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初めてのドラゴンは15の黄昏時でした
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※カロム視点
アニキから聞いた話
どっかで蝶々が羽ばたくと違うどっかで竜巻が起こるらしい
最初はそんな訳ないじゃん、なんて笑い飛ばしたけど要はどんな些細な出来事でも大きな事に繋がってるかもしれないってことらしい
どっちにしろ俺にはよくわからなかった
「カロム、ちゃんとハンカチ持ったか?」
「持ったって」
「ライチ、お弁当はちゃんと人数分作ったから他のパーティメンバーにも分けるんだぞ?」
「わかってますよー」
ギルド前でしょうもない事を確認してくるアニキ
ガキの使いじゃあるまいし
屈強な冒険者の巣窟の門前で今更あれこれ言われるのは恥ずかしい
「怪しい人には付いてくなよ?」
「ついてかねーよ」
「変なもん拾って食ったらダメだからな?」
「食べません!」
ギルドに出入りする人がすれ違い様にクスクスと笑い始めたところで俺の羞恥心がピークに達した
「あー!そんなに心配しなくても大丈夫だって!」
俺が怒鳴るとアニキは少し目を細め、声のボリュームも数段階下げた
「そうだな、お前らもガキじゃない…これ以上は言わねえよ」
明らかに落ち込むアニキに罪悪感を感じるが俺は謝ったりしない
アニキは少し過保護過ぎる
簡単な採取クエストですら上級ポーションを3つ以上持たせるし時には送り迎えまでしてくれる
1本で家の4週間分の食費になるポーションを持たされてる俺の身にもなってほしいよ…
うっかり割ったら取り返しがつかない
でも普段は流石にここまで口酸っぱくはないんだ
「でも小さくてもドラゴンはドラゴンだ、油断するなよ」
俺は今日初めて討伐クエストに行く
しかも討伐モンスターは推奨ランクBのレッサードラゴン
そもそもEランクの俺じゃ本来受注すら出来ないんだけどBランク以上の冒険者の推薦と四人以上のパーティ編成を条件に今回は審査を通った
半年でAランク冒険者という異例のスピード出世を果たしたアニキの推薦ということでギルド側に異論は無く
その場での受付嬢の二つ返事はもはや圧巻の一言
その日の晩飯時にアニキが半笑いで言った「文句なんて言わせねーわ」には鳥肌が立った
「伝説の装備を身に纏った私に敵はいません!ドラゴンだってちょちょいのちょいです!まさに天下無敵!」
今日のライチは一際気合いが入ってる
ドレスの様な純白の魔導着に袖を通せることになり、そうとう嬉しいみたいだ
まあ確かに綺麗だし派手ではあるけど中身がちんちくりんだからなー…これがナイスバディのお姉さんだったら俺も鼻の下を伸ばすところだけど
「確かにお前はそこら辺の人間より魔法の才能は有るし、その装備で何段階も威力は増すだろうが突っ走ってチームワークを乱したら元も子もないからな」
「…肝に銘じておくのです」
「あと、最後にもう1つだけ…」
アニキはワシワシと雑に俺達の頭を撫でると首に手を回して力強く引き寄せた
「失敗したっていいから…必ず生きて帰ってこい」
耳元で囁くアニキの顔は近すぎて確認出来なかった
そして確認出来ないままアニキは突風と共に姿を消した
忙しないな、と思いながらも俺は振り返らずにギルドの扉を開ける
慌てて付いてくるライチとギルドの中に入るとまず飛び込んできたのは聞き慣れつつある陽気な挨拶
「オッスオッス!相棒、今日はよろしくな!」
笑顔で手を振る同い年のティニー
今回のパーティのリーダーだ
クリーム色の長い癖毛を揺らしながら駆け寄ってくると背負っている長槍が他の冒険者の肩にぶつかる
「おいティー坊、初のドラゴン退治で浮かれんのはいいが室内じゃ得物は置いておけって言ってるだろうが!」
「悪ぃ悪ぃカルモさん、でもBランクの冒険者なら軽く避けれんだろ?」
「オメェってやつぁ…いつまで経っても悪ガキのまんまだな」
ティニーがベテラン冒険者に悪態をつく
そんな光景ももはや見慣れてきた
冒険者の半分くらいは荒くれ出身みたいなとこがあるからな
学も常識も礼儀も無い奴ばっかりだ
だけど気のいい奴らでもある
ベテランのカルモさんも怒ってはいるが最後には呆れ顔で笑みを溢していた
「ティニーがいつもすみません…」
カルモさんに頭を下げる女
水色のショートヘアから覗く少し尖った耳
ハーフエルフのメリーさん
もう1人のパーティメンバー
いつもはティニーと二人で行動していてギルド内では基本今みたいに悪童の尻拭いをしている
「気にするなメリーちゃん、いつもの事だ」
「気にしてないならいちいち突っかかんないでくれよー」
「糞ガキが…はぁ…まあいい、説教は帰ってきてからたっぷりしてやる」
「すみません…ティニー、謝りなさい」
「嫌なこった!お前ら行くぞ!」
小馬鹿にするように舌を出すティニーは俺とライチの腕を掴み強引に外に飛び出した
ティニーに引っ張られながらメリーさんの方を見ると彼女はカルモさんに高速で頭を二回下げてから慌てて追いかけてきていた
羽織ってるローブ越しからでもわかる、たわわに実った果実
小走りの一歩一歩で確かに揺れる
「すごい…富国強兵です」
ライチが感嘆の声を漏らす
いつも頓珍漢なことばかり言ってるライチだが今回ばかりは共感だ
勢いで街の大門まで走ってきた俺達は外出の手続きをするために隣接する関所に入った
「おおティニーか、予約してる大鷹船《おおたかせん》がもう着いとるぞ」
関所のじいさんが俺達の顔を見るなり言ってくるが四人とも身に覚えがない
