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25「どうか、二人とも無事で」
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「あはは、冗談だったんですね、そうですよね。いやあ、真面目そうに見えるのに、そっち方面では奔放なんだと思ったら動揺しちゃって」
どうもすみませんと、エルディは頭を下げた。
「あと、誰でもいいなら俺を連れ込んでくれればいいのにって」
「…………お互い性質の悪い冗談は言わないようにしましょう。いいですね?」
楽しげに付け加えてくるエルディに、ジペルスは釘を刺す。
「え、結構本気なのに。まあ、それはともかく、何か俺に出来ることありませんか? お詫びとお礼と口止めを兼ねて」
商売にも差し障りが出るので今日のことは内密に、とエルディは片目を瞑って唇に人差し指を当てる。
「私の冗談が原因なら、お詫びをしないといけないのはこちらでは?」
性質の悪い冗談を言ったジペルス、真に受けて動揺したエルディ。どちらにも非があると言えなくもない。
「いや、俺にも充填屋としての誇りがあるんで! いくら驚いたからって、気を散らして破損するとかありえないんで!」
充填屋は仮の姿だというのに、エルディはなんだか熱い。
「そう言われても、別にして欲しいこともないですし、わざわざ口止めされなくても誰にも言いませんし」
何も心配することはないと固辞するジペルス。
「そこを何とか! あ、もちろん今回の充填料は無料にさせていただきます」
「仕事の対価はきちんと受け取るべきです」
仕事に誇りを持っているのなら、尚更だ。
「じゃあ、さっきの修復魔法と相殺ってことで」
エルディは食い下がる。
「僕たち、このあとパンを買って帰るところなんです」
譲らない二人を黙って見ていたユランが、唐突に言葉を挟んだ。
「うん?」
何を言い出したのだろうと、エルディは続きを促す。
「なので、折衷案として、パンを買ってもらうのはどうかなって」
エルディはお詫びとお礼に何かしたい、ジペルスは大袈裟なことはされたくない。
「うーん、ちょっと軽くなっちゃうけど、何もさせてもらえないよりいいや……俺も帰りにパン屋に寄ろうと思ってたし」
エルディは賛同し、ジペルスも少し肩を竦めたものの頷く。
「そうですね、ちょうどいい落としどころかもしれません」
「じゃあ、すぐに店閉めるんで、お二人さんは表でちょっと待っててください」
「俺、こっちの道なんで。おやすみなさい」
パン屋でも、たくさん買いたいエルディと、必要量しか買わせたくないジペルスの間でひと攻防あったが、無事に会計を終えた。帰り道も同じ方向だったので何となくの流れで三人一緒に歩き、分かれ道に来たところである。
「おやすみなさい、気を付けて」
「おやすみなさーい」
ジペルスとユランが、寂れた道へ向かうエルディを見送って、自分たちも歩き出そうとしたとき。
「え……」
視界の端で何かが光った。
「ん?」
魔法の気配がした気がして警戒したエルディは、自分の真下の地面が円形に光り始めるのを見た。転移陣が隠されて置かれていたらしい。
「掛かった……っ」
一ヶ月近く犯人好みの魔力持ちを演じてきたが、漸くのお誘いだ。
転移陣の上に倒れ込んで、昏倒した振りをする。多少魔力は持って行かれるが、対策はしてあるので動けなくなるようなことはない。
「ユラン! だめです!!」
転移陣の輝きが増した時、背後からジペルスの叫び声が聞こえた。振り返れば、ユランが走り込んで来ようとしている。
「待て! 来るな!」
エルディは体を半分起こし、手を前に出して制止しようとしたが、エルディが囮ということを知らないユランは止まらない。光っているのが、転移陣だということも理解していない。ただ、目の前の異常事態からエルディを退避させなければと手を伸ばす。
「…………………………っ」
弾けるように消えた光とともに、エルディとユランの二人が目の前で掻き消える。遅れて走ってきたジペルスは、叫び出しそうになる口を手で押さえて、地面にへたり込んだ。転移したのだと頭で理解していても、人が消えるのを見た衝撃は大きい。
「まさかユランが巻き込まれるなんて……転移自体は成功しているとしても」
転移は一般的に失敗した場合、半端な移動はせずにその場に留まる。消えたということは転移は成功している。しかし人数が増えた分、普通に考えて二倍の魔力が必要になる。ユラン自身は殆ど魔力を持たないので、丸ごとエルディの負担になっていることになる。そして魔力を持たない余分な人間を、犯人がどう扱うか。考えただけでもぞっとする。
