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41「失礼だな、俺を危険物みたいに言うなよ」
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「グーン上級神官様の? せ、性的嗜好ですか?」
グーンを直接尋問しようとしたエイダールだが、カスペルに拒否された。危害を加えかねないと思われたらしい。さすがに付き合いが長いだけあってよく分かっている。代わりに共犯者となら話してもいいと言われたので聞き取り中だ。
「そうだ、拉致した相手に不埒な悪戯をするような男か?」
エイダールの姿を見て、先程の恐怖を思い出して青くなっていた共犯の神官は、首を横に振った。
「いえ、抵抗されたり罵られたりするのはお嫌いだそうで、無理矢理というのはまずないかと。性的嗜好としては熟女好きでしょうか。普段は趣味と実益を兼ねて、人妻を口説いています」
人脈作りも兼ねているらしい。
「昨夜も転移を確認された後は出掛けられて、こういう時は大概、どこかの夜会で懇ろな仲の夫人と落ち合ってそのまま戻られません」
どこかでしっぽりとお楽しみになるらしい。
「昨夜は神殿にいなかったってことか?」
「はい、戻られたのは今日の昼過ぎで、朝の礼拝も昼の礼拝も欠席されました」
出席しなければならないのに戻ってこないので、『グーン上級神官様はただいま瞑想中です』と不在を誤魔化した。
「じゃあ、お前がやったのか?」
「はい?」
座ったままきょとんと見上げて来たあと、共犯の神官は慌てて首を横に振った。
「違います、私は悪戯なんてしていません! あの部屋の鍵は魔術師さまが管理されていて、私たちは勝手に立ち入ることなどできませんし」
共犯の神官は必死で言い募る。雷恐い。
「じゃあその、魔術師様とやらが犯人か」
「魔術師様は、余計なことには一切興味がない方ですが……」
禁欲的な男らしい。
「聞き取りは終わったのか? 結局どうだったんだ」
共犯の神官をカスペルに返したところに、監禁部屋の検分を終えた副騎士団長がやって来た。
「どうもこうもしませんね」
イーレンが答える。
「部屋の鍵を持っていた魔術師が関係ないとすると、部屋にいたのは囮役とユランくんの二人。残されていたのは囮役の血痕。ここから導き出される結論は」
やらかしたのはユラン、ということに。
「やめてくれ、ユランはそんなことはしない」
俺のユランを汚すな、という顔になるエイダール。
「エイダール、君は、彼のことをいつも小さい弟みたいに話しますけど、ユランくんはもう大人ですよね?」
二十一歳でしたっけ? とイーレンは続ける。
「いろいろ爛れた性事情を抱えていても全然驚かなくていい年齢です」
「まだ爛れていいような年齢じゃないだろ……そろそろ子ども扱いはやめないといけないなって思ったばかりなんだぞ」
エイダールは、ユランの成長についていけないと頭を抱える。
「思ったばかりなんですか?」
イーレンは目を瞬かせる。思わないよりはいいが、遅過ぎないだろうか。
「前にも思ったけど、先生って鈍すぎない? ユランのことに限ってさ」
ヴェイセルが口を挟んだ。エイダールはユランをとても大事にしているのに、肝心なところを見ていない感が凄い。
「何ていうか、一度ちゃんと話し合ってみてほしい。結婚する前に」
「「結婚?」」
エイダールとイーレンの声がきれいに重なる。抑揚までぴったり同じだ。
「え、先生の結婚が決まったって聞いてるんだけど」
反応のおかしさにヴェイセルは不安になるが、確かに聞いた。白昼堂々、銀の腕輪を受け取ったと聞いた。
「俺が?」
怪訝そうな顔のエイダール。
「エイダール、君、結婚するんですか? 縁談は片っ端から断ってたのに? 君が結婚を考えるような令嬢に巡り合うだなんて、一体どんな奇跡が?」
イーレンは、エイダールの結婚についての見解がおかしい。
「令嬢じゃなくて令息です」
ヴェイセルはイーレンの思い込みを正す。
「そっちでしたか。ん、じゃあユランくんと?」
男が相手なら、ユラン一択だろうとイーレンは思う。
