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12「解約する必要ないよーな……?」

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「え、本当に部屋解約してきたんだ?」
 休み明け、報告を聞いたカイは、自分の提案でユランが路頭に迷う可能性の高さに震える。
「うん、自分を追い込まないとだめだと思って。部屋の荷物整理も一昨日から始めた。先生にはなるべく自主的に受け入れてもらいたいから、部屋の契約を解約したことは言わないつもりだけど」
 一緒に住みたいという気持ちを受け入れてほしい。行き場がないから仕方なくというのは避けたい。
「それなら解約する必要ないよーな……?」
「気持ちの問題だから。積極的に先生との関係を変えるって決めたんだ」
 目指せ弟枠からの脱却、出来れば恋人枠への昇格。
 そのためには自分の気持ちの逃げ場をなくしておきたい。締め切りの迫った書類のようなものだ。期限が迫らなければなかなか手を付ける気になれない。


「そんな積極的なユランに朗報だ」
 ひょいっと顔を出したヴェイセルが、外を見ろと窓を示す。
「来てるぞ先生。この間来てた騎士団の魔術師と一緒に」
「えっ」
 慌てて窓に駆け寄れば、西区警備隊詰所の訓練場の端に、本当にエイダールがいた。ユランは詰所の二階にいたので、見下ろす形になる。
「うわあ、先生かっこいい……」
 イーレンとともに、アルムグレーン隊長と何か話しているエイダールは、騎士服姿だった。騎士のような立派な体格ではないし、借りものらしいそれはいろいろ余りがちだったが、普段より精悍に見える。制服効果凄い。
「魔術師のローブじゃないんだ? あの先生って魔術師だよな?」
 ユランの横に立って、同じく訓練場を見下ろしたカイが首を傾げる。
「動きにくいからあんまり好きじゃないって聞いたことあるよ。ローブって防御力は高いらしいんだけど」
 魔術師は一般的な傾向として身体能力があまり高くなく、魔法によっては詠唱を始めると動けなくなるものもあるため、防御を堅くすることを重視している者が多い。
「先生は、攻撃が最大の防御だと思ってるから動きやすさ優先」
「へえ、意外に好戦的なんだなー」


「あああ、それより、ど、どうしよ、ま、まず謝って出入り禁止を解除してもらわないと……こ、心の準備が、がががが」
 出向は数日と聞いていたので、今日か明日には戻ってくると思っていたが、警備隊の詰所で遭遇するなど予想も予定もしていない。仕事終わりに訪ねようと思っていたのに。
「落ち着け。あの格好ってことは、騎士団の仕事として来てるんだろう。個人的な話は後にしろよ」
 ばくばくする心臓を宥めるように胸に手を当てたユランが暴走しないよう、ヴェイセルが肩を掴む。
「は、はい」
「あ、うちの魔術師も合流したな。何の話をしてるんだろうな」
 少し距離があるので、届く声は途切れ途切れで、内容を理解するのは難しい。
 西区警備隊所属の魔術師、ジペルスも話に加わり、イーレンが懐から布のようなものを取り出した。


「これが、犯行現場に残されていた転移系の魔法陣を、縮小して再現したものに少し手を加えた、転移陣もどきです」
 一辺が肩幅ほどの四角い布をイーレンは自分の胸の前で広げてみせた。
「もどきとは……?」
 イーレンの説明に、アルムグレーンが疑問を投げかける。
「普通の転移陣とは違って、双方向ではないので」
 転移陣は、転移ゲートとも呼ばれる。基本的に二つ一組で構成されており、離れた二ヶ所の地点にそれぞれ設置し、陣に魔力を流すことでもう一方へ一瞬で移動することが出来る。
「この転移陣もどきは、向こうから『召喚』されない限り起動しない作りで、こちら側から跳ぼうとしても跳べません。この転移陣から跳べるか、もう一方の位置が割り出せれば話が早かったのですが」
 犯人のところへ殴り込めたのにと、イーレンは溜息をつく。


「起点側に主導権がないということですか? 全部終点側での制御に?」
 警備隊所属の魔術師、ジペルスが質問する。普通は起点側が起動制御を行う。
「起動制御という意味ではそうですね。ですが性質の悪いことに、転移に必要な魔力はこちら側の転移陣に立った者から強制的に吸い上げるようになっています」
 ほら、ここの術式、と布に書かれた魔法陣の該当箇所を指し示す。
「ということはつまり、攫われる側の魔力を吸い取って転移陣を起動していたと?」
 本当に性質が悪いと、ジペルスは顔を歪める。
「ある意味効率的で感心したよ」
 エイダールが、ふわぁっと欠伸をしながら口を挟んだ。目の下には隈まで出来ていて相当疲れているのが分かる。
「感心って……」
 ジペルスは呆れるが。
「転移陣が起動出来るかどうかで魔力量的に篩に掛けた上で、本人の魔力で転移させるんだぜ? おまけに、わざと一気に大量の魔力を持って行くことで、魔術師を昏倒させるような作りになってる……この再現した奴からはその術式は抜いてあるが」
 この才能を他に活かせば良かったのに、とエイダールは切実に思う。何故か犯罪者は、頭の良さを間違ったほうに使いがちであった。
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