上 下
91 / 101
4章 始まりの乙女

20 . 変わる日常 変わらぬ日常

しおりを挟む


 あれから1週間が経った。

 クリスマスを来週に控えているためか、学校内の雰囲気も浮足立っているようで、あちらこちらでカップルが成立し、昼休みのこの時間もクリスマスの過ごし方についての話し合いが聞こえてくる。

「──学校行事とかクリスマスの前ってカップル増えるけど、ほとんどはすぐに解消しちゃうよね~……」

「加奈、なんてことを……」

「だってぇ~!……はぁ。ウチも彼氏欲しいな……」

「まぁ、この時期に成立してるのはイベントを楽しむためのカップルみたいなところあるけどさ……」

「あはは」

 私たちの話題もクリスマスについて。
 とはいっても、各々に予定があるからということでみんなで遊ぶということはない。

「それで? みんなはクリスマスどうするの? ウチは家族で過ごすだけだけど」

「アタシはまぁ……デートかな?」

「どこに行くの?」

「映画見てご飯食べてイルミネーション行く予定」

「へぇ~!」

「相変わらず仲良いねぇ」

 晴海ちゃんのお相手は1年生の頃から付き合っている彼氏さん。
 2年以上たった今も関係は順調なようで、普段の会話の中で自分から話してくれることはないけど、こちらから尋ねれば恥ずかしそうにしながらも教えてくれるのだ。

「っもう!アタシのことはいいから……咲空ちゃんは?」

「私? 私も家族で過ごす予定」

 クリスマスとはいっても、神族である麗叶さんには馴染みのないイベントだし、普段通り過ごすことになると思う。 
 私にとってはその“普段通り”の時間が一番幸せだし。
 でも、イベントの勢いを借りて麗叶さんに告白しようかなんて考えてもいる。

「ふ~ん? ユイユイは?」

「……」

「ユイユ~イ?」

「結華ちゃん、大丈夫?」

「う、ん? あ……どうかしたの?」

 ぼぉっとしている結華ちゃんの前で軽く手を振ると、それに気が付いたらしい結華ちゃんが私たちに視線を向けた。

「ん、みんなはクリスマス何するんだろうなぁ~って思って! ユイユイはどうするの?」

「私は中学時代の友達と会う予定。みんなは?」

「久しぶりに会うの?いいね~!ウチはね──」

 ……あんなことがあった後も、私は変わらない生活を送ることができている。
 あの日、急にベランダに駆け出すという形になってしまったけど、桃さんと葵さんが上手く誤魔化してくれたみたいで、翌週の月曜日にあった時も『体調大丈夫?』と聞かれた以外には何もなかった。

 ……だけど、あの日を境に結華ちゃんが空を見つめてぼぉっとしている時間が増えたのだ。

 当然、加奈ちゃんと晴海ちゃんも気が付いていて、それとなく何かあったのか聞いてみたりしたけど、『なんでもない』としか言われなかった。
 2人から聞いた話だと、あの日私が帰った後からこんな感じだと言っていた。
今みたいにフォローできるならいいけど、さすがに問題だ。
 最初は受験勉強の疲れかと思っていたけど、


 ──……確実に黒邪の件と何らかの関係がある。


 ……大事になる前に麗叶さんに相談してみよう。 
 黒邪を倒したとは言っても、今は封印しただけで完全に消滅したわけではない。
 月読様がどうして祓うのではなく封印に留めるようにと仰ったのかはわからないけど、きっと何か意味があるのだろう。

 そこからは結華ちゃんも会話に加わった。
 クリスマスや年末年始、冬休みが明けたら間もなくとなる共通テスト……話題は尽きない。


 ────ガラガラ


「あっ、姫野さん。少しいい?」

「?はい」

 昼休みもあと少しというところで教室のドアが開かれ、廊下の冷気とともにお兄ちゃんが入ってきた。
 賀茂先生は少し教室内を見回した後で、私に目を留めて手招きした。






 * * *





「昼休み中にごめんね」

「いえ……どうしたんですか?」

「……」

 心なしか憔悴しているように見える。
 教室から少し歩いて階段まで来ると、小さく何かを呟いた。

「賀茂先生?」

「……防音の陣を張ったから言葉とかは崩して大丈夫だよ。……その、さっき師匠から連絡があったんだ」

「連絡?」

「……父さんと母さんが目を覚ましたって」
 
「!」

 あれから眠り続けていたお父さんとお母さんが……

「……美緒は?」

「美緒はまだ眠っているらしい。俺も詳しい話は聞いていないけど、黒邪の術……洗脳の影は見られないらしい」

「咲空はどうする?」

「私、は……」

「洗脳が解けたということは、昔の──咲空を宝物のように愛していた父さんと母さんが帰ってきたということだ」

 みんなが目を覚ましたら向き合いたいとは思っていた。
 でも、いざその時が来ると……やっぱり怖い。
 私の中にある暗い過去記憶は消せない。

 私は麗叶さんと出会い、友人たちと出会い……その中で優しさや愛情を知ることができた。
 ……それでも、『もし何も変わっていなかったら?』と何も映さない瞳で仄暗く問いかけてくる私も消えずに残っているのだ。

 だけど……──


「──会わせて」

「!」

 お兄ちゃんが知る私を愛していた両親なんて、私は知らない。
 でも、私がこうして……麗叶さんに出会うまで生きてこられたのは、黒邪の術を受けてもそれに抗い続けた家族がいたからだと麗叶さんが言っていた。それもあって、少しくらい期待していいのではと思えるようになった。

 それに、両親からの愛を望んでいた幼い私も、確かに残っているのだ。

 消えることなく、ずっと私の中にいた。

「会ってみたい」

「そうか」

 お兄ちゃんは嬉しそうに笑って優しく頭を撫でてくれた。
 私の答えを、自分に良いことがあったみたいに喜んでいるお兄ちゃんからは一見すると陰なんて感じられない。

 でもね、私は誤魔化されない。
 ただの生徒の頃だったら気付けなかったかもしれないけど、今の私は見栄っ張りで強がりだったお兄ちゃんを知っているから。


 ──お兄ちゃん、私はお兄ちゃんのことも諦めていないからね?









 * * *


【おまけ】
~その頃教室では~

「賀茂先生、雰囲気変わったよね?」
「あ~わかるかも。なんとなくって感じだけどね」
「もともと優しかったけど、さらに優しい雰囲気になったよね」
「そうそう!あとはなんていうか……幼くなった?」
「「?」」
「えっ、わかんない? ……なんて言うんだろう?説明難しいんだけど、変に張り詰めていた糸が切れたみたいな?」
「う~ん、よくわかんないけど加奈が言うならそうなんだろうね」
「ハルミ~ン!適当言わないでよ」
「ふふっ」
「あと、咲空ちゃんのことなんだけど……」
「ん?」
「なに?」
「絶っ対、彼氏いるよね?」
「あぁ……怪しいよね」
「最初は『ワンチャン賀茂先生?』とか思ってたんだけど、違そうだし」
「賀茂先生ね~」
「あの二人はどちらかというと兄妹じゃない?」
「「わかる!」」
「ま、言ってくれるまで待と」
「そだね~。……言ってくれなかったら卒業式の日に問い詰める」
「「あはは」」





 友達の勘は鋭い。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

処理中です...