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2章 巡り逢う者達

13 . それぞれの決意

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 前半は麗叶の語り、後半は麗叶視点の話になります_(..)_

~~~~~~~~

 

 そもそも全ての妖は一体の始祖から生じた存在だった。
 今では下位の妖からも新たな妖が分裂するように生じているが、その大本になっていたのは始祖となった一体。

 ではその始祖はどのようにして生まれたのか……その答えは不明ではあるが、この地で文明が興った頃には既に妖という者達が存在していたという。
 生まれた因果は不明ではあるが、何代も前の天代宮は、『妖の始祖は生物が有する強い負の感情が集まり、やがて意思をもつようになってしまった存在である』と結論付けた。その天代宮の推論としては、負の感情が集まる上で核となる、とりわけ強い負の感情があったのだろうとのこと。

 我ら神族はその始祖を黒邪こくじゃとし、永き年月に渡って屠らんとしてきた。

 妖は人の怒りや憎しみ……負の感情を糧としていて、核があるとされる黒邪以外には実体がなく煙のような存在。そのため、妖は普通の人間には不可視の存在であり、知らず知らずのうちに呪いをかけられたり、取り憑かれたりといったことが起こってしまう。また、上位の存在になると、人間を弱らせてその身体ごと取り込んでしまうこともあるのだ。……人を取り込んだとしても不可視であるという性質は変わらないため、時として、人間達が神隠しとして扱っている事案が実は妖によるものであるということがある。

 黒邪をはじめとする妖の者達は地上にいるものの、他の存在に不利益しか生まない上にではないため、我ら神族が守護する対象とはなっていない。反対に滅する対象とさえされてきた。

 そして、その任を専門として取り扱う神族が鬼神族。鬼神族は俗に陰陽師と呼ばれる見鬼の才をもつ人間達と協同してこの任にあたってきた。
 近年では妖を祓える程の才をもつ人間が少なくなってしまったことから、協同の有り様も変わってきているようであるが……

 といった具合に妖に対しては様々な策を講じているのだが、なかなかに厄介なのだ。特に黒邪は身を潜める術に長けていて、我ら天代宮であろうと容易には見つけることができない。
 “記録”に用いる遠見の術であろうと、基本的には空から地上を見下ろした形になるため、物陰や屋内などは見えぬ。意識すればそういった場所も見ることができるが、そうすると他の場所の記録が疎かになってしまうのだ。

 そうはいっても、天代宮は少なくはない式神を地上に放っているため、普通の妖に対応するのにはまったく問題がない。我ら天代宮だけでなく、鬼神族も専任として妖を祓っておるしな。

 ただ黒邪は……黒邪だけはその姿を捉えることができない。日本大八島国全域を見ている我の眼でも影すら捉えることができない。

 しかし、今から千年程前、その存在すら不確かな黒邪の姿を先々代……我の祖父にあたる天代宮は捉え、すぐさま当時の鬼神族の者達と共に打って出た。
 そして確実に追い詰め、消し去ったはずであった。核と思われる実体のあるものも破壊したという。 
 その黒邪がどのようにして今の時代まで生き延びてきたのかはわからぬが、一刻も早く手を打つ。だが、万が一にも取り逃がして同じような状況をつくるなどあってはならぬこと故、もう少し待ってほしい。

 ……咲空そなたが家族のことで苦しんできたのは、黒邪がそなたの妹に憑いていたためであり、さらに言えば我らの油断が招いてしまったことだ。
 そなたが受けた傷が消えることはないが、そなたの家族が望まずしてあの状況に陥っていたことを知っておいてほしい。



* * *



「……今まで話さずにいてすまなかった」
 
 幻滅したであろうか……

「本当に、そんなことが……?」

「あぁ」

「……精神的に不安定だった時に聞いても受け入れることはできなかったと思います」

 咲空の顔に浮かんでいるのは困惑。……今まで生きていた世界、信じていたものが崩されてしまったようなものなのだから当然か……

「なんで黒邪……妖の始祖は美緒に取り憑いているんですか?」

「それは……」

 この事実をどう伝えるべきか……包み隠さず全てを告げることは簡単だ。しかし、それでは咲空は自が分を責めてしまうかもしれぬ。

「私なら大丈夫です。今でなくともいつか知ることなら、今教えてください」

「……知らない方がよいということもあるぞ?」

「無知でいることは時として重大な事件を起こします。……それに、知っていないと対応できないということがあるかもしれません」

「……」

 咲空の目に宿るのは、出会った頃にはなかった強い意志。先程までの困惑を内に押し込め、真実に向き合おうとしている。
 “無知でいることは時として重大な事件を起こす”……確かにその通りであるな。

「……そなたは我の半身である以上に特別な存在なのだ。時代によっては現人神あらひとがみなどと呼ばれていたような存在」

「現人神……?」

「そう。そして、黒邪はそなたのような存在……いや、神を嫌悪しているのだ」

 人間達の言うところの現人神とは、神々から加護を授かった者達であり、存在しているだけでその周囲の作物の実りを豊かにしたり、富をもたらしたりする。また、強い加護を受けていた者の中には少し先の未来を詠むことができる者もいたという。加護を受けているかどうかは神族であろうと直接相対さなければわからぬため、記録は少ないが……

 神々に仕える我ら神族にとって、その神々から加護を受けた人間というのは特別な存在である。よって、加護を受けた者に出会った神族はその存在を他の神族へと伝え、その者が平穏に暮らせるように見守るのだ。

 とはいえ、加護を受けた全ての者を見守ってきたわけではない。加護を受けた人間が特別とはいっても、あくまでもだからだ。

 五十余年程前まで、我ら神族は積極的に人間に干渉することはできなかった。そのため、視察で地上に降りたときに偶然発見することができたら、その後は力が誤った方向で使われていないか監視するという意味合いが大きい。
 神の加護を受けている時点で善良な魂をもっている証であることから、非行に走るものはまずいないが……

 ……本来であれば百年に一人程度の割合で誕生してるはずであるが、ここ千年程は神族の目に留まった加護を受けた人間は一人もいなかった。我が直接見知る加護を受けた人間は咲空一人だけである。
 タイミングが合わなかったためであると考えていたが、今思えば黒邪が何かしていたのであろう。

「私がそんな……」

「確かなことだ。先日龍神族五位の悠と、水神族二位の清香に会ったであろう? 二人もそなたが神の加護を受けていることに気が付いておった。半身とはまた違うが、我らは神によって創り出された我ら神族。創造主の力を感じ取れるということなのだろう」

「そう、ですか……あれ? 朋夜…さんは?」

「あやつは己の半身に心酔するあまり、その内に巣食う邪悪な存在にも、我らが守護すべきそなたの存在にも気が付いていない。……加護を受けた人間に干渉する必要はないとはいえ、傷つけるなどあってはならない。本当に愚かなことだ」

 あの神狐族については、既に神々にも報告している。近い内になんらかの処罰が下るであろう。軽くない罰が。

 ……しかし、咲空も変わったな。自分を狙った存在が自分の家族に取り憑いて惑わしていると聞いても、卑屈にはなっていない。当然、小さくない衝撃は受けているようであるが……

「……美緒は助けられますか?」

「あぁ、黒邪を祓えば」 

 ……咲空は何かの決意をしたようだ。
 ならば我は共に歩もう。咲空が壁にぶつかって折れてしまうことがないように。

























    
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