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17「食事時に聞く話じゃないってのは本当だった」

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「なんだなんだ、随分と物騒な単語が聞こえたが?」
 食堂に現れたアルムグレーンが、ユランたちのいるテーブルに近付いてくる。
「……ああ、あんた目が覚めたのか。じゃあ、昼食ついでに話を聞かせて貰おうか」
 エイダールを見つけて声をかける。
「何の話をすればいいのか分かりませんが、内容によってはちょっとここでは」
 機密情報が洩れると、騎士団の捜査に差し障りが出る可能性がある。
「そうだな、じゃあ悪いが、トレイごと隣の会議室に移動してくれ。ヴェイセル、ユラン、カイ、お前たちもだ」
「俺たちもですか?」
 ヴェイセルが、呼ばれる理由が分からず聞き返す。隊長がエイダールと話をするらしい場に、自分たちが何故同席するのか。
「さっきの串刺しがどうたらって話を詳しく聞きたい。何かやらかしたんなら俺にも関わってくるからな」
 部下の非行で、上司の監督責任が問われる場合がある。
「いやいやいや、大した話じゃないんで! ちょっとした仮定の話が大袈裟になってるだけなんで!! 隊長に御迷惑が掛かるような類のことじゃないんで!!!」
 その話題を隊長に詰問されるとかどんな地獄だと逃げ腰になる。
「俺は当事者っぽいから、ぜひ聞きたいんだけど」
 トレイを持って立ち上がったエイダールにも問われる。その横でユランが立ち竦んでいる。
「しょ、食事時の話題としては大変不適切かと……」
 ナニをオカズにナニしたとか、当事者だからこそ聞きたくないだろう。
「隊長! 俺は何の話か全然分からないので抜けてもよろしいでしょうか!? 食事も終わりましたし!」
 緊張に耐えかねたカイが、ヴェイセルを捨てて一人で逃亡を図った。
「ああ、まあヴェイセルがいればいいだろう、そうだ、ジペルスにここに来るように伝言を頼む」
「了解しました!」
 慌ただしく食器を返却したカイは、食堂を飛び出していく。カイは元々俊足なのだが、いつも以上に素晴らしい急加速である。




「失礼します」
 トントン、というノックの音とともに、会議室の扉が開いて、伝言を受け取ってやって来たジペルスが、顔を覗かせる。
「お待たせしました」
 食事は済ませた後なのか、飲み物だけを手にしている。
「ああ、そこに座ってくれ」
 アルムグレーンの隣の席を示されたので、そこに座る。
「あの、何ですかこの妙な雰囲気。一体何の話を?」
 アルムグレーンはなんだか遠い目をしているし、ヴェイセルは椅子の上なのに膝を抱えている。
『仮定の話というのは……例えば俺がユランのベッドに』から始まって、ユランの実際の行いまでを、洗いざらい吐かせたところである。問い質しておいてなんだが、聞かなければよかったと思う。部下のこんな私生活に踏み込むのはアルムグレーンとしても本意ではない。
「そうだな、若いなって話だな。当事者としての感想はどうだ?」
 アルムグレーンはエイダールに話を振る。
「食事時に聞く話じゃないってのは本当だったかな……」
 そう言いつつも肉をもぐもぐするエイダール。意外に衝撃は低いようだ。
「だからそう言ったじゃないですか……」
 例え話とはいえ、自分が人のベッドに潜り込んでナニしてたら、などという話を上司の前で披露する羽目になったヴェイセルの方が余程疲れている。


