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第75話 東へ

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 ニジニで最初の使命では、霊穴の上に土を盛った舞台、あの土俵に埋まっていた石板を即座に壊すことができた。

 果たして、守り人が崩れ去ったのは、その楔である石板がなくなったからだろうか? 霊穴を閉じたからであろうか? 倒れる直前の雰囲気を見る限り、別の理由があるような気がする。

「役目」

 最後に零した言葉、確かにそう聞こえた。

 彼の役目とは、何だったのだろう。



 これまでを考えれば、霊穴の舞台を護ることか。けれども、閉じた霊穴を見て、役目は終わったと言い去っていった。

 彼も霊穴を閉じようとしていたのか?

 これまでは、守り人を倒してから霊穴を閉じていた。先程の彼にしてみれば、椿がなんの為に居て、何をするのかを初めて目にした事となる。元々は椿たちを、霊穴になにがしか手を出そうとする狼藉者だと捉えていたのかもしれない。

 敵対したのは、その勘違いが根本にあった。
 石板を守ろうと必死だったのがそれを裏付ける。

 そして、あの石板には莫大な魔力が詰まっていた。これまで椿は、それを利用して霊穴を閉じてきた。今回は、足りない魔力を椿のもので補ったが。恐らく時間は掛かるだろうけど、椿単独でもこの惑星ほしの治療は可能だ。でも石板があれば効率が段違いになる。それほどの魔力なのだ。

 それに――

 ひとつ勘違いしていた事がある。あの石板は守り人を産んでなお、莫大な魔力を残しているのだ。明らかに、守り人を喚ぶだけが用途じゃない。

 石板は霊穴の治癒に使っていたのでは? 治癒できなくとも、絆創膏のように霊穴に被せていたのかもしれない。守り人は、その絆創膏を剥がそうとする輩を遠ざけるために喚ばれていたとか。


 ・・・・・


 一行は、豚頭の集落で夜を過ごすことにした。

 霊穴の対処が終わったのは陽が傾き始めた頃、これでは下山中に暮れてしまう。椿の体調をかんがみて、大事を取ることになった。

 みなさん、聞きました? 「椿の体調を」って言ったよ、遂に扱いが良くなってきた! まあ、1つしかない機材を大事に使っているようなものなんだろうけどもさ。

 なにやら、山ひとつ魔力で満たす行為に、オリガ嬢が本気で危機感を覚えたようだ。幾ら本人が大丈夫と言っても、これはもう普通ではない。休ませろとの下知があったのだ。正直に言うと、まだお腹に違和感がある。休めるのは素直に嬉しい。

 豚の住処は臭かったので、集落につきものの広場に陣取る。それなら土俵でよかったと思うかもしれないが、あそこはほぼ山頂に位置していた。吹きさらしである、普通に危ない。強い風でコロコロすると、滑落して崖下までコロコロすることになる。寝ている間に死んでしまいかねない。



 そんな訳で、集落跡で一晩過ごし、朝を迎えた。
 むーん、お腹の違和感がまだ残る。むしろ、痛みを伴いだした。

 山の上で迎える日の出は、平地よりほんの少し早い。僅かではあるが、叩き起こされたように感じてしまう。体調の悪化もあって、些細なことが心を削ってくる。

 こんな状況の中を一行は、再び山頂へ向かって進みだした。

 馬車付きなので、同じ道こそ選択できないが登っていく。何事だろうと思っていたら、山を超えた北部へ降りるらしい。それから、巨大な山麓で南北に隔てられたニジニ大陸の北側を東に向かうのだと言う。

 別の霊穴があるのかもしれない、探りながら進むのだ。

 霊穴を閉じてから、豚頭は一頭残らずその姿を消した。青鬼もそうであったが、実際に湧くのが止まるのかもしれない。霊穴と共に居なくなるのなら、そこまであった何らかの役目が終わったと言うことだ。ヒトの敵対生物であるだけだと思われた亜人たち、いったい何を果たしていたのだろうか。



 北部にはヒトの手が入っていないため、野生動物の楽園となっていた。
 牛のような動物が群れをなし、それを追う獣も居た。巨大な亀みたいなものに、狐みたいなこまい動物が乗っているのが見える。遠くには大型の鳥が飛び、その奥に雪を冠った高い山が聳える。雨季のサバンナのように、生命で溢れる草原を行く。

 ゆったりしすぎて眠くなる。

 もっとも、居眠りすると強化魔法が解けてしまう。時折、大型の獣が草むらから飛び出してくるため、居眠りするわけにいかない。たかが獣、されど獣、亜人よりもよっぽど兵たちに被害がでるのだ。