「いや待て、なんでそこでユランの名前が出てくる。というかまるで俺が男と結婚するみたいに……」
話が進んでいくのが理解できず、エイダールは、説明を要求しようとしたのだが。
「副騎士団長! 侯爵邸を囲んでいる部隊から紙鳥です!」
騎士団員が一人駆け込んできて緊張が走る。騎士団本部に届いた紙鳥の内容を、神殿近くの臨時拠点で待機していた連絡係が聞き取って紙に起こし、走って持ってきたようだ。
「『囮役とユラン・グスタフの生存を確認』だそうだ」
副騎士団長は、伝達内容を読み上げる。
「無事なんだな? 怪我もしてないな?」
エイダールが食いつく。
「元気に歩いていたとあるな。保護はまだ出来ていない」
「私にも見せていただけますか?」
連絡が来たと聞いて、合流してきたカスペルに、副騎士団長は紙を渡した。
「姿を確認出来たのは強いですね。こちらも、枢機卿拉致の証言が取れましたし」
共犯の神官から、残り二名の共犯者を聞き出して身柄を確保し、その中の一人が初期から計画に加担していたらしく、証言が取れた。
「踏み込んでいいってことか?」
「そうですね、こちらの情報を取りまとめて宰相府に持ち帰ります。それで許可が下りると思います」
「必ず下ろせ、こっちは準備に入る」
もう待たない、という副騎士団長の強い瞳を見て、カスペルは確約した。
「分かりました、必ず許可を下ろします」
「意外に話が分かるな!」
副騎士団長は、カスペルの背中を、どんと叩いた。
「さて、侯爵邸に踏み込む訳だがそっちの二人はどうする? 二人には転移陣の検分を頼みたかったんだが」
エイダールとイーレンを見て、副騎士団長は尋ねた。
「行くに決まってるだろ、転移陣なんて後回しだ」
エイダールは、ユランが最優先である。
「エイダールに付き合います。野放しにすると危険なので」
イーレンも同行を希望する。本気のエイダール相手だと魔力量的に敵わないが、周辺の被害は軽減出来るだろう。
「失礼だな、俺を危険物みたいに言うなよ」
エイダールはむっとしたが。
「立派な危険物だよな?」
エイダールとイーレンの会話を聞いていたヴェイセルは、隣にいた騎士に囁くように尋ね、小さな頷きを貰った。
グーンを直接尋問しようとしたエイダールだが、カスペルに拒否された。危害を加えかねないと思われたらしい。さすがに付き合いが長いだけあってよく分かっている。代わりに共犯者となら話してもいいと言われたので聞き取り中だ。
「そうだ、拉致した相手に不埒な悪戯をするような男か?」
エイダールの姿を見て、先程の恐怖を思い出して青くなっていた共犯の神官は、首を横に振った。
「いえ、抵抗されたり罵られたりするのはお嫌いだそうで、無理矢理というのはまずないかと。性的嗜好としては熟女好きでしょうか。普段は趣味と実益を兼ねて、人妻を口説いています」
人脈作りも兼ねているらしい。
「昨夜も転移を確認された後は出掛けられて、こういう時は大概、どこかの夜会で懇ろな仲の夫人と落ち合ってそのまま戻られません」
どこかでしっぽりとお楽しみになるらしい。
「昨夜は神殿にいなかったってことか?」
「はい、戻られたのは今日の昼過ぎで、朝の礼拝も昼の礼拝も欠席されました」
出席しなければならないのに戻ってこないので、『グーン上級神官様はただいま瞑想中です』と不在を誤魔化した。
「じゃあ、お前がやったのか?」
「はい?」
座ったままきょとんと見上げて来たあと、共犯の神官は慌てて首を横に振った。
「違います、私は悪戯なんてしていません! あの部屋の鍵は魔術師さまが管理されていて、私たちは勝手に立ち入ることなどできませんし」
共犯の神官は必死で言い募る。雷恐い。
「じゃあその、魔術師様とやらが犯人か」
「魔術師様は、余計なことには一切興味がない方ですが……」
禁欲的な男らしい。
「聞き取りは終わったのか? 結局どうだったんだ」
共犯の神官をカスペルに返したところに、監禁部屋の検分を終えた副騎士団長がやって来た。
「どうもこうもしませんね」
イーレンが答える。
「部屋の鍵を持っていた魔術師が関係ないとすると、部屋にいたのは囮役とユランくんの二人。残されていたのは囮役の血痕。ここから導き出される結論は」
