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16「何の御褒美かなこれ」

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「午前中の警邏が終わったんですか? 御苦労さま」
 昼過ぎ、警邏を終えて警備隊の詰所に戻ったユランたちは、詰所の廊下で、書類を抱えたジペルスに声を掛けられた。
「はい、ただいま戻りました」
「ちょうど良かった、ユラン、仮眠室を見て来てもらえませんか? 向かって左側の奥の部屋です。あの人、全然起きてこなくて」
「はい」
 誰か寝こけているのかとユランは頷く。
「起きていたら食堂へ連れていって何か食べさせてあげてください、そろそろお腹も空いた頃だと思うので」
 これで、と食堂を利用できる来賓用のカードをジペルスは手渡した。
「食堂へですか? 分かりました」
「その後、隊長室へ御案内してください」
「はい」




「何だ、隊長の客人が仮眠室で寝てるってことか?」
 仮眠室で寝かされる客人てどんな扱いなんだとヴェイセルが悩む。詰所には一応、客室もあるのである。それなのに、隊員用の仮眠室に放り込まれるとは一体。
「左の奥なら、仮眠室の中では一番いい部屋ですけどねー」
 角部屋で少し広い程度の違いしかないので、カイも首を傾げる。
「何がちょうど良くて見に行くのが僕なのかが一番分からないけど、とにかく御指名なんで行ってきます。先輩たちは先に食べててください」
「ああ、お前も早く来いよー」
「はい」
 ヴェイセルとカイは食堂へ、ユランは仮眠室のある棟へそれぞれ向かった。






「え、嘘、先生……?」
 ベッドで寝ていたのはエイダールだった。ベッドの傍の椅子には騎士服の上着が引っ掛けてある。
「何で」
 訳が分からないが、とりあえず起こさないように足音を立てないよう近付いて。
「あ、本物だ、先生の匂いだ」
 すんすんと匂いを嗅いで、へにゃっと頬を緩ませる。
「何の御褒美かなこれ」
 何の御褒美でもない。
「寝顔見るの久し振りだなぁ……」
 ベッドのすぐそばの床にぺたりと座り込んで堪能する。目の下の隈が気になって、そっと指を添わせていると、不意に手に息が掛かった。
「あっ」
 久々の触れ合いだった所為か、ユランのユランがうっかり元気になりかける。さすがにここではまずいと理性で抑え込もうとしたが、残り香だけでも十分なのに、数日振りに会った生身が目の前に無防備に転がっている状況で理性が頑張りきれる筈もない。ユランは、少し前かがみになりながら静かに部屋を出た。




「ユラン? おはよう? ん、そんな時間じゃないか」
 ユランがすっきりとした顔で仮眠室に戻ると、エイダールが目覚めたところだった。
「おはようございます先生。もう昼も過ぎてます」
 顔も見たくないとか言われたらどうしようと一瞬身構えたユランだが、普通に挨拶されたので、ほっとする。
「えっと、朝からずっとここに?」
 朝、イーレンと一緒にいたところを見ただけで、すぐに警邏に出たので、ユランはその後の展開を知らない。
「ああ。騎士団からの届け物が済んだら家に帰るつもりだったんだが、引き留められてな……昨夜はほとんど寝てないから、ちょっと眠らせてもらった」
 エイダールは大きく伸びをしてから、ベッドを降りる。
「よし、まだもう少し眠りたいところだが、頭ははっきりしたな、腹減ったけど」
「先生の目が覚めてたら食堂に案内しろって言われてます。行きましょう! 僕も昼食まだなんです」




「先生、何を食べますか? どれも美味しいですよ」
 食堂に着いて、いそいそとエイダールの世話を焼くユラン。
「よく分からんから適当に盛ってくれ……というか、ここ、俺が食ってもいい場所なのか? 目茶苦茶見られてる気がするんだが?」
 どこを見ても警備隊の隊員しかいない。部外者が利用していいものなのだろうか。
「先生が注目を集めるのは当たり前のことじゃないですか」
「そんな訳ないだろ……」
 視線が集まっているのは、ユランが『先生』と呼びかけた所為で、その場の全員が『あれが噂のユランの先生か』と見ているからである。
「とにかく大丈夫ですよ、ここを利用できるカードも預かってますし」
 返事をしながら、エイダールが好きそうな品を手早く盛るユラン。
「こんなもんですかね。ここに座ってください。あ、こっちは同じ班の先輩で、こっちが後輩です」
 ヴェイセルたちが食事をしていたテーブルに、エイダールのトレイを載せる。
「先輩と後輩ってなんだよ、紹介が雑過ぎるだろ……」
 先輩ことヴェイセルが突っ込むが。
「あ、飲み物がないですね、取ってきます。先生は食べててください」
 エイダールの世話を焼くことに全力なユランは聞いてもいない。


「うちのユランがすまないな……ええと確かヴェイセルくんだっだか」
 同じ職人街に住んでいることもあり、エイダールはヴェイセルのことは以前から認識していた。
「そうです。こっちはカイ、ユランとは同い年ですが後輩になります」
 ヴェイセルに多少まともな紹介をされたカイが、初めましてとぺこりと頭を下げる。
「噂の先生にお会いできて光栄です」
「……俺の何が噂になってるのか聞いてもいいかな?」
 問われたカイは固まる。
「え、いや、ユランがいつも『先生が先生が』って言ってるので、もう他人とは思えなくて」
「うん、もうちょっと具体的にお願いできるかな」
 口調はやわらかいのに強制力が半端ない。
「た、例えば今は、先生の家に出入り禁止を食らってるとか……?」
「出入り禁止? ああ、何日か前のあれか。そんなに真剣に受け止めてたのか」
 エイダールは数日前の会話を思い出す。
「あんなのいつものことなんだから気にしなくていいのにな」
「せ、先生!?」
 エイダールの飲み物と、自分の昼食を取ってきたユランが、ガタガタと音を立ててトレイをテーブルに置くと、エイダールの肩を掴んで揺さぶった。
「気にしなくていいんですか? あんな、ベッドに串刺しにされて火をつけられても仕方ないようなことしたのに?」
「……は?」
 揺さぶられたエイダールの目が点になる。この話題についていけるのは、ヴェイセルとカイだけであった。
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