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1「ユラン、朝だぞ」
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「ユラン、朝だぞ」
強めに部屋の扉を叩かれて、眠っていたユランはぼんやりと目を開けた。
「おーい、起きてるか?」
起こしに来たエイダールが少し開けた扉の隙間から顔を見せる。
「起きました……」
ふわああああっと欠伸をしながら、ユランはベッドから降りる。
「おはようございます先生」
朝からエイダールの顔を見ることができた幸せを神に感謝する……特に信心深い訳でもないのだが。
ユラン・グスタフは二十一歳。恵まれた体躯を活かして王都の西区警備隊に所属している。本当は騎士団に入りたかったが平民には敷居が高く、警備隊で妥協したが仕事には誇りを持っている。
「おはよう。俺はちょっと用があるからもう出掛ける、お前もちゃんと顔洗って朝飯食ってから仕事行けよ」
そういうエイダール自身は、顔は洗ったのかもしれないが、髪には寝癖がついたまま、上着と鞄を小脇に抱えている。
エイダール・ギルシェは二十七歳。多めの魔力持ちで魔術師であり、王都のアカデミーに付属する王立研究所に所属する研究者であり、時々アカデミーで教鞭も執っている。きちんと身なりを整えればそれなりの容姿なのだが、普段はちょっぴりくたびれた下町の兄ちゃんにしか見えない。
ユランとエイダールは、隣が辺境伯の領地という田舎出身の幼馴染で、王都のアカデミーに入学してそのまま研究者になったエイダールを追い掛けてユランも王都にやってきた。
騎士に憧れたこともあるが、王都に来た一番の理由はエイダールの傍にいたかったからである。
恋している、と言っていいと思う、エイダールには全く相手にされていないが。
「はい、行ってらっしゃい先生」
「ああ、行ってくる」
「もうちょっと早く起こしてくれていいのにな、一緒に食事したかったな」
食卓に載っていた丸パンをかじりながら、厨房をぐるりと見まわす。
「あ、スープだ」
コンロの上の小鍋の蓋を開けると、ユランの好きなベーコンのスープが入っていたのでうきうきと温め直して皿に注ぐ。
「好物な上に先生の手作りとか最高過ぎる……いただきまーす」
まるで自分の家であるかのような振る舞いを見せるユランだが、ここはユランの家ではなく、エイダールの持ち家だ。住み始めた当初は借家だったが、気に入ったので買い取ったと聞いている。
職人が多く集まる区域にあり、この家も元々は細工師が店を営んでいて、一階は店舗と工房だったらしい。今はエイダールの研究資料と素材で埋まっている。
いわゆる裏通りに面しているが、細い路地を抜けて行けばエイダールの職場である研究所まで徒歩五分も掛からないという好立地。ユランの職場である警備隊の西区詰所は研究所の向かいなのでこれも近い。
ユランはユランで王都のはずれに小さな部屋を借りているのだが、エイダールの家の立地の良さにかこつけて、入り浸りと言ってもいい状況である。
「見える距離だもんな……」
エイダールの家を出て、しっかりと鍵をかけて目的地の方向を見ると、警備隊の詰所自体は見えないのだが、建物の上ではためく隊旗がちらちらと見えている。最短距離を走れば一分くらいで着くかもしれない。
「ここの庭を突っ切れば本当に行けそうな気がするな……」
空き家になっている隣の邸宅の塀を見上げて、やってみようかな、と考えていると。
「こらこら、普通に道なりに行けよ、塀に手を掛けるな!」
「あ、おはようございます先輩」
声に振り向くと、エイダールと同じくこの区域で暮らす警備隊の先輩隊員ヴェイセルが呆れた顔で立っていた。彼も出勤途中らしい。
「おはようユラン、その家、空き家だけどお貴族さまの持ち家だからな。防御魔法が掛かってて、許可なく立ち入ると魔法で捕縛されて通報されるぞ」
だからやめとけ、と続けるヴェイセル。通報されなくても他所さまの敷地を突っ切るのはよろしくないが。
「ちなみにどこに通報されるんですか?」
「警備隊」
「ぶっ」
「お前、笑い事じゃないぞ、通報を受けて出動したら警備隊員が引っ掛かってましたじゃ外聞が悪すぎる」
しかもその理由が『突っ切ったら早く職場に行けそうな気がした』だった日には、始末書で済むかどうか分からない。
「いいか、お前の『愛しの先生』にも迷惑がかかるかもしれないぞ」
頻繁に出入りしていた知り合いが隣の敷地に不法侵入して捕まったとなれば、仮に法に触れなくても道義的な責任を負わせてしまうかもしれない。
「はい、了解しました! 気を付けます! 品行方正に生きます! 先生にここに来るなって言われたら大変だし!」
エイダールに迷惑が掛かるなど天が許しても自分が許さないし、その所為で出入りを制限されたら大変である。
「『先生』が絡むと対応が早いな。というか、まだそんな段階なのか? 傍目には一緒に住んでいるようにしか見えないんだが。鍵も預かってるようだし?」
「住んでませんよ、時々転がり込んでるだけで……合鍵は貰ってるけど。僕用の部屋とベッドもあるけど」
いやもうそれ、ここに居を移してきていいんじゃないのかな、と思うヴェイセルだった。
強めに部屋の扉を叩かれて、眠っていたユランはぼんやりと目を開けた。
「おーい、起きてるか?」
起こしに来たエイダールが少し開けた扉の隙間から顔を見せる。
「起きました……」
ふわああああっと欠伸をしながら、ユランはベッドから降りる。
「おはようございます先生」
朝からエイダールの顔を見ることができた幸せを神に感謝する……特に信心深い訳でもないのだが。
ユラン・グスタフは二十一歳。恵まれた体躯を活かして王都の西区警備隊に所属している。本当は騎士団に入りたかったが平民には敷居が高く、警備隊で妥協したが仕事には誇りを持っている。
「おはよう。俺はちょっと用があるからもう出掛ける、お前もちゃんと顔洗って朝飯食ってから仕事行けよ」
そういうエイダール自身は、顔は洗ったのかもしれないが、髪には寝癖がついたまま、上着と鞄を小脇に抱えている。
エイダール・ギルシェは二十七歳。多めの魔力持ちで魔術師であり、王都のアカデミーに付属する王立研究所に所属する研究者であり、時々アカデミーで教鞭も執っている。きちんと身なりを整えればそれなりの容姿なのだが、普段はちょっぴりくたびれた下町の兄ちゃんにしか見えない。
ユランとエイダールは、隣が辺境伯の領地という田舎出身の幼馴染で、王都のアカデミーに入学してそのまま研究者になったエイダールを追い掛けてユランも王都にやってきた。
騎士に憧れたこともあるが、王都に来た一番の理由はエイダールの傍にいたかったからである。
恋している、と言っていいと思う、エイダールには全く相手にされていないが。
「はい、行ってらっしゃい先生」
「ああ、行ってくる」
「もうちょっと早く起こしてくれていいのにな、一緒に食事したかったな」
食卓に載っていた丸パンをかじりながら、厨房をぐるりと見まわす。
「あ、スープだ」
コンロの上の小鍋の蓋を開けると、ユランの好きなベーコンのスープが入っていたのでうきうきと温め直して皿に注ぐ。
「好物な上に先生の手作りとか最高過ぎる……いただきまーす」
まるで自分の家であるかのような振る舞いを見せるユランだが、ここはユランの家ではなく、エイダールの持ち家だ。住み始めた当初は借家だったが、気に入ったので買い取ったと聞いている。
職人が多く集まる区域にあり、この家も元々は細工師が店を営んでいて、一階は店舗と工房だったらしい。今はエイダールの研究資料と素材で埋まっている。
いわゆる裏通りに面しているが、細い路地を抜けて行けばエイダールの職場である研究所まで徒歩五分も掛からないという好立地。ユランの職場である警備隊の西区詰所は研究所の向かいなのでこれも近い。
ユランはユランで王都のはずれに小さな部屋を借りているのだが、エイダールの家の立地の良さにかこつけて、入り浸りと言ってもいい状況である。
「見える距離だもんな……」
エイダールの家を出て、しっかりと鍵をかけて目的地の方向を見ると、警備隊の詰所自体は見えないのだが、建物の上ではためく隊旗がちらちらと見えている。最短距離を走れば一分くらいで着くかもしれない。
「ここの庭を突っ切れば本当に行けそうな気がするな……」
空き家になっている隣の邸宅の塀を見上げて、やってみようかな、と考えていると。
「こらこら、普通に道なりに行けよ、塀に手を掛けるな!」
「あ、おはようございます先輩」
声に振り向くと、エイダールと同じくこの区域で暮らす警備隊の先輩隊員ヴェイセルが呆れた顔で立っていた。彼も出勤途中らしい。
「おはようユラン、その家、空き家だけどお貴族さまの持ち家だからな。防御魔法が掛かってて、許可なく立ち入ると魔法で捕縛されて通報されるぞ」
だからやめとけ、と続けるヴェイセル。通報されなくても他所さまの敷地を突っ切るのはよろしくないが。
「ちなみにどこに通報されるんですか?」
「警備隊」
「ぶっ」
「お前、笑い事じゃないぞ、通報を受けて出動したら警備隊員が引っ掛かってましたじゃ外聞が悪すぎる」
しかもその理由が『突っ切ったら早く職場に行けそうな気がした』だった日には、始末書で済むかどうか分からない。
「いいか、お前の『愛しの先生』にも迷惑がかかるかもしれないぞ」
頻繁に出入りしていた知り合いが隣の敷地に不法侵入して捕まったとなれば、仮に法に触れなくても道義的な責任を負わせてしまうかもしれない。
「はい、了解しました! 気を付けます! 品行方正に生きます! 先生にここに来るなって言われたら大変だし!」
エイダールに迷惑が掛かるなど天が許しても自分が許さないし、その所為で出入りを制限されたら大変である。
「『先生』が絡むと対応が早いな。というか、まだそんな段階なのか? 傍目には一緒に住んでいるようにしか見えないんだが。鍵も預かってるようだし?」
「住んでませんよ、時々転がり込んでるだけで……合鍵は貰ってるけど。僕用の部屋とベッドもあるけど」
いやもうそれ、ここに居を移してきていいんじゃないのかな、と思うヴェイセルだった。
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