弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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30「神殿なんて、魔力持ちがいっぱいいるのに」

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「よく来ましたねエイダール、今日のところは帰ってください」
 全速力で騎士団本部に戻ってきたイーレンは、ちょうど到着したところなのか、馬車から降りようとしていたエイダールを見つけて駆け寄った。肩を掴んで回れ右させる。
「は? 家まで迎えを寄越しておいて、来た途端帰れとはどういう了見だ」
 夜も遅いのに、呼び出されて仕方なく出てきたエイダールは、不機嫌そうに返す。
「それは悪かったと思いますが、誘拐現場も目撃者がいて既に確認が済みましたし、今夜はもう動きがなさそうですので、家に戻って休んでください。手伝ってもらいたいことが出来たら呼びますので、それまでゆっくり!」
 イーレンは必死にエイダールを馬車の中に押し戻そうとする。
「いいのか? 一般人が巻き込まれて一緒に攫われたと聞いたぞ? そんな想定外の事態が起こって一刻を争うときだろうに何で……何か隠してるなお前」
 すっと目を逸らしたイーレンに、エイダールは確信した。
「さっさと吐け」
「な、何も隠してなんかいません……」
「そうか、お前とやり合うのは久々だな」
 拳で語るのもやぶさかではないエイダールは、訓練場にでも行こうか? と誘う。




「分かりました、説明します。こちらへ」
 エイダールと本気でやり合ったら、命が幾つあっても足りない。イーレンは即座に降参して、人のいない片隅に移動した。
「送られてきた転移先の位置情報が、神殿を示していたんです」
「神殿?」
 エイダールの眉が跳ねる。
「神殿なんて、魔力持ちがいっぱいいるのに、わざわざ他から攫う必要あるか?」
 神官と言えば、大体が魔力持ちである。神聖力と呼ばれる強い光の魔力持ちとなると数が限られるが、魔力量と属性を問わなければ数は多い。貴族の子弟で、魔力をいくらか持っているが、家の後継者でもなく魔術師になれるほどでもない場合、神官を目指すことが多いからである。下位でも神官となればある程度の尊敬を得られるし、神殿側としても貴族からの寄付が見込めるので、どちらにとっても利益がある。
「行方不明者の中には何人か神官もいますが……ってそうじゃなくて。神殿が関与しているかどうかは不明です。首謀者らしき男は神官服を着ていたようですが、本物の神官かどうかも、神殿が組織だって動いているのか、彼一人の独断専行なのかも分かりません。転移先が神殿だった、というだけなので」
 神殿だというだけで、手が出しにくい訳だが。


「とにかく迂闊なことが出来ないので、今は移動待ちです。明日、彼らの本拠地に囮役は移されるようなので」
 神殿に近い街道に見張りを配置しているところである。
「巻き込まれた奴は?」
 危ないんじゃないのか? とエイダールは尋ねる。
「…………途中で放り出す、というような話を」
 そこには触れられたくないイーレンの口が重くなる。
「詳しく」
「首謀者らしき男が『運河にでも飛び込んでもらおうか』と。ですので、運河沿いの警戒を厚くする予定です」
「運河か……じゃあ俺はそっちにつくか。神殿に絡むの面倒だし」
 エイダールは、触れている水が繋がっている場所なら、ある程度の探知が出来る。
「確かに適任かもしれません」
 エイダールの能力があれば、運河警戒に割く人員が減らせる。無限ではない騎士団員をあちこちに配置しなければならない今、有効利用するべきだろう。探知して助け出したら幼馴染だった、となれば、何で言わなかったのだと責められるだろうが、助け出した後なら宥められるだろうとイーレンは判断した。
「担当者に話を通してきます。少し待っていてください」
「ああ、じゃあその間に、俺も送られてきた音声を聞かせてもらおう……って、痛っ!?」
 イーレンにがしっと腕を強く掴まれて、エイダールは小さく叫ぶ。
「一緒に行きましょう、担当者のところへ! 善は急げです、さあ!」
 あの会話にユランの名前は出てこないが、知り合いならば声を聞けば誰か分かってしまう。聞かせる訳にはいかない。
「あ、ああ?」
 エイダールは、不審そうにイーレンを見たが、そのまま引きずられていった。






「どうしたイーレン、疲れてるな?」
 エイダールを運河担当に預けて、廊下を歩いていたイーレンは、副騎士団長に声を掛けられた。
「少し精神的に来てまして……副騎士団長こそ、眉間に皴が」
 普段から、騎士団長の後始末で皴が寄りがちだが、今日は特に深いように思える。
「ああ、神殿が絡むとなると結論の出ない話ばかりで、疲れる会議だったからな。そっちはどうした、誘拐現場の痕跡が今回ははっきり残ってたんだろう?」
 目撃者がいたお陰で発動直後の転移陣が拝めると、張り切って出て行ったイーレンを、副騎士団長は見ていた。
「ええ、くっきりはっきりと。現場も綺麗に保存されてましたし。あの魔術師、うちに欲しいくらいです」
 魔力量はさほど多くないが、丁寧な仕事だった。調整も何もせずに力任せにどかんと魔法を放って、仕事した、みたいな顔をしている魔術師よりよっぽど欲しい。
「ジペルスだったな、あいつは腕はいいんだが、騎士団とは関わり合いたくないだろうから、勧誘は諦めろ」
 昔、色々あったからな、と遠い目になる副騎士団長。


「で? くっきりはっきりなら精神的に来ることもないだろう?」
 イーレンは、色々って何があったんだろうという顔をしたが、副騎士団長は話を戻した。
「巻き込まれた一般人が、エイダール・ギルシェの知人だと判明しまして。それを彼の耳に入れないようにしないとならなかったので。あ、事後報告になりますが、エイダール・ギルシェは運河の方に回しました。構わなかったでしょうか?」
「ギルシェは、今回はお前の預かりだから自由にしていいが、知り合いなら、教えたほうが身が入るんじゃないのか?」
 伏せる理由が分からない。
「ただの知人ではなく、家族のように大事にしている相手で……最初は本当の弟かと思ったくらいで」
 イーレンもアカデミーでエイダールと知り合った口で、帰省について行ったことがある。嬉しそうにエイダールを出迎えて、おにいちゃんおにいちゃんと懐いていたユランのことはよく覚えている。それきり会っていないが、エイダールから王都に出てきたことは聞いている。実際は気付いていないだけで、西区の警備隊詰所で邂逅している訳だが。
「そうか、心配し過ぎると力が発揮できないからな」
 納得しかけた副騎士団長に、イーレンはそれだけではないと続ける。
「もしも、巻き込まれたのがその幼馴染だと知ったら、神殿に殴り込みをかける可能性があります。それもかなりの高確率で」
 いざというときのエイダールの思い切りの良さは、惚れ惚れする反面、空恐ろしさもある。
「それはそれで面白そうだが、…………いや、まずいな」
 一瞬、いっそそうなればなし崩しに解決できるのではという考えに囚われた副騎士団長だが、人生を賭けるような博打は危険すぎると思い直した。
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