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鉄砲玉

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 わたしは頭が真っ白になっていた。

 ……今、何が起きてるの?

「盗賊に おそわれたって⁉︎ なんで……他の子どもたちはどうしたんだよ!」

 ユーリが必死の形相で母親に問う。

「みんな連れて行かれてしまった。男達が大勢で押しかけてきて、守ろうとしたけど、子どもたちはみんな連れていかれてしまった。あなたたちに伝えようと隙を見て逃げてきたの。……せめて、まだ見つかっていないあなたたちだけでも遠くに逃げてちょうだい!」

 そう言って、母は先ほど紙を渡したユーリの手を強く握った。
 そのやり取りをぼんやりと眺めながら、わたしは無意識に拳を握りしめていた。聞こえてくる ざわめきと目の前の母の姿に、これが現実であると認めざるを得ない。
 わたしの中で、何かが音を立てて崩れていく。それと同時に、優しく撫でてくれる母の姿、他の孤児と囲む食卓、石を投げて遊んだ日々が脳裏に浮かんだ。

 わたしの孤児院を、お母さんをこんな目に合わせるなんて……

 盗賊の仕打ちに怒りを感じてもいいはずだが、痛み止めでも打ったように何も感じなかった。全身の血が凍るような感覚に襲われ、思考が停止する代わりに目の前がはっきり見えてきた。
 わたしははじかれるように立ち上がって、衝動的に孤児院の方を向いた。

「おい! 何をするつもりだ!」

 すぐさまユーリに腕を掴まれた。わたしが 無鉄砲むてっぽうに飛び出すことが目に見えていたのかもしれない。

「わたしがやっつけて来る」
「流石に無理に決まってるだろう! 相手は一人二人じゃないんだぞ! どうやってやっつけるって言うんだ」
「どうやってって……!」

 ユーリの質問に答えられずうつむいた。大人の男、しかも 強盗ごうとうを 生業なりわいとしている相手に、単身で乗り込んでいくのはいくらなんでも 無謀むぼうだ。そんなのは分かっている。
 でも、何かしないと!

 うつむくしかできない自分の無力さに、噛み締めた歯の間から声にならない声が れた。無条件に安心できる唯一の場所。そこが襲われるのはわたしの命が脅かされるのと同じだ。
 悔しさのあまり、握りしめた手を震わせた。

「俺を見ろ」

 下を向くわたしの肩を揺さぶって、ユーリが真っ直ぐに目を 見据みすえてきた。

「落ち着け。いいか。絶対みんなを助けてやろう。母さんが持ってきてくれた地図、ここに行けばきっと俺たちの助けになるはずだ。そうだろ、母さん?」

 その時だった。

「おい、こっちで声がするぞ」
「へへへ、俺たちから逃げようったってそうはいかないからな!」

 遠くで男の声がして、盗賊らしき人影がちらついた。
 わたしやユーリ、お母さんよりもずっと大きい体の男が二人、笑いながら山道を登ってくるのが見えた。その手には、大きな鎌が握られ、わざと乱暴に草をなぎ倒しながら歩いている。弾き飛ばされた草が白くなり、雪のように舞った。

「早く! 早くお行き!」

 母はわたしたちの方を焦った顔で見た。そして、行く先を示す様にまっすぐ手を伸ばした。

「行くぞ、シエラ!」
「シエラを頼んだよ、ユーリ!」

 先に動いたのはユーリだった。
 ユーリがいつまでも動こうとしないわたしの手を取った。半ば強引に引っ張られ、足が勝手に前に出てしまい、わたしは走り出すしかなくなった。

「お母さん!」
「振り返るな、シエラ!」

 噛み殺されたユーリの声が静かに響き、手が少し痛いほどに握られる。
 走るわたしの頭の中は、大量の怒り、悲しみ、焦り、恐怖で混乱していた。自分の大好きな母が、みんなが危ない目にあっている。死んでしまうかもしれない。目は前を見ているのに、走り抜けていく景色は何も見えてこなかった。

 ショーハの池を通り過ぎても、そのまま全力で走り続けた。
 不思議と、いくら走っても疲労は感じない。疲労を感じる前に、体力の限界がきて足が言うことを聞かなくなった。転びそうになったところでやっと二人が足を止めた。

「ぅわ!」
「はぁ、はぁ……ちょっとだけ……休もうか」

  木陰こかげに隠れる様に腰を下ろした。喉がカラカラに乾燥して貼り付き、息がうまくできない。
 わたしとユーリの間をひんやりした風が吹き抜け、夜の訪れを知った。いつの間にか、すっかり日が落ちて暗くなっている。
 
