5 / 107
1章 動き出す運命
5 . 光
しおりを挟む「……っ」
ここ、は……?
重い瞼を開く。体はだるいけど、不思議と心が温かい。……どこだかわからないけど、安心する。
体が上手く動かないので首を動かして見ると、私がいるのは和室のようだった。
私はその部屋で布団に寝かされているらしい。
「──目が覚めたか?」
「!?」
「無理に起き上がるな。そのままでよい」
急に聞こえた声に驚いてそちらを向くと、見たことがないくらい綺麗な……人?がいて、私の布団の傍らへとやってきた。
その人は私が目を覚ましたことが嬉しいらしく、満月を思わせる銀色の瞳で優しく私を見つめている。
とても綺麗な人……朋夜よりもずっと。人間とは思えない。
そもそも、ここはどこ?
昨日私は──……あぁ、そうだ。
私は死んだんだ。
ううん、死ねたんだ。
だとしたら、ここは天国?
「……貴方は神様ですか?」
「すまない……我は神ではない。我は天代宮麗叶、神族だ」
神族……じゃあ、ここは天国じゃないの?
「私は、死んだんじゃないんですか?」
「……橋から身を投げたそなたを我が助けたのだ」
「っ、なんで、助けたんですか?」
死にたかった、やっと死ねたと思ったのにっ……
目の前の存在は辛そうに顔を歪めている。まるで、私の苦しみが自分の苦しみなのだと言うように。
「すまない……助けずにはいられなかった。そなたは、我の半身なのだ」
「……半身?」
……この人はさっき天代宮麗叶と名乗っていた。
天代宮、世間の常識に疎い私でも聞いたことがある名前だ。
神族は皆、朋夜のように人間を超越した力を持っている。天代宮はその神族達を束ねる最高位に立つ存在。
私の両親が朋夜を敬畏しているように、全ての神族は人間から尊ばれる存在。天代宮はさらにその神族達からも崇拝される存在なのだ。
……私がそんな尊い存在の半身であるはずがない。
「……私などが天代宮様の半身であるはずがありません」
「そのように自分を卑下したことを言うな……我のことも麗叶でよい」
「……」
「……そなたの名を、聞いてもよいか?」
「……姫野咲空、です。咲くの“咲”に“空”で……」
「咲空か……綺麗な名だ」
……私の名前は両親から与えられた数少ないもののうちの一つ。私のことが本当にいらなかったら名前なんて付けずに捨てていたはずだと自分を励ましたこともあった。
でも結局のところは、両親以外は使わない、その両親すらもただの音として使っている名だ。その名を、目の前の存在は愛おしげに囁いた。
その事に心が温かくなった気がした。
しかし、それを振り払うように 目が覚めた時から気になっていたことを尋ねる。
「天代宮様……ここは、どこですか?」
「麗叶、と……いや、すまない。ここは雲上弦界にある我の邸だ。体調は大丈夫か? そなたの許可を得ずに界を越えてしまったが…人の身で界を越えると体に負担がかかってしまうということを失念してしまった。すまない……」
界を越えた……だからこんなに体がだるかったのか。
「そなたは三日も眠ったままだったのだ」
「三日……」
三日も家に帰れていないなら家族が心配しているかもしれないなんて思ったけど、そんな考えはすぐに消えた。
むしろ喜んでいるかもしれないと考えを改める。
「咲空……辛いことを思い出させるかもしれぬが、そなたには神狐族の知り合いがいるか?」
「……妹が神狐族の方の半身です」
「神狐族で半身のいる者……第三位の朋夜か……」
「……位は知りませんが、名前はその通りです。……天代宮様は、何故そのことを知っているのですか?」
「そなたの腕から神狐族の気を感じたのだ」
「気……。……!?」
