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3章 再交する道

11 . 密会

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「──麗叶さん、お聞きしたいことがあるんですけど……お時間はありますか?」

 雲上眩界に帰った私は、麗叶さんと別れて自分の部屋に戻る前に麗叶さんに時間があるかどうか尋ねた。

「大丈夫だ。しかし、珍しいな。そなたが聞きたいことがあるとは……」

「少し気になることがあって……」

「ふむ……場所を変えようか」

「はい、ありがとうございます……」




* * *




「──なるほど、そなたと副担任との間にある関係性か……」

「はい……ただ見覚えがあるというだけなら、道ですれ違ったことがあったのかもしれないと思えたんですけど……」

 私は度々賀茂先生に既視感を感じているということや、今日賀茂先生と話している時によくわからない会話のようなものが頭に浮かんだことなんかを順序立てて麗叶さんに説明して、何か知らないかと尋ねた。

「確かにあの者はそなたとの間に浅からぬ縁がある」

 やっぱり……!

「──が、それ以上のことを我からそなたに伝えることはできない」

「えっ……?」

「我が伝えてしまうのは簡単であるし、我自身としては早くそなたに教えてやりたいと思っている。あやつのためにもその方が良いともな……」

「……」

「しかし、それではあやつの意志と決意に背くことになる」

 賀茂先生の意志……天代宮である麗叶さんは他者の意見に左右されない絶対的な統治者でいなければならず、他者の意志を優先するということはほとんどない。ううん、他者を優先してはいけないんだと思う。
 そして、麗叶さんが従い、尊重する存在は私の知る限りでは神様だけ。

 そんな麗叶さんが尊重した賀茂先生の意志って一体……それに話ぶりから察するに麗叶さんは賀茂先生と会ったこと、もしくは話したことがあるように感じる。

「早く教えてやりたいと思う一方で、そなたが自分で気が付くことにこそ意味があるようにも思う」

「気が付く……」

「“思い出す”と言った方が正しいかもしれぬな」

 そう言う麗叶さんの瞳はの優しげに細められていて、その双眸からは深い慈しみを感じる。それに加えて伝わってくるかすかな安堵と歓喜……
 麗叶さんにそう思わせる何かがあるということだよね?

 “思い出す”ということは、私が思った通り私には忘れてしまった記憶があって、その忘れてしまった記憶の中に答えがあるということ。
 それが何かはわからないけど、あの会話・・がその思い出すべきものの一部だと言うなら、思い出したいと思う。あの断片からだけでも、優しい温もりを感じたから。
 きっと、忘れちゃいけない大切な記憶だったはず。

「教えてくださりありがとうございました」

「いや、力になれずすまないな」

「いいえ。……ふふっ、早く思い出したいです。きっと、大切な記憶想い出だと思うから」

「……そなたならば必ず思い出せよう。我もそなたが自身の過去を思い出せる日を切に願っている」

 いつも私を受け止めて、安らぎを感じさせてくれる優しい声。

 全部を思い出すのには時間がかかるかもしれないけど、いつか……いつかわかるはず。

 涙声で強がっていた男の子と、その男の子の強がりを心底嬉しそうにしていた女の子の関係が──





* * *



(麗叶視点)

 の刻になろうかという夜の闇の中、我は地上に渡っていた。

 月は厚い雲によって隠され、その光が地上に届くことはない。

「あれか……」

 我の視線の先にあるのは邪悪な陰の気を放つ妖9体と、その妖共と対峙する人間の男が1人。妖のうち3体は中型、大型も1体いるようだ。

 早く済ませて帰らねばならん。助太刀するとしよう。

「──っ!」

 我が男と妖の間に降り、妖に神力を込めた気を放つと男は突然のことに驚いたように息を飲んだが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「一瞬とは……やっぱり天代宮様はすごいですね。一人だとちょっと厳しかったので助かりました……なにぶん数が多くて……」

「構わん。それよりも話しておきたいことがある」

「……咲空・・のことですか?」

「あぁ」

 男──賀茂颯斗はやとは困ったように眉尻を下げた。

「……正直驚きました。覚えていてほしいと思いつつも、心のどこかで諦めていましたから」

「素直に言ってしまってはどうだ?」

「それは出来ません。これは俺のケジメなので」

「……頑固なことだ」

「申し訳ありません……ですが、俺は一度約束を違えてしまった者です。今さら余計なことを言って咲空を惑わしたくありません。……今は受験生である咲空にとって大事な時期なので」

 こやつも怖れているのであろう。万が一にも咲空に拒絶されることを。そして、咲空に己との関係を告げずにいることの大義名分を求めている。……咲空が拒絶するなんてことはないと思うのだがな……

「まったく、毎度のことながらお前くらいなものだぞ? 我が言に異を唱える者は」

「そ、それについては誠に申し訳なく思っております……」

 ふざけたように言えば、颯斗は苦い笑みを浮かべながら片手を頭にやる。

「……咲空は思い出したいと言っておった。大切な記憶だと思うからと」

「っ……」

「咲空は薄々気が付いているかもしれぬがな」

「……そう、でしょうね。必要以上に敏く育ってしまった子ですから」

 颯斗は寂しそうに視線を伏せたが、次には強い意志の宿った瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

「ですが、まだその時ではありません」

「わかっておる。以前言ったように我から告げることはない」

「ありがとうございます」



「もう一つ、妖のことだ」

「はい。やはり妖が活性化しています。確実に黒邪の回復と強化が進んでいますよ」

「わかっている。鬼神族も各地で対応にあたっているが、危うい状況だ。我としても奴らがこれ以上力をつける前に手を打ちたい」

 鬼神族は妖を祓うことを一族の業としており、妖が動きを強めている昨今では日夜その対応にあたっている。
 しかし、現在は鬼神族だけでは手が回らなくなってきたために、我や我の式神たちも動いている状況だ。今はまだなんとかなっているが、妖がさらに力をもつようになれば人間や地に住まう生き物たちに被害が出る。

「決行はいつになりますか?」

「まだ神からの待機令が解かれておらぬが、年内には動けるように準備しておくようにとのことだ」

「よろしくお願いします。我々も尽力いたしますが、大型の妖となると対峙することが出来る者が限られてしまいますので……」

「あぁ。大型のものが現れたら鬼神族に式を飛ばせ。優先して対処させる」

「ありがとうございます。我々は人に憑いた妖の残滓と、小型の妖を中心に対処していきます」

「うむ」

 さて、用は済んだ。
 遅くなる前に帰るとしよう。……いや、もう少し近辺の妖を祓っていった方がよいな。

「我はもう行くが……無理はするなよ。咲空が心配する」

「……善処します。……天代宮様、貴方が咲空の半身でよかったです」

「我も咲空の半身であるという幸運に感謝しておる」

「……咲空を頼みますよ?」

「ふっ、言われずとも」














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