「へ……へへ! シエラは……足が……早いな。早すぎて……途中で俺、転ぶかと思った!」

 息を弾ませながら、ユーリがニッと笑った。月明かりで額の汗が光っている。わたしは、ユーリにつられて無条件に笑った。
 ユーリがすぐ側に っているコチニールの実をもぎ、ひとつわたしにくれた。一口かじると、みずみずしい実から出る少しだけ甘い汁が口に広がり、のどが潤おう。

 一息つくと、思考が動き始めた。


 お母さんを置いてきて良かったのかな…
 いや、そうじゃない。置いてきたくなかったんだ。
 わたしの命に代えてでも残るべきだった。


 自分の中の罪悪感と共に、笑ってるみんなの顔、最後に見た母の姿が何度も蘇る。後悔で胸が押しつぶされそうになったとき、ユーリの声で現実に引き戻された。
 
「見てみろよ。……この地図によると、この先の白い鳥を右に曲がるんだって」

 ユーリが母からもらった紙を広げて見ている。こんな状況でも、今をどう切り抜けるかを考えているのだろう。
 確かに、まずはどうするかきちんと考えるべきだ。自分の感情と食べ終えたコチニールの実をポイっと捨てて、わたしも紙を覗き込んだ。

「白い鳥を……右?」
「うん」
「なにそれ? 暗号かな?」

 月明かりでなんとか見えた紙には簡単な地図が書かれており、確かに「白い鳥を右、サミュエル」と書いている。
 地図を確認してからユーリを見た。

「ここに行ったらどうなるのかな」

 わたしが不安そうに聞くと、一瞬の沈黙の後、ユーリが顎に手を当てて考えだした。

「そりゃ、助けてくれるさ。……サミュエルって人? が住んでるんだろ、きっと。もしかして、5メートルくらいの大男だったりしてな! 怪獣も倒せるムキムキマッチョ!」

 ユーリは、力こぶを作るふりをした。

「マッチョ……?」
「だとしたら、盗賊なんてすぐやっつけられるぞ! いや待てよ、こんな山奥にいるってことは、武術を きわめた仙人かもしれない。もしそうなら、本当に かすみを食ってるのか聞いてみたいよな!」

 そう言ってユーリがわざと明るく振舞ってくれた。
 ユーリはいつだって揺るがない。だから孤児院のみんなはユーリを頼りにしてきたんだ。ユーリだって、自分と同じく不安も心配もあるはずなのに。

 わたし、落ち込んでるだけじゃだめだなんだ。いつかはユーリみたいに強くなりたいんだから、くよくよしてばかりじゃだめだ!

 わたしはなんとか気持ちを持ち直し、そっと目じりを拭って前を向いた。
 そして、ユーリに負けじと思いついたことを口にする。

「もしかして、人じゃ無いってことはないよね?」
「え? ……例えば、長年眠っている勇者の剣とかってことか?」
「そういうのとか。あと、怖~いお化けとか⁉︎」
「……もしかして……こ~んな感じかぁ~?」

 ユーリがお化けの真似をした。
 
 言うんじゃなかった! 月明りに照らされてちょっと怖いよ!

「こ、こわいから! その不気味な顔やめてよ!」

 お化けはダメ。違う話題、違う話題……

「あとはそうだなー。隠れ家とか?」
「あー、そこで俺たちに隠れてろって感じ? んー……ないな。だって俺とシエラだぜ? 俺だけならともかく、鉄砲玉のシエラが大人しく隠れるわけないじゃん。母さんがそんな 無謀むぼうなことシエラに言うわけないよ」
「鉄砲玉⁉︎ 何それ! 私そんな呼ばれ方してるの⁉︎」

 バサバサッと、何羽か鳥が飛んで行った。
 ドキッとして飛び上がると、ユーリがわたしの口を押えた。

「シー! 声が大きいって!」
「ごごごご、ごめん」

 つい興奮した無鉄砲玉のわたしは肩を すくめた。余計なことを言わないように、口にチャックをしておく。

 でも、なんだかんだ言って、今回もユーリのおかげで元気が出てきた。
 今はお母さんの地図を頼りに、精いっぱいできることをしよう。

 ユーリは、よいしょ! と立ち上がってお尻を払った。そして、耳を澄まして人の気配が無いことを確認する。

「勇者の剣ならともかく、隠れ家なら鉄砲玉を捕まえておく味方くらいはいてほしいよ。俺だけじゃ手に負えないもんな」

 ユーリは笑顔で手を差し出し、わたしとわたしの気持ちをグイッと引っ張って立たせた。
 そして、二人ははぐれない様に手を繋いだまま、目的地を目指して再び暗闇を走り始めた。
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