「……どうか、二人とも無事で」
祈るように呟き、大きく息を吐いて立ち上がる。
「とにかく、現場の保存、それから連絡」
自分にできる最善を尽くすべく、ジペルスは行動を開始した。
どうもすみませんと、エルディは頭を下げた。
「あと、誰でもいいなら俺を連れ込んでくれればいいのにって」
「…………お互い性質の悪い冗談は言わないようにしましょう。いいですね?」
楽しげに付け加えてくるエルディに、ジペルスは釘を刺す。
「え、結構本気なのに。まあ、それはともかく、何か俺に出来ることありませんか? お詫びとお礼と口止めを兼ねて」
商売にも差し障りが出るので今日のことは内密に、とエルディは片目を瞑って唇に人差し指を当てる。
「私の冗談が原因なら、お詫びをしないといけないのはこちらでは?」
性質の悪い冗談を言ったジペルス、真に受けて動揺したエルディ。どちらにも非があると言えなくもない。
「いや、俺にも充填屋としての誇りがあるんで! いくら驚いたからって、気を散らして破損するとかありえないんで!」
充填屋は仮の姿だというのに、エルディはなんだか熱い。
「そう言われても、別にして欲しいこともないですし、わざわざ口止めされなくても誰にも言いませんし」
何も心配することはないと固辞するジペルス。
「そこを何とか! あ、もちろん今回の充填料は無料にさせていただきます」
「仕事の対価はきちんと受け取るべきです」
仕事に誇りを持っているのなら、尚更だ。
「じゃあ、さっきの修復魔法と相殺ってことで」
エルディは食い下がる。
「僕たち、このあとパンを買って帰るところなんです」
譲らない二人を黙って見ていたユランが、唐突に言葉を挟んだ。
「うん?」
何を言い出したのだろうと、エルディは続きを促す。
「なので、折衷案として、パンを買ってもらうのはどうかなって」
エルディはお詫びとお礼に何かしたい、ジペルスは大袈裟なことはされたくない。
「うーん、ちょっと軽くなっちゃうけど、何もさせてもらえないよりいいや……俺も帰りにパン屋に寄ろうと思ってたし」
エルディは賛同し、ジペルスも少し肩を竦めたものの頷く。
「そうですね、ちょうどいい落としどころかもしれません」
「じゃあ、すぐに店閉めるんで、お二人さんは表でちょっと待っててください」
「俺、こっちの道なんで。おやすみなさい」
パン屋でも、たくさん買いたいエルディと、必要量しか買わせたくないジペルスの間でひと攻防あったが、無事に会計を終えた。帰り道も同じ方向だったので何となくの流れで三人一緒に歩き、分かれ道に来たところである。
「おやすみなさい、気を付けて」
「おやすみなさーい」
ジペルスとユランが、寂れた道へ向かうエルディを見送って、自分たちも歩き出そうとしたとき。
「え……」
視界の端で何かが光った。
「ん?」
魔法の気配がした気がして警戒したエルディは、自分の真下の地面が円形に光り始めるのを見た。転移陣が隠されて置かれていたらしい。
「掛かった……っ」
一ヶ月近く犯人好みの魔力持ちを演じてきたが、漸くのお誘いだ。
転移陣の上に倒れ込んで、昏倒した振りをする。多少魔力は持って行かれるが、対策はしてあるので動けなくなるようなことはない。
「ユラン! だめです!!」
転移陣の輝きが増した時、背後からジペルスの叫び声が聞こえた。振り返れば、ユランが走り込んで来ようとしている。
「待て! 来るな!」
エルディは体を半分起こし、手を前に出して制止しようとしたが、エルディが囮ということを知らないユランは止まらない。光っているのが、転移陣だということも理解していない。ただ、目の前の異常事態からエルディを退避させなければと手を伸ばす。
「…………………………っ」
弾けるように消えた光とともに、エルディとユランの二人が目の前で掻き消える。遅れて走ってきたジペルスは、叫び出しそうになる口を手で押さえて、地面にへたり込んだ。転移したのだと頭で理解していても、人が消えるのを見た衝撃は大きい。
「まさかユランが巻き込まれるなんて……転移自体は成功しているとしても」
転移は一般的に失敗した場合、半端な移動はせずにその場に留まる。消えたということは転移は成功している。しかし人数が増えた分、普通に考えて二倍の魔力が必要になる。ユラン自身は殆ど魔力を持たないので、丸ごとエルディの負担になっていることになる。そして魔力を持たない余分な人間を、犯人がどう扱うか。考えただけでもぞっとする。
「……どうか、二人とも無事で」
祈るように呟き、大きく息を吐いて立ち上がる。
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