天代宮様の言葉を受けて布団の中から腕を出してみると、そこには火傷などなかった。
「火傷が…」
「勝手ながら治させてもらった。……あまりにも痛ましく、我が見ていられなかったのだ」
もしかして、と思って顔に触れて見ると、指先から伝わる肌の形も普通、火傷がなかった頃の手触りになっていた。
「消え、てる……? ……ありがとう、ございますっ」
火傷を負ったのは私のせいだと納得したと思っていた。だけど、ずっと辛かったのかもしれない。
涙を溢しそうになってしまうが、心の中だけに止める。
「当然のことをしただけだ」
銀色の瞳が優しく細められた。
……こんなに優しい人にこれ以上の迷惑はかけられない。
「……お世話になりました。私はそろそろ帰った方がいいですよね?」
「……そなたは帰りたいのか?」
「……」
正直、帰りたくなんてない。朋夜を怒らせた私を受け入れてもらえるとも思わない。
「気が進まぬのであればここにいればよい。我はそなたにここにいてほしいと思っている」
「……ここにいてもいいんですか?」
「あぁ、ここにそなたを脅かす者はいない。安心してゆっくり休んでくれ」
「……ありがとうございます」
帰らなくてよいということに気が緩んでしまったのか、瞼が重くなってきた。
「……おやすみ、我が半身よ」
* * *
咲空が眠ったのを確認してからそっと部屋を出る。
……思っていた以上に魂の疲弊が激しい。
今にも砕け散ってしまいそうな程傷付いた心と魂は、我の力をもってしても治せなかった。
できなくはないが、無理に治してしまっては歪みが生じてしまう。ゆっくり時間をかけて心を癒していくしかあるまい……
人間であるはずの咲空は半身を得ていない神族が如く感情を感じさせない。
……違うな。
咲空は苦痛を自らの内に押し込め、感情を殺そうとしてしまっている。
心で嘆き、泣いていてもそれを表情として外へ出すことがない。それでも、周囲への負い目だけが嫌にはっきりと表れていた。
我は咲空と出会って感情を得た。
馴れない故に上手く制御出来ず、名前で呼んでほしいという欲を出して困らせてしまった程だ。天代宮は我だけを指す名ではない。我だけを見てほしいと思ってしまった。……明日、もう一度名で呼んでほしいと願ってもよいだろうか?
……感情とはままならなものだ。今の我は咲空よりも余程人間じみてしまっているだろう。
家に帰りたくないという様子から察するに、家族との関係も良くないのであろう。人間の家族は互いを守り慈しむものではないのか?
そして、咲空を傷付けた神狐。
あのような清らかな魂を持つものを傷付けるとはなんと愚かな。己の半身に固執するあまり、神族としての誇りを失ったか?
神族である資格を消されても仕方がない程の過ちを犯しているのに気が付いていないのであろう。
我も最初は気が付けなかったが、咲空は我の半身であるだけでなく神々の……いや、今はいい。
この件には咲空から感じた邪悪な気も関係しているだろう。咲空が口にせぬ事を暴くようで気は進まぬが、記録を見直し、詳しく調べる必要があるな。
……何はともあれ、咲空の心を癒すのが先決だろう。
そのためには、咲空が持っていた翠玉。これの修復が必須であろう。
この翠玉は砕けてもなお咲空を護りたいという意思を発しているし、咲空があの状況でも持っていたのだ大切なものなのだろう。きっと、咲空の力となってくれるはずだ。
しかし、鉱物の修復は専門外。形だけではなく、完全な修復を望むならば土神族の領域、協力を仰ぐとしよう。
……咲空、我がそなたの道を照らす光となろう。これからそなたが歩む道は我が護る。一人で苦しまないでくれ。
35
お気に入りに追加
2,334
あなたにおすすめの小説

