルディの腕を見て回復術師は訝しむ。
「あー、それはまあ、運が良かったとしか」
巻き込まれたユランが手枷を引き受ける形になったので、エルディは楽をしていると言える。
「運ですか……羨ましいですね、私もそうだったら魔力供給なんて拒否するのに。まあ、そうでなくも頑なに拒否し続けてる人もいますが、神聖力持ちだからですかね、さすが枢機卿というかなんというか」
「枢機卿?」
思わぬ人物の存在を聞かされ、エルディの声が裏返る。
「枢機卿がいるのか? いや待て、俺が聞いてる被害者の数は十四人なんだが、その中に枢機卿は入ってないぞ? 俺が十三番ってことは、実際は十二人だったのか?」
エルディは混乱する。
「十二人としても、この部屋に三人、隣に五人、残り四人は何処なんだ」
「枢機卿とその側仕えが別々の部屋に閉じ込められているようです。側仕えの方を人質にして、枢機卿の動きを封じていると、誰かが話しているのを耳に挟んだことがあります」
「残り二人か……何か聞いてるか?」
「聞いていませんが」
エルディに問われた回復術師は視線を床に落とす。
「『使い物にならなくなったら獣の餌にする』と脅されたことはあります」
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ただの脅しであることを祈るばかりだった。
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