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13「騎士団から囮を出してあります」
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「で、これを設置すればいいのか?」
魔術師たちの会話を聞くだけだったアルムグレーンが、話を戻した。
朝一番で、警備隊の本部から『騎士団の魔術師が持ち込む魔道具を設置せよ』という通達が来ている。
「はい、基礎のしっかりしている建物内で、念の為、外側から鍵のかかる場所に」
もともと向こう側からこちら側に転移してくることは出来ない仕様で、それに加えてこちら側への転移を阻む術式も追加してあるが、万が一侵入された場合、侵入者を閉じ込められる場所のほうがいい。
「そんなのは留置場か物置くらいだな。俺の執務室の物置でいいか。あそこなら鍵も掛かるし、俺もすぐ気付けるし、この大きさなら少し片付ければすぐ置ける」
四人は、アルムグレーンの執務室、つまりは隊長室に移動した。
「物置じゃないですよね、ここ……」
執務室で、アルムグレーンが言うところの『物置』を見たイーレンが呟く。入口が鉄格子だ。
「俺は物置にしてる」
だから物置だ、と主張するアルムグレーン。開放感のある金庫室という立ち位置にある部屋で、頑丈な鍵がついている。
「場所としては悪くないだろ」
しっかりとした作りかどうかを、床と壁を手で叩いて確認していたエイダールは、その頑丈さに結論を出した。安定の良さそうなちょうどいい大きさの台もある。物置という言葉にそぐわない程度気にすることではない。
「では、そこに転移陣を歪みのないように置いて、その上にこの魔力石と紋様符を置けば設置完了です」
イーレンは、腰に下げていた袋から、深い青色の魔力石と、小さく折り畳んだ紙を取り出した。
「作戦の概要は、こうです」
再現転移陣は、十数枚作成されており、騎士団と警備隊で分けて持つ。
再現転移陣の上に、魔力供給用の魔力石と、紋様符を設置する。
元になっている転移陣を犯人側が起動すると、再現転移陣も反応して起動する。
その際、再現転移陣の上に設置しておいた紋様符が転移する。
紋様符は、転移を切っ掛けに発動し、周辺の音声を取得、位置情報を発信する。
「場所が分かれば、周辺での情報収集の後、突入、犯人確保、行方不明者の救出となります」
「犯人が次に転移陣を使った時が勝負ってことだな」
イーレンの説明に、アルムグレーンが漸く攻勢に転じられるのかと鼻息を荒くした。この事件に関してはずっと後手後手に回っている上に、途中から騎士団の預かり案件になっているので、鬱憤が溜まっている。
「はい、そうなります。未然に防ぐのではなく、犯行ありきの作戦なのが歯がゆいところです。一応、騎士団から囮を出してありますので、彼を狙ってくれればいいのですが」
「囮……?」
「犯人は、誘拐する相手をかなり絞ってきています。魔力は多いけれど戦闘能力は低い者だったり、一人暮らしや組織に所属していないなど、いなくなっても発覚が遅い者だったりが多いんです」
いろいろ周到な犯人である。
「そこで『田舎から一人で出てきて知り合いも禄におらず、魔力は多いのでとりあえず魔力石の充填屋を始めた』という設定で、騎士団所属の魔導騎士に商店街の隅に店を開かせています。もう三週間近いので、『周辺に馴染んで来て本業を忘れそう』とか言ってますが」
充填屋というのは、使い切った魔力石に再度魔力を入れる仕事である。魔力量が多くなくても時間を掛ければ出来るため、魔力持ちにとっては元手要らずのいい小遣い稼ぎである。
「それ、もしかして、エルディさんと言う名前の人では……」
三週間ほど前に現れた充填屋に心当たりのあったジペルスが、あの人騎士団の人だったのか? という顔でイーレンを見る。
「そんな名前の騎士団員は……いえ、そこは機密事項ということで」
否定しないということはそういうことなのだろう。そしてエルディという名は偽名のようだ。
「あはは、恐ろしく腕がいいから、そのうち大きいところから引き合いが来るんじゃないかって評判になってますよ……そうか、もともと騎士団の人か」
名前や経歴を詐称する前に実力を抑えたほうがいいのではという気がしてくる。
「もう少し中庸な感じの設定にしておくべきだったでしょうか。人選間違えたかな。いや、評判になっているということは目もつけられやすいと信じたいところです」
エルディ(仮名)は、襲って下さいと言わんばかりに、人気の少ない夜道を酔っ払った振りで歩いたりしている。実は割といい体格を姿変えの魔法で弱そうに見せるという小細工までしているのに、いまだに犯人に狙っても構っても貰えていない。
「あああっ」
ジペルスが突然声を上げて、両手で顔を覆った。何故か耳まで赤くなっている。
「え? どうした?」
そんなジペルスを見たことがなかったアルムグレーンは驚きで目を瞠る。ジペルスは気の弱いところもあるが、落ち着きのある部下だった筈なのだが。
「エルディさんから、田舎から出てきたばかりで、なんて話を聞いたから『困ったことがあったらいつでも相談してください』と言ってしまったことを思い出して……うわあ恥ずかしい、本職の人相手にっ」
「お前だって本職だろう……」