やらかしたのはユラン、ということに。
「やめてくれ、ユランはそんなことはしない」
俺のユランを汚すな、という顔になるエイダール。
「エイダール、君は、彼のことをいつも小さい弟みたいに話しますけど、ユランくんはもう大人ですよね?」
二十一歳でしたっけ? とイーレンは続ける。
「いろいろ爛れた性事情を抱えていても全然驚かなくていい年齢です」
「まだ爛れていいような年齢じゃないだろ……そろそろ子ども扱いはやめないといけないなって思ったばかりなんだぞ」
エイダールは、ユランの成長についていけないと頭を抱える。
「思ったばかりなんですか?」
イーレンは目を瞬かせる。思わないよりはいいが、遅過ぎないだろうか。
「前にも思ったけど、先生って鈍すぎない? ユランのことに限ってさ」
ヴェイセルが口を挟んだ。エイダールはユランをとても大事にしているのに、肝心なところを見ていない感が凄い。
「何ていうか、一度ちゃんと話し合ってみてほしい。結婚する前に」
「「結婚?」」
エイダールとイーレンの声がきれいに重なる。抑揚までぴったり同じだ。
「え、先生の結婚が決まったって聞いてるんだけど」
反応のおかしさにヴェイセルは不安になるが、確かに聞いた。白昼堂々、銀の腕輪を受け取ったと聞いた。
「俺が?」
怪訝そうな顔のエイダール。
「エイダール、君、結婚するんですか? 縁談は片っ端から断ってたのに? 君が結婚を考えるような令嬢に巡り合うだなんて、一体どんな奇跡が?」
イーレンは、エイダールの結婚についての見解がおかしい。
「令嬢じゃなくて令息です」
ヴェイセルはイーレンの思い込みを正す。
「そっちでしたか。ん、じゃあユランくんと?」
男が相手なら、ユラン一択だろうとイーレンは思う。
「いや待て、なんでそこでユランの名前が出てくる。というかまるで俺が男と結婚するみたいに……」
話が進んでいくのが理解できず、エイダールは、説明を要求しようとしたのだが。
「副騎士団長! 侯爵邸を囲んでいる部隊から紙鳥です!」
騎士団員が一人駆け込んできて緊張が走る。騎士団本部に届いた紙鳥の内容を、神殿近くの臨時拠点で待機していた連絡係が聞き取って紙に起こし、走って持ってきたようだ。
「『囮役とユラン・グスタフの生存を確認』だそうだ」
副騎士団長は、伝達内容を読み上げる。
「無事なんだな? 怪我もしてないな?」
エイダールが食いつく。
「元気に歩いていたとあるな。保護はまだ出来ていない」
「私にも見せていただけますか?」
連絡が来たと聞いて、合流してきたカスペルに、副騎士団長は紙を渡した。
「姿を確認出来たのは強いですね。こちらも、枢機卿拉致の証言が取れましたし」
共犯の神官から、残り二名の共犯者を聞き出して身柄を確保し、その中の一人が初期から計画に加担していたらしく、証言が取れた。
「踏み込んでいいってことか?」
「そうですね、こちらの情報を取りまとめて宰相府に持ち帰ります。それで許可が下りると思います」
「必ず下ろせ、こっちは準備に入る」
もう待たない、という副騎士団長の強い瞳を見て、カスペルは確約した。
「分かりました、必ず許可を下ろします」
「意外に話が分かるな!」
副騎士団長は、カスペルの背中を、どんと叩いた。
「さて、侯爵邸に踏み込む訳だがそっちの二人はどうする? 二人には転移陣の検分を頼みたかったんだが」
エイダールとイーレンを見て、副騎士団長は尋ねた。
「行くに決まってるだろ、転移陣なんて後回しだ」
エイダールは、ユランが最優先である。
「エイダールに付き合います。野放しにすると危険なので」
イーレンも同行を希望する。本気のエイダール相手だと魔力量的に敵わないが、周辺の被害は軽減出来るだろう。
「失礼だな、俺を危険物みたいに言うなよ」
エイダールはむっとしたが。
「立派な危険物だよな?」
エイダールとイーレンの会話を聞いていたヴェイセルは、隣にいた騎士に囁くように尋ね、小さな頷きを貰った。
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