 茜よ、勇者として空を飛ぶ魔法は発現しなかったのか。今からでも遅くはないぞ。

 このサバンナでは、夜を越えるのに難儀した。やはり、獣は夜間に動く。こちとら、食事で煮炊きもする。そりゃもう、獣さん来てください状態だ。食事の最中には襲ってこないが、寝静まった頃にくる。当たり前だよね。

 そんな夜を1度、2度経験して出た答えは――

『ツバキ殿は昼間に寝ていただき、
 夜間の強化を絶やさないでもらいましょう』

 嫌だけど、合理的なので断れない。

 それと、強者は光る理論が獣にも当て嵌まるのに気付いた。なんと、この世界の獣たちは魔力持ちだ。ヒトや亜人と同じように、心石を持つのかもしれない。ようするに、椿やカザンは、特に危険な獣の接近を察知できる。

 冒険活劇の主人公がこのような能力ちからを得ると、ワクワクを禁じえないものだ。だがしかし、自分が得てしまうと事情が違う。なんせ、最前線に立つ義務まで得てしまうのだ。こういうのは、他人事ひとごとだから良いのだよ。おとなしく、見ているだけが良いのだ。

 そんな危険地帯も、6日目には抜けることができた。

 そして突入するのは広い森だ。

 ロムトスのように、巨木の森ではない。その頂点を仰ぎ見ることができる程のものだ。陽樹と言ったか、硬く小さい葉を持つ木が多い。北海道の白樺の森みたいなイメージと言えば伝わるだろうか。
 草原の延長で、障害物がやたら増えただけとも言える。

 なんか、熊が出そうで嫌だな。

 草原では、ニジニ兵たちを強化したが、今度は樹々を強化する必要がある。植物にも、筋肉とまではいかないが、動くための組織が存在する。それを強化して操り、道を開けてもらうのだ。数こそ多くないが、まっすぐ進むためにはそれなりに気を使う。

 そして夜間は、樹々を寄せ集めて壁と成し、安全を確保する。完全な囲いが出来なくても、侵入口を絞れば楽になる。ロムトスほど樹々に密度がないが、しないよりは良い。
 あれ、結局のところ、昼も夜も強化魔法マシーンになってないか?



 この頃になると、体調の悪化が著しい。まだお腹が痛む。

 時折、ポーションと身体強化魔法で治療を試みるが芳しくない。異世界カビは内蔵の損傷は修復してくれないのだろうか? 以前、森人のひとりが腹を破られていたのを治療した。内蔵が飛び出すほどの大怪我だったが、完治したように見えた。彼のその後の経過が気になる。同じように苦しんでいなければよいが……

 8日目には、白侍女シェロブが椿から離れなくなった。どうやら、様子に出てきたらしい。お腹も張ってきたようだ、熱を持っている。これはもう、雑菌が入って炎症でもしているのは確実だろう。

 シェロブはすでに、神都のイリヤお爺ちゃんに相談しているようだ。

 どうやらこの世界にも、治療のための開腹手術くらいはあると言う。抜けずに体に残った矢尻など、腹であっても開いて取り除くらしい。それこそ、内蔵を洗う事すらすると言う。なかなかエキセントリックだ…… 椿の腹も開いて洗う必要があるのかも。

 9日目には、とうとう起き上がれなくなってしまった。

 これに焦るのはイケメン眼鏡のマーリンだ。なんせ、唯一の霊穴閉じ器である椿を失うわけにいかない。この旅そのものが台無しになってしまう。救える世界も、救えなくなるからだ。

 霊脈を探る役目はカザンに任せ、旅を急ぐ。

 最東部の少し手前、山脈の切れ目がある。そこには、首都に次ぐ規模の街があるそうだ。一行はそこへ急ぐ。腹を開くにしたって、野外でやるわけにはいかない。

 ここにきて、強化魔法前提の編成が裏目に出た。

 武装したままの兵たちは、根性で乗り切られるが、馬たちはそうはいかない。馬車で臥せる椿に確認する術はないが、眼鏡はどのように対処しているのやら。まあ、基本的に優秀なヒトだ、なんとかするだろう。

 しかし、これはしんどい。今の今まで、風邪とは無縁であった。車に売られた喧嘩を買ってしまい、気付いたら病院って経験はあるが、少なくとも体調不良で欠勤した覚えはない。

 学生の頃はどうだったか。祖父を闇討ちして手酷い反撃を受けたことは覚えているな。遠足や修学旅行はサボるので、皆勤こそ逃したけれど。基本的に、欠席もなかったはず。

 なんだろう、昔のことばかり思い出す。

 ああ、これって、走馬灯って奴ですか?
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