大鷹船を使うのは貴族かSランク冒険者が遠出する時くらい
間違ってもAランク以下の冒険者が使うものじゃないし俺に至っては見たことすらない
まぁでも思い当たる節が無い訳じゃないんだけど…
「しっかしロージっつー若もんは大した奴じゃのう、さっき3日分の料金をポンと出してすぐ帰りおった」
やっぱりアニキだった
しかも3日分って事は帰りも大鷹船ってことかよ…
こんなもん上級ポーションの比じゃない
小さめの家が建つわ…
「もしかしてこの料金って後でロージさんに請求される感じ…?」
あんなに元気だったティニーが青ざめながら訊いてくる
「いや…アニキに限ってそんな事はしないと思うぞ」
「マジ!?よかったー!破産するところだったー!」
「ただでさえティニーの無駄遣いに苦しめられてるのに…肝が冷えました」
ティニーに振り回される苦労人、メリーさんはホッと胸を撫で下ろす
「手続きもロージがしていったから特にすることもないぞ、貴重な体験じゃからしっかり楽しんでこい」
至れり尽くせりかよ…
もう過保護の領域をとっくに越えてるわ
つーかじいさん、遊びに行くんじゃないんだから「楽しめ」は違うだろうに…
「ラッキー!んじゃさっそく船に乗り込もうぜ!」
基本落ち着きの無いティニーは門の外まで走っていく
俺達も歩いて追いかけると街の門前に漁船程の大きさの船と背中に五~六人は乗せれそうな大きな鷹が3羽、道行く人が物珍しそうに見るなか停まっていた
ティニーは既に船に乗り込んでいて船長兼鷹匠のオッサンと楽しそうに談笑している
「おーい!中やべーぞ!超貴族!」
こっちに気付いたティニーが手を振りながら叫ぶ
そんなもん外観だけでも見りゃわかる
船首に女神像
マストには色とりどりの宝石が散りばめらていて帆は痺れるほどの漆黒
連れてる大鷹も自分の仕事に誇りを持っているような気高く凛々しい顔付き
たぶん普段から俺より良いもん食ってんだろうな…
大鷹を見つめ少しブルーな気持ちになりながら俺も船に乗り込んだ
「おう!俺は船長のリキット!普段は接客なんてしねえからガサツなところは勘弁してくれ!」
船長がまず挨拶してきたが逞しい身体と無精髭で客船というより海賊船の船長みたいだ
作法なんて知らないのでとりあえず一礼するとメリーさんが船長に訝《いぶか》しそうな顔を向けた
「今日は船長さんしか乗ってないということですか?」
「いんや、弟子とコックと清掃係の四人だ」
「いつもはもっと多いんすか?」
「普通なら専用の執事とメイド、それと1人か2人は音楽家が乗るな」
大鷹船の乗客は1組までというルールがある
その面子が今日揃っていたらまさに豪華な旅路なんだろう
「若旦那が「大した旅じゃないから必要最低限の人員でいい」って言うもんだから執事のじいさんと若いメイドと音楽家の兄弟には今回声をかけてねーな」
そうか…メイドさん若いんだ…
いや…別にメイドさんに会いたかった訳じゃない
たまに領主ん所のメイドさんとか来るし(ちょっと様子がおかしいけど)
でもさぁ…
ここまで用意するならさぁ…
中途半端にグレードを下げなくても…
正直人生で一回くらいは貴族体験したかった
「若旦那には家も良い思いさせてもらってるからな、普段はそんな事してないんだがそのプランで今回は半額だ」
アニキ、仕事のためなら何処にでも手を出してくな…
日に日にあの人が何者なのか解らなくなってく気がする
「ロージさんもやり手ですね」
「うーん…そうなんだけど……なんというかもうそんなレベルでもないって言うか…」
「神出鬼没です!」
船内に案内されると中は見た目以上に広かった
客室、個室が6部屋、厨房、娯楽室
物珍しいから全部見て回ったが明らかに船内の容量がおかしい
「これはたぶん空間魔法を施されてるんですね」
「空間魔法?」
俺の疑問にメリーさんではなくライチが答える
「この前教えたビンの授業のアレです」
「そういえばそんなことしてたような…俺火属性魔法しか適性ないからあんま聞いてなかった」
「ちゃんと聞いてくださいよー!」
2ヶ月前くらいにライチが1リットルしか入らない瓶に魔法をかけて2リットル入れる授業をしてた気がする
密度を操作する魔法なんだとか
…まあ俺にはちんぷんかんぷんだ
「この規模の空間魔法には恐らく10人以上の上級魔導師が必要でしょうね…流石に大鷹船の船は手が込んでます」
客室に戻るとティニーがソファーに寝そべり茶菓子を食べていた
「おかえりー、なんか知らんが美味ぇぞこれ」
「もう…お行儀悪いよ?」
早くも堕落してるティニーをメリーさんが叱っていると船長の声で出港のアナウンスが流れた
窓を見ると大鷹の羽音と共に景色が下に沈んでいく
『到着は四時間後だ、それまで好きにやっててくれ』
たった4時間…
馬車で12時間かけて行く予定だったから随分と早く感じる
昼過ぎには着いちまうな
「早いですね、これなら戦闘準備にも余裕が持てます」
依頼人の村に着いたら聞き込みとアイテムの補充
初めて行く場所なら目撃情報付近も下見しにいく
これが鉄則のはずなんだけどアニキはその全てをすっ飛ばしてきてるんじゃないかと思うくらい仕事が早い
早く済みそうなクエストを選んでるらしいけどそれにしたって早過ぎる
アニキがクエストに行って夕方までに帰ってこなかった事がない
トロントさんから聞いた話だと討伐クエストを2つ請け負って1時間で帰ってきたこともあるらしい
その話を聞いてから俺はアニキを人間として見るのは止めた
「余裕があるのは良いことだ、気持ちも時間も金にもな」
いつもヘラヘラ笑ってるイメージのティニーだけどそれは余裕なのか?
俺には危機感が無いだけに見える
実際ティニーのクエスト成功率は60%台と低くて、そのせいで実力があるのにDランク止まりだったりする
ランクだけなら堅実に仕事をこなすメリーさんの方が1つ上だ
「なんとかなるなる♪」
そんなお気楽な事を言い残しティニーはフカフカのソファーで鼾《いびき》をかき始めた
「何か緊張感無くてごめんね」
メリーさんが謝る事じゃないと思うし大鷹船に乗ってる時点で緊張感もクソも無くなってる
「別に気にしてないっすよ、それよりせっかく菓子もあるんで食いましょう」
「じゃあそうしようかな」
苦笑いを浮かべるメリーさんだったが茶菓子を一口含むと苦笑いの苦い部分がどっかに飛んでった
「おいし~!なにこれ!?」
スポンジにクリームが乗ってる名前も知らない菓子
メリーさんには大好評だがアニキのおやつに慣れてしまった俺達はあまり見栄えが良いとは思えない
腹に溜まるなら何でもいいか…
何も考えず一口食べればやっぱり1つも2つも物足りない
ただただ甘いそれは紅茶には合いそうだがそれだけだ
同じような物でもアニキのなら酸味の利いたフルーツを乗せて味を整えつつお好みで黒いソース(チョコレートソース)か琥珀の汁(ハチミツ)を添えてくれるはず
アニキと会ってから俺の舌もだいぶ肥えてしまった…
…これはこれで由々しき問題だな
隣に座っているライチも口では「美味しい」と言っても目が笑ってなかった
「メリーさん…これよかったら俺の分も食っちゃっていいっすよ」
「いいの!?甘いの苦手?」
「…そんなとこっす」
半年前なら絶対こんなこと言わなかったんだけどな…
ティータイムを挟んで1時間くらい話しているとまた船長のアナウンスが流れる
『ヨーソロー!お前ら、今良い感じに海が見えるぞ!今回は俺が特別にガイドしてやるから甲板に上がってこい!』
俺もライチも海は見たことが無い
「海」という単語が出てきただけで二人して心を跳ね上げてしまう
「う、海ですか!?どこですか!?」
「お、落ち着けライチ!慌てても海は逃げたりしねーよ!」
そわそわしながら未だに寝てるティニーとメリーさんを見比べているとメリーさんが察してくれたらしく微笑みながら「どうぞ、行ってきてください」と言ってくれた
それが合図と言わんばかりに客室から飛び出した俺達は甲板に上がった直後に身体を硬直させる
「おう!来たか!」
目に飛び込んできたのは地平線に無限に広がる海
吸い込まれるような青々としたオーシャンビュー
「い、一望無垠《いちぼうむぎん》…です」
ライチが声を震わせながら言う
俺は声すら出なかった
「どうでい!絶景だろ!」
辛うじて頷いた俺は船長のいる舵輪の方までゆっくりと歩いていく
「だ、大冒険…っす」
「へっへっへっ!そう言ってもらえると船長冥利に尽きるね」
船長は豪快に笑いながら俺の頭を撫でた
その後は船長が今見てる海の特産や出没するモンスター、貿易船の航路なんかを説明してたと思うが俺の耳にはあまり届いてこなかった
俺達は結局海が見えなくなるまでずっと噛りつくように海を眺めていた
ガキみたいでみっともなかったかもしれないが目が離せなかったし足も動かなかった
到着まで残り1時間というところ、ようやく起きたティニーと共に客室でアニキの弁当を広げる
弁当のメニューはカツサンドというパンに肉が挟まった物だった
ティニー達はもちろん俺も初めて見る食い物にボケっとしているとライチが意気揚々と解説し始める
「これはカツサンドと言って戦う戦士のご飯なのです!」
前日の晩に下拵えをするアニキの横にくっつきながらワクワクしてたとリーサさんから聞いたが、その熱量はまだ冷めてないらしい
「カツサンドの「カツ」は勝負に「勝つ」という意味が込められたゲン担ぎ!すなわちこれを食べれば絶対にドラゴンにも勝てるのです!!」
「す、すげー!!この世にそんな食い物があったのか!?流石にAランク冒険者ともなると食い物にも拘るってことか!」
恐らく言われた事をそのまま解説してるんだと思うけど俺も含めて全員のテンションが上がっていた
四人ほぼ同時にカツサンドを手に取るとまず最初に反応したのはメリーさんだった
「え、これパンですか?パンってこんなに柔らかい物でしたか??」
「いやいやメリー、俺の知る限りじゃこんな柔らかいパンは存在しないぜ…たぶん違う何かだ」
「でも麦の良い匂いが…」
はいはいカチカチパンね…
柔らかいパンに驚いてた時期が俺にもありましたよ
スープに浸した訳でもないのにパンが柔らかくなるなんて思っても見なかった時期が
うん、見事に覆ってるな
二人の常識
「おいおい…やべーぞメリー!この肉の厚さ見てみろ!」
「お誕生日でもお目にかかれないね、これは」
確かに今日の肉は厚い
肉がメインな料理なだけあって意図的に厚くしたんだろう
しかし驚くことなかれ…
家はお誕生日じゃなくても月1くらいでこの厚さだ!
「間の野菜もこんなに水水しい…」
「そもそも俺らは保存食しか用意しないから野菜なんてクエスト中は食わないよな」
見るからにシャキシャキと音を立てそうな水水しい千切りの野菜
1週間くらい平気で帰ってこない二人にはなかなか食う機会もないだろう
「食い物を見ただけでも充実した生活が垣間見える…俺も早くランク上げねーとな」
「まぁティニーはまだ若いんだしそんなに焦らなくても」
「いや、人生の目標ってのは高くデカくだ!あと五年以内にSランクになって毎日こんな分厚いステーキ食ってやる!!」
見ただけでティニーのモチベーションを上げてしまった
…恐るべし、カツサンド
この時点で十分過ぎる働きを見せたのに食っちまったらどうなるんだ…末恐ろしいな、おい…
「んじゃ、いただきます」
三人はカツサンドを同時に頬張るが俺だけは二人の様子を見ていた
「う、美味ぇ……!」
二人の表情は蕩けんばかり
実際に全身の骨でも抜かれたようにソファーと一体化しつつあった
「なんじゃこりゃ…?女神様への供物なんじゃねーの…?」
「あ、ヤバい…飛びそう」
え、怖い…何この反応
飛ぶってなに、意識が?
一応ライチの方も見てみると今度こそ満面の笑みを浮かべていた
1人3切れあったカツサンドはあっという間に無くなって残すは未だ手付かずの俺の分だけになった
「…………」
無言の視線が3つ、俺に突き刺さる
「………いいよ、やるよ」
何かに取り付かれたような二人の目に俺は耐える事が出来なかった
「いいの!?」
「お前、一生後悔するぞ!!」
そう思うんだったら最初からその視線を飛ばさないでくれ…
「一生後悔していいからとっとと食ってくれ…そんな風に見られたら胃に穴が空きそうだし」
まるでクエストクリアばりの喜びを見せる二人を他所にライチはカツサンドを手に取り俺の顔に近付けてくる
「はい、あーん」
どうやら食わせてくれようとしてるけど正直恥ずかしいだけなんだが…
「…いいんだぞ、食って?」
「私はお姉さんなのでもうお腹いっぱいです」
どっからどう見てもお姉さんには見えないけどソースの匂いが鼻に漂い俺は反射的にカツサンドに食らい付いていた
「やっぱ美味ぇな、ありがとう」
「どういたしまして」
危うく一生後悔しそうになった
「流石はハイエルフ、清らかです…おかげで幻術から解き放たれました」
「まったくだぜ、危うくパーティリーダーの俺が飯を奪うっつー重罪を犯しかけた」
優しいエルフに感化されて二人とも無事戻ってこれたらしい
「返します」
「ほらよ」
返してくれるのは有難いけど何で二人ともそのまま食べさせようとしてくるの?
まぁ食うけど…
「別に食ってもよかったのに」
「俺は気付いた」
「何を?」
「また食いたきゃロージさんとこ行きゃいいって事にな!!」
単純かつ極論だ
でもアニキそういうの嫌がるから止めて欲しいんだけど…
保護者さん(メリーさん)、ティニーが非常識なこと言ってるから止めてください
「それは名案だね!」
「名案です!」
ちょちょちょい!?保護者!?
ブレーキが壊れたらダメだろうに!!
やっぱりまだ幻術の世界から戻ってきてなかったのか…?
というか何でライチまでそっち側についてんだ…
怒られるのは目に見えてんだろうが
「おいおい…ライチまで何言い出してんだよ…?」
「カロムだって解ってるはずです!ここで反対出来ない事を!」
「ん?どういうことだ?」
「忘れちゃったんですか?ご飯は皆で食べた方が美味しいですよ?」
このエルフはたまに自分でも気付かない心の奥底の真理をついてくる
そりゃ確かに忙しかったから皆と過ごす時間は減ったよ…
スミヤも居なくなっちまったしさ…
そうだ…
硬いパンだって皆で食えば美味かった
「ああ、忘れてたみてえだ…今思い出したよ」
「ふっふっふっ、もう忘れちゃダメですよ?」
悪いアニキ
上手く言いくるめられちまった…
これからあんたの1番嫌いな『ひやかし』が二人増えるよ
でもさ
あんたも賑やかなのは嫌いじゃないだろ?
俺はアニキへの謝罪の言葉を考えながら
とりあえずライチの頭を撫でた
.
