上 下
95 / 101
4章 始まりの乙女

24 . 陰の幸せ

しおりを挟む



 ──《時は満ちた》──

 ──《始まりの乙女を──悲劇の始まりとなった少女を黒邪を引き合わせよ》──

「こ、この声は!?」

「! そなたにも聞こえているか。……月読様だ」

「月読様……」

 黒邪を封印し捕らえた後、朋夜を断罪して別の世界に戻っていった月読様。
 麗叶さんは報告として別の世界にいる神様とやり取りをしているけど、私にはその声は聞こえない。
 ……普段は。
 今回、私にも声……その下命を聴かせているのは何故?

 声はなおも続く。


 ──《始まりの乙女も過去を取り戻しつつある。その想いが眠る地に乙女を連れ立ち、その記憶を完全なものとするのだ》──

 ──《そして、悲劇を生きた2人を引き合わせよ》──



 ──────
 ────
 ───
 ──


 声は聴こえなくなった。
 どういう意味だろう?
 麗叶さんも顎に手を添えて難しい顔をしている。

 内容も意味深な感じだし……
 麗叶さんなら月読様が仰っていた言葉の意味が分かるかな?

「月読様が最初に仰っていた『時が満ちた』というのはどういう意味ですか?」

「それは黒邪の混在していた魂の分離が完了したということだろう」

「!」

 月読様はここを去る前に黒邪の過去について話してくれた。現在の黒邪が本来の妖の王であった存在と、その過去ゆえに人を恨み神を憎む男の魂が混ざり合った状態であると。
 そして、妖の王は完全に祓って消滅させるが、混在している人の魂については妖の王と分離した後に何か確認をしてから断ずると言っていた。

 ……妖の王に取り込まれた男の人の恋人は私と同じ神の愛し子だったらしい。
 今よりも自然が溢れその力が明かな形で発揮されていた時分、その存在による力を欲した権力者に利用され、使い潰され……その末にその力の強大さを恐れた権力者たちに殺されたという。
 そして、恋人だった男性は妖王に取り込まれた後、人間と神に類する存在に対する憎悪を糧に、神の愛し子の身に降りかかる悲劇をなくすための行動に出た。
 ……死が救済であると考えて。

「……」

「以前仰っていいた“確認”というのが、『始まりの乙女』と関係しているのだろうが……」

「『始まりの乙女』というのは妖王に取り込まれた男性の恋人だったという神の愛し子のことですよね?」

「おそらくな」

 『悲劇の始まりとなった少女』とも言っていたから。
 話に聞いた少女の人生は、現実とは思えないような苦難と惨劇に満ちたものだった。
 そして、その少女の生の有様が“黒邪となった恋人による愛し子への凶行”というさらなる悲劇を生み出すこととなった。

「しかし、すでにその命は失われていしまっている。輪廻の輪に乗った魂が今、どこでどのような存在になっているのか分からぬ」

「そうですよね……」

 生を終えた命の魂は輪廻の輪に乗って新たな存在として生まれ変わるらしいけど、件の少女が亡くなったのは千年以上前のことだし、廻っている魂が現在何歳なのか、どこにいるのかなんてわからないし、もっと言えば人間ではない可能性だって多分にある。


 ──……でも、何かが囁いている。
 始まりの乙女は『彼女・・である』と。


 ……偶然にしては出来すぎている。
 根拠も確証もない。それなのに、そんな気がしてならない。


 月読様の声が聞こえる前にちょうど相談しようと思っていたこと。

「……私の友達のことなんですけど、」

「ん?」

「友達の一人が、あの日……黒邪を封印した日から様子がおかしいんです」

 ──……結華ちゃん。
 以前と変わらずに営まれている学校生活の中で起こった小さな変化。

「『様子がおかしい』とは?」

「上の空というか……ぼーっとしていることが増えたんです。何か黒邪に関係があるんじゃないかと思っていたんですけど、月読様の話を聴いたら『彼女が始まりの乙女なんじゃないか』って思ってしまって……」

「なるほど……。あの日からとなると確かに関係がありそうだな」

「はい」

「月読様は『始まりの乙女も過去を取り戻しつつある』と仰っていた。その友人の変化はかつての生の記憶を取り戻す途上にあるために起きているものかもしれない」

 『かつての生の記憶』……それは当然だけど、神の愛し子として生を受け、悲劇の中で生を終えた少女の記憶。
 そんな辛い記憶を思い出そうとしているの? 思い出さなければいけないの……?

 平穏な生を生きているのに辛い過去を思い出さなければならいないなんて誰にも経験してほしくないけど、優しい友達、私にとって初めての友達である彼女が……

「……我の方でも調べてみよう。可能性が高くはあるが、その友人であると決まったわけではないし、そうであったとして過去の生を取り戻すことが必ずしも悪いことだとは限らない」

「!」

「もちろん辛いものもあるだろうが、その時はそなたや他の友で支えてやれ」

「はい……!」

 そうか。
 『始まりの乙女』の人生を私が推し量って勝手に不幸だったと決めつけてはいけない。
 その人生がどんなものだったのか、何を思うのかは少女自身にしかわからないんだから。

 私だって、私のここ1年のことを知らない人からは同情されたり憐れまれたりするんじゃないかと思う。……私の過去を羨む人はまずいないだろう。
 でも……今の私は麗叶さんに会って、友達もできた。
 両親とも話すことができて、完全にとはいかないけど関係が改善した。
 もちろんその過去は辛いものだし、それは変わらない。でも……それでも、あの辛い過去にいるもちゃんと家族に思われていたと知っている私は、自分が憐れだとは思わない。
 あの頃の私はそんなことは知らないし、自分のことでいっぱいいっぱいになっていたけど、が気が付いていなかっただけで優しさは……幸せの種は、そこにあった。

 黒邪の凶行も、その根底にあるのは恋人であった少女に対する深い愛情だった。
 その想いの大きさゆえに、想いを憎悪へと変貌させ、対象を失った恋人から元凶へと変えるだけでは、その想いを受け止めることができなかった。
 愛憎となった想いは恋人と同じ立場にある存在に対しても矛を向けた。
 が犯したことは決して赦されることではないけど、少女はそれだけ愛されていたということだ。
 
 ……幸せだけの人生なんてなければ、不幸だけの人生もない。

 自分には不幸しか訪れないとしか思えない状況に置かれていたとしても、それは確かに存在している“幸せ”に気が付けずにいるだけ。
 自分でその隠れた“幸せ”に気が付くのは難しいけど、周りが確かに存在しているそれを伝えれば、救われることもあるんじゃないかと思う。

 彼女・・が私を支えてくれたように、今度は私が彼女・・を支える。 















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。 でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。 結婚して三年が過ぎ。 このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。 リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。 ※完結まで作成済み。11/22完結。 ※完結後におまけが数話あります。 ※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

木山楽斗
恋愛
公爵令息であるラウグスは、妻であるセリネアとは別の女性と関係を持っていた。 彼は、そのことが妻にまったくばれていないと思っていた。それどころか、何も知らない愚かな妻だと嘲笑っていたくらいだ。 しかし、セリネアは夫が浮気をしていた時からそのことに気づいていた。 そして、既にその確固たる証拠を握っていたのである。 突然それを示されたラウグスは、ひどく動揺した。 なんとか言い訳して逃れようとする彼ではあったが、数々の証拠を示されて、その勢いを失うのだった。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...