弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

文字の大きさ
上 下
9 / 178

9「あのベッドは至福の聖域」

しおりを挟む
「痛っ、あー、血が出てる」
 カイは、手の甲に薄っすら滲む血に舌打ちした。
「どうした? どこかに引っ掛けたのか?」
 覗き込んでくるヴェイセルに手の甲を見せる。
「瘡蓋が剥がれたんですよー。くそう、無意識に掻いちゃうんだよな」
 直りかけの瘡蓋は痒い。気が付くと掻き毟ってしまっている。
「藪漕ぎの時の引っかき傷か。消毒し直しとけよ。あれ、そういえばユラン」
 ヴェイセルが後ろにいたユランを振り返り、じっと顔を見る。
「はい?」
「お前、頬に結構深い傷がついてなかったか? あれ、違ったか?」
 傷痕さえないユランの頬を確認して、誰か他の奴だったかなと考え込む。
「僕です。その日の夜に先生が治してくれました、魔法で」
 ユランは自分の頬にそっと手を当てて、懐かしむように目を細める。
「あの先生、治癒魔法まで使えるんだ? すごいなー。上級魔術師なんて滅多にお目に掛かれないって噂なのに、意外と近くにいるもんなんだな」
 カイが驚く。治癒の魔法は、水の上級魔法である。それを使えるエイダールは上級魔術師ということになる。
「そうだよ、先生はすごいんだよ」
 ふふん、と何故か偉そうなユラン。
「騎士団に助っ人に呼ばれる時点で腕がいいのは分かってるよ。しかし、あの頬の傷、深いと言えば深かったが、治癒魔法使うほどだったか? いや、この場合過保護さを疑うべきか。『先生』はユランに甘いからな」
「そうですね、あれは今は昔、僕と先生の仲が良かった頃……」
「遠い目をするのはやめろ」




「よし、警邏ついでに繁華街で夕食とるぞ。希望はあるか?」
 今日の三人は、日勤に引き続き夜勤である。
 西区はアカデミーとその関連施設が多く、そこに隣接して職人街という構成のために、夜の人口は少ない。当然もめごとも少なく、警備隊員が夕食ついでなどという緩さが許されるのも西区だけだ。あまりに暇なので、花街があるため深夜帯が主戦場の南区への応援が常態化しているほどだ。
「はい! 俺、今日は魚料理の気分です!」
 カイが元気よく手を挙げた。




「では、第二回『先生の家に出入り禁止になったユランの今後について』対策会議を開催する、まずは乾杯」
 さすがに勤務時間内の飲酒は禁止されているので、三人は濃く煮出した茶を冷やしたものを入れたグラスを合わせる。
「で? ユランはどうしたいんだ」
「出入り禁止を解除してもらって、今までみたいに普通に入り浸りたいです」
 普通に入り浸る、の定義については、ヴェイセルは突っ込まないことにした。
「『先生のベッドに潜り込むようなことはもうしません』と誓って、許して貰うのが早そうだけどな」
「そんな嘘はつけません」
 嘘はよくない、とまともなことを言っているように聞こえるのに、話の流れからすると何かがおかしいユラン。
「つまり、先生のベッドに潜り込むのをやめる気はないんだ……?」
 煮魚をつついていたカイがずばっと核心をついた。
「あのベッドは至福の聖域だし、諦めるとか無理」
 涙を呑んで回数を減らす努力をするつもりはある。
「泊めてもらえないってことは、当然ベッドも使わせてもらえないってことだぞ」
「はっ」
「おいおい、今気付いたような声を出すなよ……」
 呆れたようにヴェイセルに言われて、ユランは今気付いたということを言い出せなくなる。


「先生は『暫く』って言ったんだろ? なんだかんだ言っても、ユランのこと可愛がってる訳だし、そのうち何もしなくても家に入れてくれるようになると思うが」
 絶対に許さないというよりは、少しの間反省しなさい、という意味での出入り禁止と思われる。
「そういや合鍵は? 戻したのか?」
「いえ、預かったままです。非常時のために持っておけって」
 取り上げられたりはしなかった。
「どっちにしろ、先生はここ数日は家にも研究所にもいないから話せないし、言われた通り、暫くは自分で借りてる部屋に戻ろうと思ってます」
「家主が留守なら、家に泊まっても問題なくない? 夜勤明けに郊外に借りてる部屋に戻るのきついだろ」
 ばれなければいいのではという意見のカイ。
「うん、最初に転がり込んだ時も夜勤明けだったよ」
 夜勤明け、部屋に戻る前に少し眠りたい、詰所の仮眠室はうるさくて眠れないからここに泊めてほしいと願って許されたのだ。そのまま翌日の非番の日を過ごすようになり、夜勤明けも非番も関係なく普通に行くようになり、今に至る。


「ん、夜勤明けなら昼間だから『泊まる』の範囲に入らないかもしれんぞ……というか、出入り禁止なのか? 泊まりが禁止なのか? どっちなんだ」
 ヴェイセルは抜け道を探そうとして、基本情報があやふやなことに気付く。
「ええと、『暫く自分で借りてる部屋に戻れ、うちに泊まることは許さん』だったかな。あれ、もしかして出入り禁止って訳じゃなく、泊まるのが禁止なだけ?」
 どうとでも解釈できそうだったが。
「部屋に戻れって言われたってことは、家には来るなってことだとも考えられるが」
 こちらの方が正しそうだった。
「やっぱり出入り禁止かー。一度期待させておいて落とすなんて先輩酷ーい」
 俺だったら泣いちゃう、とふざけたカイの頭を、ヴェイセルは無言でぐりぐりした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

処理中です...