アニキから聞いた話
どっかで蝶々が羽ばたくと違うどっかで竜巻が起こるらしい
最初はそんな訳ないじゃん、なんて笑い飛ばしたけど要はどんな些細な出来事でも大きな事に繋がってるかもしれないってことらしい
どっちにしろ俺にはよくわからなかった
「カロム、ちゃんとハンカチ持ったか?」
「持ったって」
「ライチ、お弁当はちゃんと人数分作ったから他のパーティメンバーにも分けるんだぞ?」
「わかってますよー」
ギルド前でしょうもない事を確認してくるアニキ
ガキの使いじゃあるまいし
屈強な冒険者の巣窟の門前で今更あれこれ言われるのは恥ずかしい
「怪しい人には付いてくなよ?」
「ついてかねーよ」
「変なもん拾って食ったらダメだからな?」
「食べません!」
ギルドに出入りする人がすれ違い様にクスクスと笑い始めたところで俺の羞恥心がピークに達した
「あー!そんなに心配しなくても大丈夫だって!」
俺が怒鳴るとアニキは少し目を細め、声のボリュームも数段階下げた
「そうだな、お前らもガキじゃない…これ以上は言わねえよ」
明らかに落ち込むアニキに罪悪感を感じるが俺は謝ったりしない
アニキは少し過保護過ぎる
簡単な採取クエストですら上級ポーションを3つ以上持たせるし時には送り迎えまでしてくれる
1本で家の4週間分の食費になるポーションを持たされてる俺の身にもなってほしいよ…
うっかり割ったら取り返しがつかない
でも普段は流石にここまで口酸っぱくはないんだ
「でも小さくてもドラゴンはドラゴンだ、油断するなよ」
俺は今日初めて討伐クエストに行く
しかも討伐モンスターは推奨ランクBのレッサードラゴン
そもそもEランクの俺じゃ本来受注すら出来ないんだけどBランク以上の冒険者の推薦と四人以上のパーティ編成を条件に今回は審査を通った
半年でAランク冒険者という異例のスピード出世を果たしたアニキの推薦ということでギルド側に異論は無く
その場での受付嬢の二つ返事はもはや圧巻の一言
その日の晩飯時にアニキが半笑いで言った「文句なんて言わせねーわ」には鳥肌が立った
「伝説の装備を身に纏った私に敵はいません!ドラゴンだってちょちょいのちょいです!まさに天下無敵!」
今日のライチは一際気合いが入ってる
ドレスの様な純白の魔導着に袖を通せることになり、そうとう嬉しいみたいだ
まあ確かに綺麗だし派手ではあるけど中身がちんちくりんだからなー…これがナイスバディのお姉さんだったら俺も鼻の下を伸ばすところだけど
「確かにお前はそこら辺の人間より魔法の才能は有るし、その装備で何段階も威力は増すだろうが突っ走ってチームワークを乱したら元も子もないからな」
「…肝に銘じておくのです」
「あと、最後にもう1つだけ…」
アニキはワシワシと雑に俺達の頭を撫でると首に手を回して力強く引き寄せた
「失敗したっていいから…必ず生きて帰ってこい」
耳元で囁くアニキの顔は近すぎて確認出来なかった
そして確認出来ないままアニキは突風と共に姿を消した
忙しないな、と思いながらも俺は振り返らずにギルドの扉を開ける
慌てて付いてくるライチとギルドの中に入るとまず飛び込んできたのは聞き慣れつつある陽気な挨拶
「オッスオッス!相棒、今日はよろしくな!」
笑顔で手を振る同い年のティニー
今回のパーティのリーダーだ
クリーム色の長い癖毛を揺らしながら駆け寄ってくると背負っている長槍が他の冒険者の肩にぶつかる
「おいティー坊、初のドラゴン退治で浮かれんのはいいが室内じゃ得物は置いておけって言ってるだろうが!」
「悪ぃ悪ぃカルモさん、でもBランクの冒険者なら軽く避けれんだろ?」
「オメェってやつぁ…いつまで経っても悪ガキのまんまだな」
ティニーがベテラン冒険者に悪態をつく
そんな光景ももはや見慣れてきた
冒険者の半分くらいは荒くれ出身みたいなとこがあるからな
学も常識も礼儀も無い奴ばっかりだ
だけど気のいい奴らでもある
ベテランのカルモさんも怒ってはいるが最後には呆れ顔で笑みを溢していた
「ティニーがいつもすみません…」
カルモさんに頭を下げる女
水色のショートヘアから覗く少し尖った耳
ハーフエルフのメリーさん
もう1人のパーティメンバー
いつもはティニーと二人で行動していてギルド内では基本今みたいに悪童の尻拭いをしている
「気にするなメリーちゃん、いつもの事だ」
「気にしてないならいちいち突っかかんないでくれよー」
「糞ガキが…はぁ…まあいい、説教は帰ってきてからたっぷりしてやる」
「すみません…ティニー、謝りなさい」
「嫌なこった!お前ら行くぞ!」
小馬鹿にするように舌を出すティニーは俺とライチの腕を掴み強引に外に飛び出した
ティニーに引っ張られながらメリーさんの方を見ると彼女はカルモさんに高速で頭を二回下げてから慌てて追いかけてきていた
羽織ってるローブ越しからでもわかる、たわわに実った果実
小走りの一歩一歩で確かに揺れる
「すごい…富国強兵です」
ライチが感嘆の声を漏らす
いつも頓珍漢なことばかり言ってるライチだが今回ばかりは共感だ
勢いで街の大門まで走ってきた俺達は外出の手続きをするために隣接する関所に入った
「おおティニーか、予約してる大鷹船《おおたかせん》がもう着いとるぞ」
関所のじいさんが俺達の顔を見るなり言ってくるが四人とも身に覚えがない
大鷹船を使うのは貴族かSランク冒険者が遠出する時くらい
間違ってもAランク以下の冒険者が使うものじゃないし俺に至っては見たことすらない
まぁでも思い当たる節が無い訳じゃないんだけど…
「しっかしロージっつー若もんは大した奴じゃのう、さっき3日分の料金をポンと出してすぐ帰りおった」
やっぱりアニキだった
しかも3日分って事は帰りも大鷹船ってことかよ…
こんなもん上級ポーションの比じゃない
小さめの家が建つわ…
「もしかしてこの料金って後でロージさんに請求される感じ…?」
あんなに元気だったティニーが青ざめながら訊いてくる
「いや…アニキに限ってそんな事はしないと思うぞ」
「マジ!?よかったー!破産するところだったー!」
「ただでさえティニーの無駄遣いに苦しめられてるのに…肝が冷えました」
ティニーに振り回される苦労人、メリーさんはホッと胸を撫で下ろす
「手続きもロージがしていったから特にすることもないぞ、貴重な体験じゃからしっかり楽しんでこい」
至れり尽くせりかよ…
もう過保護の領域をとっくに越えてるわ
つーかじいさん、遊びに行くんじゃないんだから「楽しめ」は違うだろうに…
「ラッキー!んじゃさっそく船に乗り込もうぜ!」
基本落ち着きの無いティニーは門の外まで走っていく
俺達も歩いて追いかけると街の門前に漁船程の大きさの船と背中に五~六人は乗せれそうな大きな鷹が3羽、道行く人が物珍しそうに見るなか停まっていた
ティニーは既に船に乗り込んでいて船長兼鷹匠のオッサンと楽しそうに談笑している
「おーい!中やべーぞ!超貴族!」
こっちに気付いたティニーが手を振りながら叫ぶ
そんなもん外観だけでも見りゃわかる
船首に女神像
マストには色とりどりの宝石が散りばめらていて帆は痺れるほどの漆黒
連れてる大鷹も自分の仕事に誇りを持っているような気高く凛々しい顔付き
たぶん普段から俺より良いもん食ってんだろうな…
大鷹を見つめ少しブルーな気持ちになりながら俺も船に乗り込んだ
「おう!俺は船長のリキット!普段は接客なんてしねえからガサツなところは勘弁してくれ!」
船長がまず挨拶してきたが逞しい身体と無精髭で客船というより海賊船の船長みたいだ
作法なんて知らないのでとりあえず一礼するとメリーさんが船長に訝《いぶか》しそうな顔を向けた
「今日は船長さんしか乗ってないということですか?」
「いんや、弟子とコックと清掃係の四人だ」
「いつもはもっと多いんすか?」
「普通なら専用の執事とメイド、それと1人か2人は音楽家が乗るな」
大鷹船の乗客は1組までというルールがある
その面子が今日揃っていたらまさに豪華な旅路なんだろう
「若旦那が「大した旅じゃないから必要最低限の人員でいい」って言うもんだから執事のじいさんと若いメイドと音楽家の兄弟には今回声をかけてねーな」
そうか…メイドさん若いんだ…
いや…別にメイドさんに会いたかった訳じゃない
たまに領主ん所のメイドさんとか来るし(ちょっと様子がおかしいけど)
でもさぁ…
ここまで用意するならさぁ…
中途半端にグレードを下げなくても…
正直人生で一回くらいは貴族体験したかった
「若旦那には家も良い思いさせてもらってるからな、普段はそんな事してないんだがそのプランで今回は半額だ」
アニキ、仕事のためなら何処にでも手を出してくな…
日に日にあの人が何者なのか解らなくなってく気がする
「ロージさんもやり手ですね」
「うーん…そうなんだけど……なんというかもうそんなレベルでもないって言うか…」
「神出鬼没です!」
船内に案内されると中は見た目以上に広かった
客室、個室が6部屋、厨房、娯楽室
物珍しいから全部見て回ったが明らかに船内の容量がおかしい
「これはたぶん空間魔法を施されてるんですね」
「空間魔法?」
俺の疑問にメリーさんではなくライチが答える
「この前教えたビンの授業のアレです」
「そういえばそんなことしてたような…俺火属性魔法しか適性ないからあんま聞いてなかった」
「ちゃんと聞いてくださいよー!」
2ヶ月前くらいにライチが1リットルしか入らない瓶に魔法をかけて2リットル入れる授業をしてた気がする
密度を操作する魔法なんだとか
…まあ俺にはちんぷんかんぷんだ
「この規模の空間魔法には恐らく10人以上の上級魔導師が必要でしょうね…流石に大鷹船の船は手が込んでます」
客室に戻るとティニーがソファーに寝そべり茶菓子を食べていた
「おかえりー、なんか知らんが美味ぇぞこれ」
「もう…お行儀悪いよ?」
早くも堕落してるティニーをメリーさんが叱っていると船長の声で出港のアナウンスが流れた
窓を見ると大鷹の羽音と共に景色が下に沈んでいく
『到着は四時間後だ、それまで好きにやっててくれ』
たった4時間…
馬車で12時間かけて行く予定だったから随分と早く感じる
昼過ぎには着いちまうな
「早いですね、これなら戦闘準備にも余裕が持てます」
依頼人の村に着いたら聞き込みとアイテムの補充
初めて行く場所なら目撃情報付近も下見しにいく
これが鉄則のはずなんだけどアニキはその全てをすっ飛ばしてきてるんじゃないかと思うくらい仕事が早い
早く済みそうなクエストを選んでるらしいけどそれにしたって早過ぎる
アニキがクエストに行って夕方までに帰ってこなかった事がない
トロントさんから聞いた話だと討伐クエストを2つ請け負って1時間で帰ってきたこともあるらしい
その話を聞いてから俺はアニキを人間として見るのは止めた
「余裕があるのは良いことだ、気持ちも時間も金にもな」
いつもヘラヘラ笑ってるイメージのティニーだけどそれは余裕なのか?
