上 下
41 / 178

41「失礼だな、俺を危険物みたいに言うなよ」

しおりを挟む
「グーン上級神官様の? せ、性的嗜好ですか?」
 グーンを直接尋問しようとしたエイダールだが、カスペルに拒否された。危害を加えかねないと思われたらしい。さすがに付き合いが長いだけあってよく分かっている。代わりに共犯者となら話してもいいと言われたので聞き取り中だ。
「そうだ、拉致した相手に不埒な悪戯をするような男か?」
 エイダールの姿を見て、先程の恐怖を思い出して青くなっていた共犯の神官は、首を横に振った。
「いえ、抵抗されたり罵られたりするのはお嫌いだそうで、無理矢理というのはまずないかと。性的嗜好としては熟女好きでしょうか。普段は趣味と実益を兼ねて、人妻を口説いています」
 人脈作りも兼ねているらしい。
「昨夜も転移を確認された後は出掛けられて、こういう時は大概、どこかの夜会で懇ろな仲の夫人と落ち合ってそのまま戻られません」
 どこかでしっぽりとお楽しみになるらしい。
「昨夜は神殿にいなかったってことか?」
「はい、戻られたのは今日の昼過ぎで、朝の礼拝も昼の礼拝も欠席されました」
 出席しなければならないのに戻ってこないので、『グーン上級神官様はただいま瞑想中です』と不在を誤魔化した。
「じゃあ、お前がやったのか?」
「はい?」
 座ったままきょとんと見上げて来たあと、共犯の神官は慌てて首を横に振った。
「違います、私は悪戯なんてしていません! あの部屋の鍵は魔術師さまが管理されていて、私たちは勝手に立ち入ることなどできませんし」
 共犯の神官は必死で言い募る。雷恐い。
「じゃあその、魔術師様とやらが犯人か」
「魔術師様は、余計なことには一切興味がない方ですが……」
 禁欲的な男らしい。




「聞き取りは終わったのか? 結局どうだったんだ」
 共犯の神官をカスペルに返したところに、監禁部屋の検分を終えた副騎士団長がやって来た。
「どうもこうもしませんね」
 イーレンが答える。
「部屋の鍵を持っていた魔術師が関係ないとすると、部屋にいたのは囮役とユランくんの二人。残されていたのは囮役の血痕。ここから導き出される結論は」
 やらかしたのはユラン、ということに。
「やめてくれ、ユランはそんなことはしない」
 俺のユランを汚すな、という顔になるエイダール。
「エイダール、君は、彼のことをいつも小さい弟みたいに話しますけど、ユランくんはもう大人ですよね?」
 二十一歳でしたっけ? とイーレンは続ける。
「いろいろ爛れた性事情を抱えていても全然驚かなくていい年齢です」
「まだ爛れていいような年齢じゃないだろ……そろそろ子ども扱いはやめないといけないなって思ったばかりなんだぞ」
 エイダールは、ユランの成長についていけないと頭を抱える。
「思ったばかりなんですか?」
 イーレンは目を瞬かせる。思わないよりはいいが、遅過ぎないだろうか。


「前にも思ったけど、先生って鈍すぎない? ユランのことに限ってさ」
 ヴェイセルが口を挟んだ。エイダールはユランをとても大事にしているのに、肝心なところを見ていない感が凄い。
「何ていうか、一度ちゃんと話し合ってみてほしい。結婚する前に」
「「結婚?」」
 エイダールとイーレンの声がきれいに重なる。抑揚までぴったり同じだ。
「え、先生の結婚が決まったって聞いてるんだけど」
 反応のおかしさにヴェイセルは不安になるが、確かに聞いた。白昼堂々、銀の腕輪を受け取ったと聞いた。
「俺が?」
 怪訝そうな顔のエイダール。
「エイダール、君、結婚するんですか? 縁談は片っ端から断ってたのに? 君が結婚を考えるような令嬢に巡り合うだなんて、一体どんな奇跡が?」
 イーレンは、エイダールの結婚についての見解がおかしい。
「令嬢じゃなくて令息です」
 ヴェイセルはイーレンの思い込みを正す。
「そっちでしたか。ん、じゃあユランくんと?」
 男が相手なら、ユラン一択だろうとイーレンは思う。
「いや待て、なんでそこでユランの名前が出てくる。というかまるで俺が男と結婚するみたいに……」
 話が進んでいくのが理解できず、エイダールは、説明を要求しようとしたのだが。


「副騎士団長! 侯爵邸を囲んでいる部隊から紙鳥です!」
 騎士団員が一人駆け込んできて緊張が走る。騎士団本部に届いた紙鳥の内容を、神殿近くの臨時拠点で待機していた連絡係が聞き取って紙に起こし、走って持ってきたようだ。
「『囮役とユラン・グスタフの生存を確認』だそうだ」
 副騎士団長は、伝達内容を読み上げる。
「無事なんだな? 怪我もしてないな?」
 エイダールが食いつく。
「元気に歩いていたとあるな。保護はまだ出来ていない」
「私にも見せていただけますか?」
 連絡が来たと聞いて、合流してきたカスペルに、副騎士団長は紙を渡した。
「姿を確認出来たのは強いですね。こちらも、枢機卿拉致の証言が取れましたし」
 共犯の神官から、残り二名の共犯者を聞き出して身柄を確保し、その中の一人が初期から計画に加担していたらしく、証言が取れた。
「踏み込んでいいってことか?」
「そうですね、こちらの情報を取りまとめて宰相府に持ち帰ります。それで許可が下りると思います」
「必ず下ろせ、こっちは準備に入る」
 もう待たない、という副騎士団長の強い瞳を見て、カスペルは確約した。
「分かりました、必ず許可を下ろします」
「意外に話が分かるな!」
 副騎士団長は、カスペルの背中を、どんと叩いた。


「さて、侯爵邸に踏み込む訳だがそっちの二人はどうする? 二人には転移陣の検分を頼みたかったんだが」
 エイダールとイーレンを見て、副騎士団長は尋ねた。
「行くに決まってるだろ、転移陣なんて後回しだ」
 エイダールは、ユランが最優先である。
「エイダールに付き合います。野放しにすると危険なので」
 イーレンも同行を希望する。本気のエイダール相手だと魔力量的に敵わないが、周辺の被害は軽減出来るだろう。
「失礼だな、俺を危険物みたいに言うなよ」
 エイダールはむっとしたが。
「立派な危険物だよな?」
 エイダールとイーレンの会話を聞いていたヴェイセルは、隣にいた騎士に囁くように尋ね、小さな頷きを貰った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...