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26「おとなしくしていれば痛い目に遭わず済むよ」

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「二人いるだと? 失敗したのか?」
 転移した先は、窓のない石造りの部屋だった。三方が壁で、一方が鉄格子。鉄格子の一部が扉になっていて、頑丈そうな錠が下ろされている。湿度が高く黴臭いことから考えると地下室だろう。というか、どう見ても地下牢である。鉄格子を挟んで、廊下らしきところに二人の男がいた。一人は見るからに位が高そうな神官服で、もう一人は魔術師らしきローブ姿。転移陣を起動したのはこの男だろう。
 神官が魔術師を、どういうことだ、という顔で見遣る。
「一人は予定していた対象者で間違いありません」
 エルディのことである。
「もう一人は予定外です、転移時に対象者に触れていたのでしょう」
 ユランのことである。確かに転移時、伸ばした手がエルディに触れていた。
「そんな余分は要らないんだが?」
 面倒臭いなと、神官は心底嫌そうにユランを見る。
「あなたは誰だ、ここは何処だ」
 エルディを庇うように立ったユランが男を見据える。
「この元気の良さってことは、魔力持ちじゃないな。本当に役に立たないな」
 魔力持ちならば、転移陣に一気に魔力を持って行かれることで昏倒するかそれに近い状態になるが、殆ど魔力を持たないユランの場合体調を崩すこともない。エルディは対策済みだったとはいえ、予定外のユランの乱入でかなり消耗して、意識こそ保っているが、目を開けるのも辛い状況だ。
「あなたの役に立つつもりなどない」
 ユランはむっとして言い返す。魔力がないことを気にしたことはないが、その言われようには腹が立つ。
「自分の置かれた状況が分かっていないようだな。役に立たないお前は処分される運命だ。まあ、運ぶのも面倒だから、明日ここを出たら、そのまま自分の足で運河にでも飛び込んでもらおうか」
 淡々とした口調で、恐ろしいことを言う。


「その、理屈で行くと」
 何とか目を開けたエルディが、浅い呼吸の中で声を絞り出した。
「魔力がある、役に立つ俺は、処分されないと思っていいのか、な?」
 言いながらゆっくりと体を起こして、座り直す。ユランに支えられ、少し呼吸が楽になった。
「そういうことになるね、なかなか賢いようだ」
 満足げに頷く神官に、エルディは苦いものを噛んだような気持ちになる。高位神官らしき装いからだけでも、ある程度は誰であるかの推測がつくというのに、この男は顔を隠していない。つまり、誰一人として生かして帰すつもりがないので、顔を見られても構わないということだ。
「そりゃどうも。神官殿、随分と立派な肩帯ですね、綺麗な青だ」
 目立つ長い肩帯を褒める。
「恰幅もいいし、さぞ高位の方だとお見受けします。もうお一方は魔術師?」
「その通り、君をここに招いたのは彼だよ」
 その転移陣でねと神官は笑う。
「事前に招待状をいただきたかったですね。突然のことだったので土産も用意できなかったじゃないですか……で、俺は何処に招待されたんですか? 随分と黴臭いし窓もない。廊下との仕切りが鉄格子だなんて前衛的すぎて、もてなしに適しているとは思えませんが」
 言葉こそ丁寧だが、エルディは嫌味たっぷりに並べ立てる。
「それは失礼したね、この場所はほんの入口だよ。大抵の者は、ここに来た時点でおとなしくなっているが、たまに暴れる者もいるからね、お互いの安全のために、まずはここにお通しすることになっているのさ」
 完全に優位に立っていると思い込んでいる神官は、嫌味を軽く受け流す。
「すぐに今夜お泊りいただく部屋に案内しよう。その前に少し調べさせてもらうが」
 神官は懐に手を入れ、取り出した袋を鉄格子の隙間から投げ込んだ。


「危ないっ」
 咄嗟にエルディを庇ったユランに袋が直撃する。
「えっ……」
 そこから舞い散った粉を浴びて、ユランは体の力が抜けた。その場に崩れ落ちて動けなくなる。
「痺れ薬かっ」
 ユランほどではないが粉を浴びたエルディも、体の自由を奪われる。
「おやおや、薬にも詳しいとみえる。心配は要らない、一時間ほどで効果は切れる。おとなしくしていれば痛い目に遭わず済むよ」
 神官は、ぱんぱんと手を叩いた。それに呼応して、手下らしき数人の男が現れる。フードを目深に被り、おどおどとした様子で、いかにもな雑魚である。
「ではいつも通りに」
 男たちに指示を出して神官は踵を返した。残った魔術師が鉄格子の扉の鍵を開ける。
「武器はもちろん、アクセサリー類も外せ。こういう職業のやつは、妙な魔術具を身につけていることが多いからな」
 手下たちが、二人の荷物を取り上げ、簡単に体を調べる。
「武器の類は持っていないようです」
 仕事中は帯剣しているユランだが、帰宅途中だった今は武器は何も持っていない。エルディは、いかにも『充填屋』という小道具だけだ。
「アクセサリーもこれだけですね」
 手下は、エルディから外した指輪と耳飾りを魔術師に渡した。ユランが腰に結んでいたお守りのような青い石も取り上げていたが、石の美しさに目が眩んだのか、こっそり懐に仕舞い込んでいる。


「あの、二人とも鞄の中にパンが入っているのですが……」
 揃いの紙袋から同じパンが出てきて、別の手下がどうすればいいのか、という顔で魔術師を見る。
「パン……?」
 ユランの方は、荷物持ちの任務を果たすべくジペルスの分も預かっているので、倍量ある。
「普通のパンだな」
 不審物を見るような目で、暫くパンを見ていた魔術師だが、種も仕掛けもない普通のパンである。
「そうだな、一緒に部屋に放り込んでおけ……良く味わって食べるといい、お前にとっては最後の晩餐になるからな」
 ユランの方を向いて、憐れむような笑みを見せる。殺す前提での最後の情けらしい。余計なお世話だが、食べ物を粗末にしない姿勢はほめるべきか。
「腕輪と手枷が一つずつしかないのはどうすれば……」
 予定されていた誘拐対象はエルディ一人だけなので、ユランの分がないがどうするのかと手下が尋ねる。
「腕輪は魔力持ちの方につけておけ、手枷はそっちの若い方に」
「ぐわあっ」
 腕輪をつけられた瞬間、締め上げられるような痛みにエルディが叫び声をあげた。魔力封じの腕輪かと、遠のく意識の中で思う。文字通り魔力を封じて魔法を使えなくする魔術具だが、装着時に強い痛みと不快感をもたらす。十数分で馴染んでおさまるが、そこまでが苦行で、身構えていなければ高確率で意識を失う。
「……っ?」
 エルディの叫び声にユランが体を起こそうと身を捩るが、痺れた体は思うように動かない。そんなユランには黒光りする手枷が掛けられ、体が重くなった気がした。重力魔法の類が掛けられているようだ。
「それではよい夢を」
 担がれて移動させられる二人を見送った魔術師は、空になった部屋の鉄格子の扉を閉じると、錠を下ろした。
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