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4「恋は宗教みたいなもんだろ」
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「先生、僕、顔洗ったんですけど。そろそろ出る時間なんですけど。何か忘れてませんか、忘れてますよね、ほらほらほら」
行ってらっしゃいのキスは? と言うように、自分の頬を指で示して見せるユラン。
「うるさいしつこいふざけんな。……あ、俺が先に出ればいいんじゃねえか」
自分が先に出れば『行ってらっしゃい』という状況にならないことに気付いて、エイダールは鞄を掴む。
「『行ってきます』のキスでもいいですけど……ちょ、一緒に行きますから!」
大股で玄関に突き進んでいくエイダールを、ユランは慌てて追い掛けた。
「ユラン、なんでついてくるんだ、お前の行き先はあっちだろ」
路地を抜けて表通りまで一緒に歩いて、そこでいつもなら研究所と警備隊の詰所、それぞれに向かうのに、そのままついてくるユランに、エイダールは首を傾げる。
「ま、まさか『行ってらっしゃいのキス』をするまでついてくる気じゃないだろうな!?」
恐ろしい可能性に気付いて声が震える。
「え、付き纏ったらしてくれるんですか?」
「…………っ」
エイダールは無言で拳をユランの横腹に叩き込んだ。
「痛っ、冗談ですよ、研究所の入口まで送ったら戻ります、最近物騒なので念の為護衛させてください」
「ああ、そう言えばまた行方不明者が出たそうだな」
エイダールも事件のことは知っている。
「俺が狙われるとは思えないが、それで気が済むならまあ別に……」
研究所に寄り道したところで、警備隊の詰所までは数分なので負担は少ないだろうと許可を与える。
「こんな朝っぱらから、警備隊の目の前の人通りも多い場所で襲ってくるとは思えないけどな」
研究所のあるアカデミーは王都最大の教育機関なので、今の時間は学生の姿も多い。何より、当てつけでもなければ警備隊の詰所から見える場所でわざわざ事を起こそうという犯罪者は少ないだろう。
「そうですね。ただ、初期の頃より手口が雑というか荒くなってきてるので、油断はしないでください」
「分かった、気を付ける。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
研究所内に入っていくエイダールを見送って、踵を返すと、研究所の前に乗合馬車が停まった。
「スウェンさん、おはようございます」
降りてきた青年に、ユランは声を掛ける。
「ユランくん? おはようございます」
スウェンはエイダールの研究室で助手を務めている。アカデミーを卒業後、すぐにエイダールの助手になり、現在二十五歳。正式な助手としては三年目だが、学生の頃から研究室に出入りしていたので、エイダールとの付き合いは割に長く、ユランとも親しい。
「ギルシェ先生に何かありましたか?」
ユランがこんな時間にこの場所にいる理由が分からなくて、少し不安そうな顔になる。
「いえ、何もないです、出勤する先生を送ってきただけです」
「そうですか」
では失礼します、と軽く頭を下げて、ユランは職場へ向かった。
「おうユラン、こっちに来ないでどこに行くんだと思って見てたが、先生のお見送りだったのか?」
詰所に着くと、ヴェイセルに声を掛けられる。
「おはようございます先輩。いつから見てたんですか?」
「路地を抜けて出てきたところから。いつもならすぐに通りを渡ってこっちに来るのに先生についていくから、どうしたのかと」
「勝手に護衛してました。先生も一応魔力持ちだから、心配になって」
「あの人なら、何かあっても返り討ちにしそうだけどな」
エイダールは、緩そうな見た目に反して、魔力操作の巧みさは折り紙付き。攻撃でも防御でも付与でも何でも来いという万能型である。器用貧乏ともいう。
「え、あの先生、強いんだ? 研究者なのに?」
ヴェイセルの横にいたカイが、驚いたようにユランに尋ねる。
「この詰所くらいなら丸ごと吹っ飛ばせるって言ってました」
エイダールの攻撃系の魔法を見る機会は、素材集めで魔獣を狩るのにくっついていく時くらいだが、その際も必要最低限な使い方である。本気を出した場合どれくらいの破壊力があるのかは分からないが、そういう自己申告は受けている。
「へえー、そんな危険な人には見えないのになあ」
人は見掛けによらないなーと、カイは肩を竦める。
「危険じゃないよ、先生はすごく優しい人だよ」
「え、ユラン、突然惚気るなよ、びっくりするだろ」
「惚気てないよ、事実だから」
「あ、そう……」
引きつりながら頷くカイ。
「基本的には研究者だし、生活に役立つ魔導回路の研究が専門だし。荒事に自分から首を突っ込んだりしないし」
自分から首は突っ込まないが、荒事に巻き込まれたときは正面からガツンと行くというか、積極的になりがちなことは伏せておく。
「たまに騎士団からの要請で魔術師はやってますけど、それも前線じゃなく技術支援系だし。あ、前にそれで勲章を貰ったこともあるって」
「す、すごいんだなー」
「分かってくれて嬉しいです」
恐ろしく棒読みで相槌を打ったカイに、ユランはうんうんと満足そうに頷いた。
「ヴェイセル先輩、ユランのアレって、何なんですか、先生という名の宗教の話を聞いてる気分になったんですけどー?」
納得いかない顔のカイに話し掛けられて。
「恋は宗教みたいなもんだろ、相手を崇め奉る系の恋愛だ」