俺には危機感が無いだけに見える
実際ティニーのクエスト成功率は60%台と低くて、そのせいで実力があるのにDランク止まりだったりする
ランクだけなら堅実に仕事をこなすメリーさんの方が1つ上だ
「なんとかなるなる♪」
そんなお気楽な事を言い残しティニーはフカフカのソファーで鼾《いびき》をかき始めた
「何か緊張感無くてごめんね」
メリーさんが謝る事じゃないと思うし大鷹船に乗ってる時点で緊張感もクソも無くなってる
「別に気にしてないっすよ、それよりせっかく菓子もあるんで食いましょう」
「じゃあそうしようかな」
苦笑いを浮かべるメリーさんだったが茶菓子を一口含むと苦笑いの苦い部分がどっかに飛んでった
「おいし~!なにこれ!?」
スポンジにクリームが乗ってる名前も知らない菓子
メリーさんには大好評だがアニキのおやつに慣れてしまった俺達はあまり見栄えが良いとは思えない
腹に溜まるなら何でもいいか…
何も考えず一口食べればやっぱり1つも2つも物足りない
ただただ甘いそれは紅茶には合いそうだがそれだけだ
同じような物でもアニキのなら酸味の利いたフルーツを乗せて味を整えつつお好みで黒いソース(チョコレートソース)か琥珀の汁(ハチミツ)を添えてくれるはず
アニキと会ってから俺の舌もだいぶ肥えてしまった…
…これはこれで由々しき問題だな
隣に座っているライチも口では「美味しい」と言っても目が笑ってなかった
「メリーさん…これよかったら俺の分も食っちゃっていいっすよ」
「いいの!?甘いの苦手?」
「…そんなとこっす」
半年前なら絶対こんなこと言わなかったんだけどな…
ティータイムを挟んで1時間くらい話しているとまた船長のアナウンスが流れる
『ヨーソロー!お前ら、今良い感じに海が見えるぞ!今回は俺が特別にガイドしてやるから甲板に上がってこい!』
俺もライチも海は見たことが無い
「海」という単語が出てきただけで二人して心を跳ね上げてしまう
「う、海ですか!?どこですか!?」
「お、落ち着けライチ!慌てても海は逃げたりしねーよ!」
そわそわしながら未だに寝てるティニーとメリーさんを見比べているとメリーさんが察してくれたらしく微笑みながら「どうぞ、行ってきてください」と言ってくれた
それが合図と言わんばかりに客室から飛び出した俺達は甲板に上がった直後に身体を硬直させる
「おう!来たか!」
目に飛び込んできたのは地平線に無限に広がる海
吸い込まれるような青々としたオーシャンビュー
「い、一望無垠《いちぼうむぎん》…です」
ライチが声を震わせながら言う
俺は声すら出なかった
「どうでい!絶景だろ!」
辛うじて頷いた俺は船長のいる舵輪の方までゆっくりと歩いていく
「だ、大冒険…っす」
「へっへっへっ!そう言ってもらえると船長冥利に尽きるね」
船長は豪快に笑いながら俺の頭を撫でた
その後は船長が今見てる海の特産や出没するモンスター、貿易船の航路なんかを説明してたと思うが俺の耳にはあまり届いてこなかった
俺達は結局海が見えなくなるまでずっと噛りつくように海を眺めていた
ガキみたいでみっともなかったかもしれないが目が離せなかったし足も動かなかった
到着まで残り1時間というところ、ようやく起きたティニーと共に客室でアニキの弁当を広げる
弁当のメニューはカツサンドというパンに肉が挟まった物だった
ティニー達はもちろん俺も初めて見る食い物にボケっとしているとライチが意気揚々と解説し始める
「これはカツサンドと言って戦う戦士のご飯なのです!」
前日の晩に下拵えをするアニキの横にくっつきながらワクワクしてたとリーサさんから聞いたが、その熱量はまだ冷めてないらしい
「カツサンドの「カツ」は勝負に「勝つ」という意味が込められたゲン担ぎ!すなわちこれを食べれば絶対にドラゴンにも勝てるのです!!」
「す、すげー!!この世にそんな食い物があったのか!?流石にAランク冒険者ともなると食い物にも拘るってことか!」
恐らく言われた事をそのまま解説してるんだと思うけど俺も含めて全員のテンションが上がっていた
四人ほぼ同時にカツサンドを手に取るとまず最初に反応したのはメリーさんだった
「え、これパンですか?パンってこんなに柔らかい物でしたか??」
「いやいやメリー、俺の知る限りじゃこんな柔らかいパンは存在しないぜ…たぶん違う何かだ」
「でも麦の良い匂いが…」
はいはいカチカチパンね…
柔らかいパンに驚いてた時期が俺にもありましたよ
スープに浸した訳でもないのにパンが柔らかくなるなんて思っても見なかった時期が
うん、見事に覆ってるな
二人の常識
「おいおい…やべーぞメリー!この肉の厚さ見てみろ!」
「お誕生日でもお目にかかれないね、これは」
確かに今日の肉は厚い
肉がメインな料理なだけあって意図的に厚くしたんだろう
しかし驚くことなかれ…
家はお誕生日じゃなくても月1くらいでこの厚さだ!