「私なんて、騎士団の人とは比べものにもなりませんよ!」
ジペルスは、自己評価が低かった。
魔術師たちの会話を聞くだけだったアルムグレーンが、話を戻した。
朝一番で、警備隊の本部から『騎士団の魔術師が持ち込む魔道具を設置せよ』という通達が来ている。
「はい、基礎のしっかりしている建物内で、念の為、外側から鍵のかかる場所に」
もともと向こう側からこちら側に転移してくることは出来ない仕様で、それに加えてこちら側への転移を阻む術式も追加してあるが、万が一侵入された場合、侵入者を閉じ込められる場所のほうがいい。
「そんなのは留置場か物置くらいだな。俺の執務室の物置でいいか。あそこなら鍵も掛かるし、俺もすぐ気付けるし、この大きさなら少し片付ければすぐ置ける」
四人は、アルムグレーンの執務室、つまりは隊長室に移動した。
「物置じゃないですよね、ここ……」
執務室で、アルムグレーンが言うところの『物置』を見たイーレンが呟く。入口が鉄格子だ。
「俺は物置にしてる」
だから物置だ、と主張するアルムグレーン。開放感のある金庫室という立ち位置にある部屋で、頑丈な鍵がついている。
「場所としては悪くないだろ」
しっかりとした作りかどうかを、床と壁を手で叩いて確認していたエイダールは、その頑丈さに結論を出した。安定の良さそうなちょうどいい大きさの台もある。物置という言葉にそぐわない程度気にすることではない。
「では、そこに転移陣を歪みのないように置いて、その上にこの魔力石と紋様符を置けば設置完了です」
イーレンは、腰に下げていた袋から、深い青色の魔力石と、小さく折り畳んだ紙を取り出した。
「作戦の概要は、こうです」
再現転移陣は、十数枚作成されており、騎士団と警備隊で分けて持つ。
再現転移陣の上に、魔力供給用の魔力石と、紋様符を設置する。
元になっている転移陣を犯人側が起動すると、再現転移陣も反応して起動する。
その際、再現転移陣の上に設置しておいた紋様符が転移する。
紋様符は、転移を切っ掛けに発動し、周辺の音声を取得、位置情報を発信する。
「場所が分かれば、周辺での情報収集の後、突入、犯人確保、行方不明者の救出となります」
「犯人が次に転移陣を使った時が勝負ってことだな」
イーレンの説明に、アルムグレーンが漸く攻勢に転じられるのかと鼻息を荒くした。この事件に関してはずっと後手後手に回っている上に、途中から騎士団の預かり案件になっているので、鬱憤が溜まっている。
「はい、そうなります。未然に防ぐのではなく、犯行ありきの作戦なのが歯がゆいところです。一応、騎士団から囮を出してありますので、彼を狙ってくれればいいのですが」
「囮……?」
「犯人は、誘拐する相手をかなり絞ってきています。魔力は多いけれど戦闘能力は低い者だったり、一人暮らしや組織に所属していないなど、いなくなっても発覚が遅い者だったりが多いんです」
いろいろ周到な犯人である。
「そこで『田舎から一人で出てきて知り合いも禄におらず、魔力は多いのでとりあえず魔力石の充填屋を始めた』という設定で、騎士団所属の魔導騎士に商店街の隅に店を開かせています。もう三週間近いので、『周辺に馴染んで来て本業を忘れそう』とか言ってますが」
充填屋というのは、使い切った魔力石に再度魔力を入れる仕事である。魔力量が多くなくても時間を掛ければ出来るため、魔力持ちにとっては元手要らずのいい小遣い稼ぎである。
「それ、もしかして、エルディさんと言う名前の人では……」
三週間ほど前に現れた充填屋に心当たりのあったジペルスが、あの人騎士団の人だったのか? という顔でイーレンを見る。
「そんな名前の騎士団員は……いえ、そこは機密事項ということで」
否定しないということはそういうことなのだろう。そしてエルディという名は偽名のようだ。
「あはは、恐ろしく腕がいいから、そのうち大きいところから引き合いが来るんじゃないかって評判になってますよ……そうか、もともと騎士団の人か」
名前や経歴を詐称する前に実力を抑えたほうがいいのではという気がしてくる。
「もう少し中庸な感じの設定にしておくべきだったでしょうか。人選間違えたかな。いや、評判になっているということは目もつけられやすいと信じたいところです」
エルディ(仮名)は、襲って下さいと言わんばかりに、人気の少ない夜道を酔っ払った振りで歩いたりしている。実は割といい体格を姿変えの魔法で弱そうに見せるという小細工までしているのに、いまだに犯人に狙っても構っても貰えていない。
「あああっ」
ジペルスが突然声を上げて、両手で顔を覆った。何故か耳まで赤くなっている。
「え? どうした?」
そんなジペルスを見たことがなかったアルムグレーンは驚きで目を瞠る。ジペルスは気の弱いところもあるが、落ち着きのある部下だった筈なのだが。
「エルディさんから、田舎から出てきたばかりで、なんて話を聞いたから『困ったことがあったらいつでも相談してください』と言ってしまったことを思い出して……うわあ恥ずかしい、本職の人相手にっ」
「お前だって本職だろう……」
「私なんて、騎士団の人とは比べものにもなりませんよ!」
ジペルスは、自己評価が低かった。
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