そういうもんだと思っておこう俺たちの心の平穏のために、とヴェイセルはぽんぽんとカイの背中を叩いてやった。
行ってらっしゃいのキスは? と言うように、自分の頬を指で示して見せるユラン。
「うるさいしつこいふざけんな。……あ、俺が先に出ればいいんじゃねえか」
自分が先に出れば『行ってらっしゃい』という状況にならないことに気付いて、エイダールは鞄を掴む。
「『行ってきます』のキスでもいいですけど……ちょ、一緒に行きますから!」
大股で玄関に突き進んでいくエイダールを、ユランは慌てて追い掛けた。
「ユラン、なんでついてくるんだ、お前の行き先はあっちだろ」
路地を抜けて表通りまで一緒に歩いて、そこでいつもなら研究所と警備隊の詰所、それぞれに向かうのに、そのままついてくるユランに、エイダールは首を傾げる。
「ま、まさか『行ってらっしゃいのキス』をするまでついてくる気じゃないだろうな!?」
恐ろしい可能性に気付いて声が震える。
「え、付き纏ったらしてくれるんですか?」
「…………っ」
エイダールは無言で拳をユランの横腹に叩き込んだ。
「痛っ、冗談ですよ、研究所の入口まで送ったら戻ります、最近物騒なので念の為護衛させてください」
「ああ、そう言えばまた行方不明者が出たそうだな」
エイダールも事件のことは知っている。
「俺が狙われるとは思えないが、それで気が済むならまあ別に……」
研究所に寄り道したところで、警備隊の詰所までは数分なので負担は少ないだろうと許可を与える。
「こんな朝っぱらから、警備隊の目の前の人通りも多い場所で襲ってくるとは思えないけどな」
研究所のあるアカデミーは王都最大の教育機関なので、今の時間は学生の姿も多い。何より、当てつけでもなければ警備隊の詰所から見える場所でわざわざ事を起こそうという犯罪者は少ないだろう。
「そうですね。ただ、初期の頃より手口が雑というか荒くなってきてるので、油断はしないでください」
「分かった、気を付ける。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
研究所内に入っていくエイダールを見送って、踵を返すと、研究所の前に乗合馬車が停まった。
「スウェンさん、おはようございます」
降りてきた青年に、ユランは声を掛ける。
「ユランくん? おはようございます」
スウェンはエイダールの研究室で助手を務めている。アカデミーを卒業後、すぐにエイダールの助手になり、現在二十五歳。正式な助手としては三年目だが、学生の頃から研究室に出入りしていたので、エイダールとの付き合いは割に長く、ユランとも親しい。
「ギルシェ先生に何かありましたか?」
ユランがこんな時間にこの場所にいる理由が分からなくて、少し不安そうな顔になる。
「いえ、何もないです、出勤する先生を送ってきただけです」
「そうですか」
では失礼します、と軽く頭を下げて、ユランは職場へ向かった。
「おうユラン、こっちに来ないでどこに行くんだと思って見てたが、先生のお見送りだったのか?」
詰所に着くと、ヴェイセルに声を掛けられる。
「おはようございます先輩。いつから見てたんですか?」
「路地を抜けて出てきたところから。いつもならすぐに通りを渡ってこっちに来るのに先生についていくから、どうしたのかと」
「勝手に護衛してました。先生も一応魔力持ちだから、心配になって」
「あの人なら、何かあっても返り討ちにしそうだけどな」
エイダールは、緩そうな見た目に反して、魔力操作の巧みさは折り紙付き。攻撃でも防御でも付与でも何でも来いという万能型である。器用貧乏ともいう。
「え、あの先生、強いんだ? 研究者なのに?」
ヴェイセルの横にいたカイが、驚いたようにユランに尋ねる。
「この詰所くらいなら丸ごと吹っ飛ばせるって言ってました」
エイダールの攻撃系の魔法を見る機会は、素材集めで魔獣を狩るのにくっついていく時くらいだが、その際も必要最低限な使い方である。本気を出した場合どれくらいの破壊力があるのかは分からないが、そういう自己申告は受けている。
「へえー、そんな危険な人には見えないのになあ」
人は見掛けによらないなーと、カイは肩を竦める。
「危険じゃないよ、先生はすごく優しい人だよ」
「え、ユラン、突然惚気るなよ、びっくりするだろ」
「惚気てないよ、事実だから」
「あ、そう……」
引きつりながら頷くカイ。
「基本的には研究者だし、生活に役立つ魔導回路の研究が専門だし。荒事に自分から首を突っ込んだりしないし」
自分から首は突っ込まないが、荒事に巻き込まれたときは正面からガツンと行くというか、積極的になりがちなことは伏せておく。
「たまに騎士団からの要請で魔術師はやってますけど、それも前線じゃなく技術支援系だし。あ、前にそれで勲章を貰ったこともあるって」
「す、すごいんだなー」
「分かってくれて嬉しいです」
恐ろしく棒読みで相槌を打ったカイに、ユランはうんうんと満足そうに頷いた。
「ヴェイセル先輩、ユランのアレって、何なんですか、先生という名の宗教の話を聞いてる気分になったんですけどー?」
納得いかない顔のカイに話し掛けられて。
「恋は宗教みたいなもんだろ、相手を崇め奉る系の恋愛だ」
そういうもんだと思っておこう俺たちの心の平穏のために、とヴェイセルはぽんぽんとカイの背中を叩いてやった。
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