「間の野菜もこんなに水水しい…」
「そもそも俺らは保存食しか用意しないから野菜なんてクエスト中は食わないよな」
見るからにシャキシャキと音を立てそうな水水しい千切りの野菜
1週間くらい平気で帰ってこない二人にはなかなか食う機会もないだろう
「食い物を見ただけでも充実した生活が垣間見える…俺も早くランク上げねーとな」
「まぁティニーはまだ若いんだしそんなに焦らなくても」
「いや、人生の目標ってのは高くデカくだ!あと五年以内にSランクになって毎日こんな分厚いステーキ食ってやる!!」
見ただけでティニーのモチベーションを上げてしまった
…恐るべし、カツサンド
この時点で十分過ぎる働きを見せたのに食っちまったらどうなるんだ…末恐ろしいな、おい…
「んじゃ、いただきます」
三人はカツサンドを同時に頬張るが俺だけは二人の様子を見ていた
「う、美味ぇ……!」
二人の表情は蕩けんばかり
実際に全身の骨でも抜かれたようにソファーと一体化しつつあった
「なんじゃこりゃ…?女神様への供物なんじゃねーの…?」
「あ、ヤバい…飛びそう」
え、怖い…何この反応
飛ぶってなに、意識が?
一応ライチの方も見てみると今度こそ満面の笑みを浮かべていた
1人3切れあったカツサンドはあっという間に無くなって残すは未だ手付かずの俺の分だけになった
「…………」
無言の視線が3つ、俺に突き刺さる
「………いいよ、やるよ」
何かに取り付かれたような二人の目に俺は耐える事が出来なかった
「いいの!?」
「お前、一生後悔するぞ!!」
そう思うんだったら最初からその視線を飛ばさないでくれ…
「一生後悔していいからとっとと食ってくれ…そんな風に見られたら胃に穴が空きそうだし」
まるでクエストクリアばりの喜びを見せる二人を他所にライチはカツサンドを手に取り俺の顔に近付けてくる
「はい、あーん」
どうやら食わせてくれようとしてるけど正直恥ずかしいだけなんだが…
「…いいんだぞ、食って?」
「私はお姉さんなのでもうお腹いっぱいです」
どっからどう見てもお姉さんには見えないけどソースの匂いが鼻に漂い俺は反射的にカツサンドに食らい付いていた
「やっぱ美味ぇな、ありがとう」
「どういたしまして」
危うく一生後悔しそうになった
「流石はハイエルフ、清らかです…おかげで幻術から解き放たれました」
「まったくだぜ、危うくパーティリーダーの俺が飯を奪うっつー重罪を犯しかけた」
優しいエルフに感化されて二人とも無事戻ってこれたらしい
「返します」
「ほらよ」
返してくれるのは有難いけど何で二人ともそのまま食べさせようとしてくるの?
まぁ食うけど…
「別に食ってもよかったのに」
「俺は気付いた」
「何を?」
「また食いたきゃロージさんとこ行きゃいいって事にな!!」
単純かつ極論だ
でもアニキそういうの嫌がるから止めて欲しいんだけど…
保護者さん(メリーさん)、ティニーが非常識なこと言ってるから止めてください
「それは名案だね!」
「名案です!」
ちょちょちょい!?保護者!?
ブレーキが壊れたらダメだろうに!!
やっぱりまだ幻術の世界から戻ってきてなかったのか…?
というか何でライチまでそっち側についてんだ…
怒られるのは目に見えてんだろうが
「おいおい…ライチまで何言い出してんだよ…?」
「カロムだって解ってるはずです!ここで反対出来ない事を!」
「ん?どういうことだ?」
「忘れちゃったんですか?ご飯は皆で食べた方が美味しいですよ?」
このエルフはたまに自分でも気付かない心の奥底の真理をついてくる
そりゃ確かに忙しかったから皆と過ごす時間は減ったよ…
スミヤも居なくなっちまったしさ…
そうだ…
硬いパンだって皆で食えば美味かった
「ああ、忘れてたみてえだ…今思い出したよ」
「ふっふっふっ、もう忘れちゃダメですよ?」
悪いアニキ
上手く言いくるめられちまった…
これからあんたの1番嫌いな『ひやかし』が二人増えるよ
でもさ
あんたも賑やかなのは嫌いじゃないだろ?
俺はアニキへの謝罪の言葉を考えながら
とりあえずライチの頭を撫でた
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