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11「まあ、意外に策士なのね!」

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「それで、退去するのかしら?」
「考え中で……もう少し職場に近い場所に引っ越すのもいいかな、と思って」
 切迫している訳ではないことを伝える。
「そうねえ、部屋を出るなら言ってくれればすぐ対応できるわ。うちはもともと長期滞在したい冒険者向けの宿だから、出入りは緩いのよ」
 ユランの場合は、一ヶ月間滞在するという契約を自動更新している形である。
「そういえばそうでした」
 最初に説明を受けたのをうっかり忘れていた。
「でも二週間くらい前に言って貰えると助かるわ、退去後のお掃除や補修の手配があるから。あと、お仕事の都合で大急ぎでってことじゃないなら、退去期日は月末にしておくのがお勧めよ。月の半ばに引っ越しても、一ヶ月分のお家賃を払ってもらうことになるから、勿体ないでしょ?」
 一ヶ月契約はもともとの料金設定が安い分、退去後に契約期間が残っていても料金の返還はしないということになっている。
「そうですね、二週間前までに連絡、でいいんですね」
「ええ」
 頷く老婦人に、ユランは顎に手を当てて考え込んだ。何故ならば、既に月半ばだからである。


「では、契約は今月末までってことで、お願いします」
 見切り発車だが、ユランは『なし崩し同棲大作戦』を決行することにした。
「もう決めちゃうのね。分かったわ、退去期日は今月末ね。二週間で次のお部屋探せるかしら? 無理そうなら期日は延期しても構いませんからね」
 何もしていない状態から部屋を探して引っ越しまで終えるとすると、二週間ではかなり厳しい。
「いえ、延期はしません。職場に近いところに住みたいのも本当ですが、実は、好きな人と一緒に暮らしたくて。帰る部屋がないとなったら、相手の家になし崩しに置いてもらえるんじゃないかって……同僚の案なんですが」
 好きな人の家が職場にも近いという一石二鳥なことは、顰蹙を買いそうなので黙っておく。
「まあ、意外に策士なのね! 真面目そうに見えるのに! いいわ、素敵!」
 けなされているのか褒められているのかよく分からない。


「ここぞって時には、そのくらいの思い切りが大事よ。でも、いくら行き場がなくて困っている人がいても、女は男を自分の家に泊めるなんて普通はしないものよ?」
「そうですね、僕も普通はしないと思いますが」
 好きな人が女性だと勘違いされていることを訂正するべきか、ユランは少し迷った。
「え、普通じゃない人なの?」
 世間一般では異性間での恋愛が多いとはいえ、エイダールへの恋心を恥じる気持ちは欠片もなく、職場の警備隊内では全く隠していない。同じ班のヴェイセルとカイだけではなく、上はアルムグレーン隊長から下は賄いのおばちゃんにまで知られている。
「同郷の幼馴染みなんです」
 ユランにとって、エイダールがエイダールであれば、性別など些末なことなので、老婦人への説明は省くことにした。
「そう、幼馴染なのね。こういうことを考えるってことはそれなりに親しいのね?」
 どうなの? と問われて、ユランは頷く。
「はい、とても面倒見のいい人で、小さい頃から弟みたいな感じで世話焼かれてて……今までも頻繁に転がり込んでまして」
「家族扱いだからまず恋愛対象にならないといけないって言ってたのね。でも無理強いはしちゃだめよ? こういうことで悪い噂を立てられるのはいつも女の方なんだから、充分気を付けてあげて。断られたら潔く諦めて他に部屋を探すのよ?」
「はい、一応、断られたときの避難場所の当たりはつけてるので……」
 警備隊の詰所の仮眠室のことだが。
「それなら安心ね」
 家賃なし職場まで徒歩零分、水回り完備で昼と夜の賄いつき、馬も預けられる好物件だが、全然安心ではない。総務の人間に見つかったら叩き出される未来しかない。


「あとはそうね、仮に転がり込めたとして、そのままなし崩しを狙うなら、物を増やすのがお勧めよ」
「物を増やす?」
「ええ、彼女の家の中に、じわじわと自分の物を増やしていくの。最初は服がいいかしらね。あとはペンとか自分専用のグラスとか小さな物でいいのよ。本人がいなくても物という痕跡がある、いつの間にかそこに居るのが当たり前、そんな風に意識に刷り込んでいくの」
 服どころか部屋を与えられ、ベッドまで置いてもらっているユラン。もちろん服も大量に置かせてもらっている。食器類にいたっては、二人で一緒に買いに行って揃えた物も多い。
 恋愛感情には全然気づかないのに、幼馴染に対してそこまでするエイダールは人たらしが過ぎると真剣に思う。それを当たり前のように享受してきた自分のぽんこつさにも呆れる。
「ありがとうございます、参考にさせていただきます」
 こうなったらベッド以上の大物を持ち込まねば、と斜め上のことを考えつつ、ユランは礼を言った。
「そうだ、もし彼女が、うちの部屋をまた貸して欲しいって言って来たら、もう次の入居者が決まってるって言うわね」
 そのくらいのことしか出来ないけど応援するわ! と、老婦人はぐっと拳を握った。
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