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1章 動き出す運命

7 . トラウマ

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「──あの……変じゃ、ありませんか?」

「よくお似合いになっておりますよ?」

「えぇ、本当に。花の精霊のようです」

 二人に着付けてもらったものの自分ではどうなっているのかが分からない。
 普通ならば鏡を見て確認をするんだろうけど、私は顔に火傷を負ってから鏡、、正確には鏡に映った自分を見ると吐き気と頭痛が起こるようになってしまった。

 家でも学校でも、前髪が顔にかかってさえいれば問題なかったから髪をセットするのは簡単で、鏡を見なくとも問題はなかった。だけど、ここで生活をしていれば鏡を見なければならない機会はいくらでもあるだろうし、この部屋にも大きな鏡がある。
 

「こちらに鏡がございますが、ご覧になりますか?」

 そっと普段は閉ざされている鏡の方を見ていると、それに気が付いた桃さんが私に確認を取りながら、大きな三面鏡を開こうとする。

「──ッ!」

「?──桃!」

「?──ひ、姫様? どうなさったのですか!?」

 ……まだ鏡に映った自分を見てもいないのに、三枚で反射しあって白光りする鏡面を見ただけなのに、それだけで気持ちが悪くなってしまった。
 あれが鏡だということは知っていたけど、この四日間一度も開かれなかったし、意識しないようにしていたから気にならなかった。

 2年前から一度も鏡を見ていなかったけど、自分がここまで鏡がダメになってしまっていたなんて……

 この2年、自分が鏡を見た程度でいちいち不調を起こしていたら皆に迷惑がかかると思って、徹底的に鏡から逃げた。
 学校でも、鏡がある廊下は避けて回り道していたし、家で鏡がある場所は目を閉じて通っていた。もちろん、お風呂もずっと目を閉じていた。
 
「……姫様、もしや鏡が苦手でいらっしゃいますか?」

「桃さん……ごめんなさい」

 ……情けない。ただでさえ迷惑をかけてるのに、その上鏡なんかを怖がっているなんて。

「姫様、気になさらないで大丈夫ですよ。きっと克服できますし、出来なかったとしても問題はございません」

「はい、姫様が謝られる必要などございません。姫様のお返事を待たずに動いてしまい申し訳ございませんでした。大丈夫でございますか?」

「そんな、私がっ───」



 ───コンコンコン



「咲空、大丈夫か?」




* * *



(桃視点)



「咲空、大丈夫か?」

 不意に聞こえてきたノックは主様によるものでした。

「姫様、主様をお通ししてもよろしいですか?」

「大丈夫です。……あ、あのっ! 今のことは麗叶さんに言わないでください……」

 私が姫様のお返事を聞く前に行動をしてしまったために姫様を怖がらせてしまった……
 主様に言わないでほしいというのは、自分が失態を犯してしまったとのお考えなのでしょうか……?
 姫様は何も悪くないのに、萎縮して自責の念をにじませています。今に限らず、いつも。

 何がそこまで姫様を追い詰めているのか…….。……きっと、下界で姫様のお傍にいた人間達なのでしょうが、赦せません。
 私達の大切な姫様を苦しめて、離れた今でも心を蝕み続けているだなんて……!
 私だけでなく葵も、もちろん主様も同じ思いでしょう。

 しかし、主様に言わないと言うのは…… 

「姫様、主様にお知らせするのはお嫌なのですね?」

  私の問いに対して姫様は小さく頷きます。

「姫様が望まれないのならば私は何も言いませんが……」

 葵は若干の困窮した様子をにじませています。姫様はその事にお気づきでないでしょうが。
 ……主様は姫様が何かに恐怖を感じだことに既に気が付いておられるでしょう。
 一度出会った半身は心が繋がり、互いの心を感じ取ることが出来ますから。さらに主様は他者の魂を詠む、天代宮様でいらっしゃるので、他の神族と比べても敏感に感じとることが出きるはずです。
 姫様の異変を感じ取ったからこうして声をかけられたのでしょう。

 後で主様に何があったのかを詰問されるでしょうが、今は姫様が大事です。
 ……姫様には葵が寄り添っていますが、まだ顔色は芳しくありません。

「桃、ひとまず主様をお通ししては? しびれを切らしていらっしゃいますから」

「……えぇ、姫様はこちらのお椅子にお掛けください」



「主様、お待たせいたしました。どうぞお入りください」

「あぁ……咲空の顔色が悪いが、何があった?」

「あの、何でもありません。 まだ体調が安定していたかったのだと思います、、心配をかけてしまってすみません……」

「……気にするな、今は体調は大丈夫か?」

「はい」

「それならよかった」



《──それで? 何があったのだ》

《それは……姫様が主様には黙っていてほしいと仰っていまして……》

 姫様を気遣いながら、念を送ってきました。
 本日の姫様がお休みになった後で確認されると思っていましたが、姫様の感じた恐怖が余程のものだったのでしょう。

《私共は主様の式神ですので、主様の御命令が優先されますが…いかがなさいますか?》

《咲空が……》

 主様は考え込んでいらっしゃいます。
 ……私も葵も姫様と約束した手前、いえ、約束などなくとも姫様が望まぬことはしたくありません。
 此度の事を黙っているのが姫様のためになるかはともかくとして、姫様のお心の平静のためには姫様のお心に背くべきではないと思うのです。

 しかしながら、私達は創造主である主様に逆らうことは出来ません。
 ……さぁ、主様はどうなさるのか。

《……咲空が直接話してくれるのを待とう》

《承知しました》

 ホッ……
 心の中で胸を撫で下ろしました。主様の答えに返事をした葵の声にもうっすらと安堵の念が感じられます。


「──咲空、この後はどうする? 大事をとって休むか?」

「い、いえ、お屋敷を案内していただくのを楽しみにしていたんです。せっかく着替えたし……あっ、こんなに綺麗なお着物をありがとうございます。本当に綺麗で」

「そなたに喜んでもらえて嬉しい……よく似合っているぞ」

「っあ、ありがとうございます」

 あっ……姫様、嬉しそう?
 姫様は人間としてはかなり表情が乏しく、常時申し訳なさそうな自身の無さ気な様子でいらっしゃいます。
 それが、分かりにくいながらも嬉しそうに見えるのです。
 主様もそれに気が付いたのか、満面の笑みを浮かべておられますが、ふと眉を下げました。


「髪を上げればより美しくなると思うのだが……」

「そ、それは……」

 そう、姫様の前髪は長いままです。後の御髪は整えさせてくださったのですが、前髪を切るのには抵抗があるようで……


「今は良い。そのままでも十分に愛らしいからな。……では、行こうぞ」

「は、はい」










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