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28「よし、じゃあベッドに行こうか」

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「ありがとうございます。ジペルスさんに申し訳ないな、僕一人で食べちゃって」
 本来は二人の明日の朝食だったパンを見つめて、ユランは独り言ちる。
「あー、あの人大丈夫だったかな、ちょっと気弱なとこありそうなのに現場に居合わせることになってしまって」
 ジペルスが心に傷を負っていないだろうかと、エルディは心配した。
「大丈夫だと思います、びっくりしただろうけど……そういえば、ジペルスさんは、あなたが囮だと知ってたんじゃ? 親しそうだったし」
 ユランに問われて、エルディは首を横に振った。
「知ってる筈がない。話してないし、話せない。あくまで『充填屋のエルディ』としての付き合いだ。騎士団内でも囮が出ていることは知っていても、それが誰かってことまで知ってるのはごく一部だしな」
 そのごく一部であるところのイーレンが、はっきり肯定こそしていないがざっくりとジペルスにばらしていることを、エルディは知らない。
「じゃあ、あの時、何で僕を止めようとしたんだろう? 危険な目に遭ってる人が目の前にいたのに」
 知らないなら、エルディは守るべき一般人だと認識されていた筈である。
「そりゃ、俺より君の方が大事だったってことだろ」
 自虐的にエルディは肩を竦める。知り合って一ヶ月にも満たない、たまに立ち寄る店で少し話す程度の知り合いである自分と、付き合いの長さは知らないが家にまで誘うユラン。どちらが大事かなんて考えるまでもない。
「大事かなあ……?」
 充分大事にされているのだが、エイダールに日頃から甘やかされ、面倒をみられまくっているユランの『大事にされる』の基準は、本人が気付いていないだけでとても高い。




「それはともかく、食べ終わったら寝室に移動しよう。ベッドがあるんだよな?」
 構造的にあの扉の向こうかな、とエルディが右手にある扉を見る。
「ありますけど、眠るなら交代のほうがいいのでは?」
 囚われの状況で、二人揃ってぐっすりという訳にはいかないだろう。
「先に無効化の魔法陣を君の体に描いておきたい。腰のあたりが見つかりにくいだろうから、横になってもらったほうが描きやすい」
 ベッドに誘ってる訳じゃないから安心して欲しい、と続けたエルディに、ユランはぶっと吹き出した。
「誘われても応じないので、御心配なく! 好みの見た目でもないし」
 ユランは美人好きという訳ではなく、内側から生気があふれているような表情豊かな人が好みである。その点エルディは何かが違う感じだ。
「酷いな、この見た目は姿変えの魔法で、いかにも田舎から出てきたばかりの無害そうな感じに作ってるだけで、本当はもっといい男だぞ」
 実際、本来のエルディの顔は、かなりいい。
「あ、姿変えの魔法なんだ。それで表情が不自然なんですね」
 話すと快活そうな人なのに、表情から熱量が感じられない違和感の理由が分かって、ユランは納得したようにぽんと手を叩いた。
「そんなに不自然だったか? あ、俺『エルディ』の見た目のままだよな?」
 魔力封じの腕輪をちらりと見て、エルディは尋ねる。姿変えは騎士団の同僚の魔術師に掛けてもらっている魔法なので、自分の魔力が封じられても問題はない筈だが。
「そう思いますけど?」
 エルディと今日会ったばかりのユランは、断言できなかった。
「気になるなら自分で確認しては? 寝室にありましたよ、鏡」
「よし、じゃあベッドに行こうか」
 エルディはユランの肩を掴んだ。




「ここは暗いな……光量調整は何処だ」
 寝室の扉を開けると自動で照明がついたが、他の部屋よりやや暗い。エルディは入り口付近の壁を探る。
「というか、自動点灯で、どの部屋にも天井埋め込み型の魔法照明がついてるって、どんだけ贅沢な作りなんだよ」
 魔法照明自体が高価なものだし、天井埋め込み型は特に大きいので導入費も維持費も高い。貴族でも執務室に設置してあればいい方である。
「贅沢ついでに寝室ならベッドについてるんじゃないですか? うちはそうだし……ほらあった」
 ユランが、ヘッドボードの隅にあった調整装置を見つけて触れる。
「君の家の寝室はこういう照明なのか?」
 どこのお坊ちゃんだよ、という顔になるエルディ。
「僕の家じゃなくて先生の……良く転がり込んでる人の家の寝室です。こんな広範囲の天井照明じゃなく、よくあるランタン型の」
 普通のランタンを使っていた頃、ユランは真っ暗な部屋で、ランタンはこの辺りかなと探した時に引っ掛けて落としたことがある。運が悪いことに、落ちた拍子に点火装置が作動してしまい、少し焦げた床を見たエイダールが、安全のために魔法照明に切り替えた。
「ランタン型なら、照明そのものに調整装置がついてるだろ?」
「暗い中で手探りで探すから事故が起きるんだって、改造してましたよ」
 生の火を扱わない魔法照明は、火事の心配はないが、落とせば壊れる。本体に触らず、切り離した端末で遠隔操作できるようにした結果、ベッドを降りなくても照明を落とせるようになって便利になった。過保護から始まったこの技術開発で、エイダールは一儲けしたらしい。


「よし、顔に変化なし」
 明るくなった寝室で鏡を覗き込み、エルディは確認した。
「じゃあ魔法陣を描くか……筆記具があるといいんだが」
 ぐるりと見まわすが、筆記具の類は見当たらない。
「エルディさんにはめられてる腕輪って、魔法使えなくなるやつですよね? そのままで、魔法陣が描けるんですか?」
「描くこと自体には全く問題がないな。紋様符作りを生業にしてても、細かい作業が得意なだけで全く魔力がない人もいるし」
「その場合って、魔力を帯びた特別なインクで書きますよね?」
 エイダールの作業を見たことのあるユランは問う。
「詳しいんだな。他の物で代用するから問題ない……具体的には俺の血液」
 魔力たっぷりだぞ、と笑うエルディ。ユランは笑えない。
「なので筆記具があればすぐ描ける。なくても何か尖ったものがあれば」
「痛そうなんですけど!?」
「ちょっとだけだよ」
「何ですかその嘘くさい笑顔!?」
 ユランは後退った。
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