「ごめんなさい先生、気持ち悪かったですよね。でもどうか、許していただけないでしょうか。串刺しにでも何でも、気が済むまでしてもらって構わないので」
 エイダールの前で深く頭を下げるユランは、無駄に覚悟を決めていた。
「串刺しは簡単だが、火をつけるのは面倒くさいな。それに俺のベッドも一緒に犠牲になるじゃないか」
「簡単なのかよ。……って違う、そうじゃない、串刺しにするなよ」
 思わず突っ込むアルムグレーン。
「正確には氷の槍でズドンて感じで」
「そんな詳細を聞いてる訳じゃない。そうか、あんた魔術師だったな、水属性か」
「ええ、なので火属性の魔法は少し面倒で」
 使えない訳ではないが、恐ろしく効率が悪い。水属性や無属性の魔法なら、呪文を唱えるか、集中していれば詠唱なしでも即座に放てるのだが。
「こ、氷の槍でも何でも」
「ぶっ」
 声を震わせるユランにエイダールが吹き出した。
「何も突き刺さないから安心しろ。大体、俺がお前を傷つける訳ないだろ」
 何を本気で心配しているのだと笑う。
「で、でも」
 何か罰を受けるべきではないのだろうか。
「別に悪いことはしてないだろ。お前くらいの年齢の男ならみんな普通にしてることだし……というか、お盛んな年頃だよな。ただし、大っぴらにやることでもないからな、他所の家ではやるなよ? 俺の家ならいいけど」
 ということはつまりエイダールのベッドでしてもいいということだろうか、とユランの瞳がきらきらし始める。もちろんそんなことはない。


「御自分のベッドを使われたことに関しての疑問はないのでしょうか」
 ヴェイセルが直接的な表現を避けようとした結果、不自然な丁寧さで問う。要するに『あんたの匂いに発情してるって気付いてる!?』と聞きたい。
「ん? 自宅でしかも寝てる時だと魔力制御も甘くなってるから、ベッドには結構魔力が残ってるってことを考えると、そういう反応もありかとは思うぞ。魔術師仲間によると俺の魔力って『気持ちいい』らしいからな。触りたいとか流し込んでくれってやつは時々いるし」
 エイダールがとんでもないことを言い出した。ユランが目を見開いている。
「流し込むって何ですか……」
「怪我してないところに治癒魔法を使うみたいな? 学生時代によく頼んできてた奴は血行が良くなると言っていた」
 若いのに肩凝りの酷い男だった。
「失礼ですが、手を握らせていただいても? 私はよく見えるほうではないので」
「どうぞ御自由に」
 興味を持ったジペルスが許可を願い、エイダールは左手を差し出した。


「何となく分かる気がしますね、とても清冽な感じがします」
 十数秒、目を閉じてエイダールの手を握りしめていたジペルスは、ありがとうございましたと手を離す。
「ユランは魔力適性はほとんどないけど、俺といると癒しがどうとか普段から言ってるから、何となく感じてるんだろ。それにしてもそうか、ユランもそんなことをする年頃か。びっくりするな」
 感慨深げに言われて、今までもしかして大人と思われていなかったのだろうかという疑問に辿り着くユラン。
「先生、僕、二十一歳なんですけど。成人してもう三年経ってますけど」
 この国の成人年齢は十八歳である。
「そうか、そうだな。もう立派に大人なんだよな。悪い、頭では分かってるんだが、実感が伴わないというか。いつまでも子供みたいに思ってた」
 エイダールは深く反省した。いくら幼少期の印象が強すぎると言っても、いつまでも子ども扱いは失礼だ。
「よし、今度花街にでも連れて行ってやる」
 悪い遊びを教えるのは、年上の友人の役目だからなと、斜め上なことを言い出す。
「行かないですよ!? 僕、好きな人いますからね!」
 目の前の相手に想いは全然届いていないが。
「えっ」
 そんな気配あったか? とエイダールは目をぱちくりさせる。
「そういやデートコースの下調べに付き合ったりしたことあったな。湖の」
「先生、それ違いますからね? 下調べじゃないですからね!」
 普通にエイダールと出掛けたくて、『恋人たちの聖地』と呼ばれる王都近くの湖へ誘ったのに、誰かとのデートの下調べと思われていたらしい。
「別に照れなくていいんだぞ」
 全然分かっていないエイダール。
「ある意味すげえ……」
 ヴェイセルは、ちょっと感心した。うん、ほんのちょっとだけ。
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