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4章 始まりの乙女
24 . 陰の幸せ
しおりを挟む──《時は満ちた》──
──《始まりの乙女を──悲劇の始まりとなった少女を黒邪を引き合わせよ》──
「こ、この声は!?」
「! そなたにも聞こえているか。……月読様だ」
「月読様……」
黒邪を封印し捕らえた後、朋夜を断罪して別の世界に戻っていった月読様。
麗叶さんは報告として別の世界にいる神様とやり取りをしているけど、私にはその声は聞こえない。
……普段は。
今回、私にも声……その下命を聴かせているのは何故?
声はなおも続く。
──《始まりの乙女も過去を取り戻しつつある。その想いが眠る地に乙女を連れ立ち、その記憶を完全なものとするのだ》──
──《そして、悲劇を生きた2人を引き合わせよ》──
──────
────
───
──
声は聴こえなくなった。
どういう意味だろう?
麗叶さんも顎に手を添えて難しい顔をしている。
内容も意味深な感じだし……
麗叶さんなら月読様が仰っていた言葉の意味が分かるかな?
「月読様が最初に仰っていた『時が満ちた』というのはどういう意味ですか?」
「それは黒邪の混在していた魂の分離が完了したということだろう」
「!」
月読様はここを去る前に黒邪の過去について話してくれた。現在の黒邪が本来の妖の王であった存在と、その過去ゆえに人を恨み神を憎む男の魂が混ざり合った状態であると。
そして、妖の王は完全に祓って消滅させるが、混在している人の魂については妖の王と分離した後に何か確認をしてから断ずると言っていた。
……妖の王に取り込まれた男の人の恋人は私と同じ神の愛し子だったらしい。
今よりも自然が溢れその力が明かな形で発揮されていた時分、その存在による力を欲した権力者に利用され、使い潰され……その末にその力の強大さを恐れた権力者たちに殺されたという。
そして、恋人だった男性は妖王に取り込まれた後、人間と神に類する存在に対する憎悪を糧に、神の愛し子の身に降りかかる悲劇をなくすための行動に出た。
……死が救済であると考えて。
「……」
「以前仰っていいた“確認”というのが、『始まりの乙女』と関係しているのだろうが……」
「『始まりの乙女』というのは妖王に取り込まれた男性の恋人だったという神の愛し子のことですよね?」
「おそらくな」
『悲劇の始まりとなった少女』とも言っていたから。
話に聞いた少女の人生は、現実とは思えないような苦難と惨劇に満ちたものだった。
そして、その少女の生の有様が“黒邪となった恋人による愛し子への凶行”というさらなる悲劇を生み出すこととなった。
「しかし、すでにその命は失われていしまっている。輪廻の輪に乗った魂が今、どこでどのような存在になっているのか分からぬ」
「そうですよね……」
生を終えた命の魂は輪廻の輪に乗って新たな存在として生まれ変わるらしいけど、件の少女が亡くなったのは千年以上前のことだし、廻っている魂が現在何歳なのか、どこにいるのかなんてわからないし、もっと言えば人間ではない可能性だって多分にある。
──……でも、何かが囁いている。
始まりの乙女は『彼女である』と。
……偶然にしては出来すぎている。
根拠も確証もない。それなのに、そんな気がしてならない。
月読様の声が聞こえる前にちょうど相談しようと思っていたこと。
「……私の友達のことなんですけど、」
「ん?」
「友達の一人が、あの日……黒邪を封印した日から様子がおかしいんです」
──……結華ちゃん。
以前と変わらずに営まれている学校生活の中で起こった小さな変化。
「『様子がおかしい』とは?」
「上の空というか……ぼーっとしていることが増えたんです。何か黒邪に関係があるんじゃないかと思っていたんですけど、月読様の話を聴いたら『彼女が始まりの乙女なんじゃないか』って思ってしまって……」
「なるほど……。あの日からとなると確かに関係がありそうだな」
「はい」
「月読様は『始まりの乙女も過去を取り戻しつつある』と仰っていた。その友人の変化はかつての生の記憶を取り戻す途上にあるために起きているものかもしれない」
『かつての生の記憶』……それは当然だけど、神の愛し子として生を受け、悲劇の中で生を終えた少女の記憶。
そんな辛い記憶を思い出そうとしているの? 思い出さなければいけないの……?
平穏な生を生きているのに辛い過去を思い出さなければならいないなんて誰にも経験してほしくないけど、優しい友達、私にとって初めての友達である彼女が……
「……我の方でも調べてみよう。可能性が高くはあるが、その友人であると決まったわけではないし、そうであったとして過去の生を取り戻すことが必ずしも悪いことだとは限らない」
「!」
「もちろん辛いものもあるだろうが、その時はそなたや他の友で支えてやれ」
「はい……!」
そうか。
『始まりの乙女』の人生を私が推し量って勝手に不幸だったと決めつけてはいけない。
その人生がどんなものだったのか、何を思うのかは少女自身にしかわからないんだから。
私だって、私のここ1年のことを知らない人からは同情されたり憐れまれたりするんじゃないかと思う。……私の過去を羨む人はまずいないだろう。
でも……今の私は麗叶さんに会って、友達もできた。
両親とも話すことができて、完全にとはいかないけど関係が改善した。
もちろんその過去は辛いものだし、それは変わらない。でも……それでも、あの辛い過去にいる私もちゃんと家族に思われていたと知っている私は、自分が憐れだとは思わない。
あの頃の私はそんなことは知らないし、自分のことでいっぱいいっぱいになっていたけど、私が気が付いていなかっただけで優しさは……幸せの種は、そこにあった。
黒邪の凶行も、その根底にあるのは恋人であった少女に対する深い愛情だった。
その想いの大きさゆえに、想いを憎悪へと変貌させ、対象を失った恋人から元凶へと変えるだけでは、その想いを受け止めることができなかった。
愛憎となった想いは恋人と同じ立場にある存在に対しても矛を向けた。
彼が犯したことは決して赦されることではないけど、少女はそれだけ愛されていたということだ。
……幸せだけの人生なんてなければ、不幸だけの人生もない。
自分には不幸しか訪れないとしか思えない状況に置かれていたとしても、それは確かに存在している“幸せ”に気が付けずにいるだけ。
自分でその隠れた“幸せ”に気が付くのは難しいけど、周りが確かに存在しているそれを伝えれば、救われることもあるんじゃないかと思う。
彼女が私を支えてくれたように、今度は私が彼女を支える。
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