可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした
珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。
それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。
そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。
はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。
周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。
婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。
ただ、美しいのはその見た目だけ。
心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。
本来の私の姿で……
前編、中編、後編の短編です。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

自分こそは妹だと言い張る、私の姉
神楽ゆきな
恋愛
地味で大人しいカトリーヌと、可愛らしく社交的なレイラは、見た目も性格も対照的な姉妹。
本当はレイラの方が姉なのだが、『妹の方が甘えられるから』という、どうでも良い理由で、幼い頃からレイラが妹を自称していたのである。
誰も否定しないせいで、いつしか、友人知人はもちろん、両親やカトリーヌ自身でさえも、レイラが妹だと思い込むようになっていた。
そんなある日のこと、『妹の方を花嫁として迎えたい』と、スチュアートから申し出を受ける。
しかしこの男、無愛想な乱暴者と評判が悪い。
レイラはもちろん
「こんな人のところにお嫁に行くのなんて、ごめんだわ!」
と駄々をこね、何年かぶりに
「だって本当の『妹』はカトリーヌのほうでしょう!
だったらカトリーヌがお嫁に行くべきだわ!」
と言い放ったのである。
スチュアートが求めているのは明らかに可愛いレイラの方だろう、とカトリーヌは思ったが、
「実は求婚してくれている男性がいるの。
私も結婚するつもりでいるのよ」
と泣き出すレイラを見て、自分が嫁に行くことを決意する。
しかし思った通り、スチュアートが求めていたのはレイラの方だったらしい。
カトリーヌを一目見るなり、みるみる険しい顔になり、思い切り壁を殴りつけたのである。
これではとても幸せな結婚など望めそうにない。
しかし、自分が行くと言ってしまった以上、もう実家には戻れない。
カトリーヌは底なし沼に沈んでいくような気分だったが、時が経つにつれ、少しずつスチュアートとの距離が縮まり始めて……?
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

お姉様、わたくしの代わりに謝っておいて下さる?と言われました
来住野つかさ
恋愛
「お姉様、悪いのだけど次の夜会でちょっと皆様に謝って下さる?」
突然妹のマリオンがおかしなことを言ってきました。わたくしはマーゴット・アドラム。男爵家の長女です。先日妹がわたくしの婚約者であったチャールズ・
サックウィル子爵令息と恋に落ちたために、婚約者の変更をしたばかり。それで社交界に悪い噂が流れているので代わりに謝ってきて欲しいというのです。意味が分かりませんが、マリオンに押し切られて参加させられた夜会で出会ったジェレミー・オルグレン伯爵令息に、「僕にも謝って欲しい」と言われました。――わたくし、皆様にそんなに悪い事しましたか? 謝るにしても理由を教えて下さいませ!

「優秀な妹の相手は疲れるので平凡な姉で妥協したい」なんて言われて、受け入れると思っているんですか?
木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるラルーナは、平凡な令嬢であった。
ただ彼女には一つだけ普通ではない点がある。それは優秀な妹の存在だ。
魔法学園においても入学以来首位を独占している妹は、多くの貴族令息から注目されており、学園内で何度も求婚されていた。
そんな妹が求婚を受け入れたという噂を聞いて、ラルーナは驚いた。
ずっと求婚され続けても断っていた妹を射止めたのか誰なのか、彼女は気になった。そこでラルーナは、自分にも無関係ではないため、その婚約者の元を訪ねてみることにした。
妹の婚約者だと噂される人物と顔を合わせたラルーナは、ひどく不快な気持ちになった。
侯爵家の令息であるその男は、嫌味な人であったからだ。そんな人を婚約者に選ぶなんて信じられない。ラルーナはそう思っていた。
しかし彼女は、すぐに知ることとなった。自分の周りで、不可解なことが起きているということを。

溺愛されている妹がお父様の子ではないと密告したら立場が逆転しました。ただお父様の溺愛なんて私には必要ありません。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるレフティアの日常は、父親の再婚によって大きく変わることになった。
妾だった継母やその娘である妹は、レフティアのことを疎んでおり、父親はそんな二人を贔屓していた。故にレフティアは、苦しい生活を送ることになったのである。
しかし彼女は、ある時とある事実を知ることになった。
父親が溺愛している妹が、彼と血が繋がっていなかったのである。
レフティアは、その事実を父親に密告した。すると調査が行われて、それが事実であることが判明したのである。
その結果、父親は継母と妹を排斥して、レフティアに愛情を注ぐようになった。
だが、レフティアにとってそんなものは必要なかった。継母や妹ともに自分を虐げていた父親も、彼女にとっては排除するべき対象だったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる