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第53話 行軍
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――馬車は進むよどこまでも。
快適とは言えない馬車に乗り、もう3日を過ごしている。備え付けの座席は木のフレームに布を渡したもので、いわゆるハンモック式の椅子でアウトドアチェアとかカテゴライズされているものに近い。これ、どれだけ揺れてもお尻が痛くなることがないが、代わりに腰が痛くなる。かと言って、馬車の中で立つわけにもいかない。想像してほしい、吊革なしで揺れ続ける電車に乗るようなものだ。
イオシキー大司教の言葉通り、道中では2つの駅を通過した。土塁や堀まである、砦みたいな駅だった。
それらを越えると、もう道らしい道がなくなる。草原で進みやすい場所を見つけて選ぶだけになっていくのだ。そうやって、進む前の馬車に付いていく。馬に任せて楽をしていた御者くんも、仕事ができて退屈しないようで何よりだ。
そうやって更に進むこと丸一日、深い森に突き当たった。
森と草原の境界で、この世界での初めての野宿を体験した。
焚き火で調理するニジニ兵達を尻目に、白侍女シェロブは馬車の中から次々と調理道具を取り出してくる。絶対に魔法を使って、神都から持ち出してきているに違いない。かまどまで組む凝りようである。
しかも、明らかに馬車に積んでいなかった肉などが調理されている。口止めの積もりなのか、御者くんにも料理は供されていた。
翌朝はいつもの習慣で、日の出より早く目を覚ます。
桶にたっぷりの水を使う椿を、ニジニ兵が羨ましそうにしている。茜もちゃっかり、3侍女にまざって水を使っていた。水は魔法で運ぶまでもなく、例の魔法の水筒から幾らでも取り出せる。
開拓村で出会った商人から買い、椿が文字通り魔改造した一品だ。もうひとつ作ったが、それは商人が買い取っていった。
そうして、5日目からは森に分け入ることになった。
当然ながら、もう馬車は使えない。ここから先では、野宿をする際にも地べたで寝ることになる。用を足すのにも、馬車など簡単に個室に変えれる環境がなくなってしまう。レッツ野糞である。
3侍女は白い衣装なので、森の中で目立ってしょうがない。椿を含めて、スカートで深い森を行くのだ。正気の沙汰ではない。兵士達の白い目も気にせず、椿は強化した薙刀で枝を払いながら進んでいった。それでも、なかなかペースを上げられない。終いにはイライラしてくる始末。そんな状況の中、ふと初めて植物を強化した際の事を思い出した。
そう言えば、強化した草って動かせたよね?
この森だ、どこを踏んでも植物の上に居る。普段は、手で触れてから強化対象に魔力を流して強化魔法を行使していたが……
椿は思いつきをその場で試す。覗き魔女ポーシャやシェロブが魔力の流れを感じ取って椿を振り向いた頃、進行方向の木々が道を開けるように左右に避けていった。よし、足からでも強化魔法が使えた!
茎や幹などは、動かすことができる事を随分前に経験していた。やってみるものだ、森の広い範囲を一度に動かすことができたのだ。
『これ、お嬢様が動かしているんですか……』
神官スターシャがちょっと引いている。うむ、たしかに異様な光景だ。
足元から前方に向かって魔力を広げる。そして木々は疎か藪も含めて片っ端から強化の対象にして、左右に避けるように動かす。通り過ぎたら、魔力を回収する。椿の身体強化魔法は、体内に魔力を循環させているだけだ。特に大きく魔力を消費することはない。これは、モノを強化するときも同じで、理屈としては循環する範囲を身体の外にまで広げている感じだ。
足元から扇状に魔力を伸ばし、植物の茎や幹を通して、また戻してくる。葉まで魔力を巡らす必要はない、段々とコツを掴んできたので、効果を及ぼす範囲も伸びてきた。
地面の中には、植物の根が張り巡らされている。木や草だけでなく、菌類などもあるだろう、思っていたよりもずっと魔力が伝わりやすい。
地中や植物を巡る魔力は、椿にたくさんの情報を伝えてくる。どこに木が生えていて、その根はどこまで伸びているのか、そんな事まで伝わってくる。ポーシャの覗き魔法も、こんな感じだろうか。
それと地中には、特に魔力が通りやすい箇所があった。随分と深い位置にある。それに随分と太い、例えるなら地下鉄のトンネルやコンコースだろうか。伸ばした魔力がここに至ると、川の流れに足を取られるように、魔力の制御を持っていかれそうになるのも特徴だ。
ひょっとすると、これが霊脈なのかもしれない。霊穴が近いのだろうか?
新しい強化魔法の応用で木々を避けると、各段に歩きやすくなった。スカートに枝が引っ掛からないないだけで、随分と気が楽になる。すぐに、前方に追っていたニジニ軍が見えてくる。そう、奴らは椿を半ば置いてけぼりにしていったのだ。一応、馬車から降りて何の役に立つのかわからなくなった御者くんが付いてきてはいるが。
そのニジニ軍は寡兵を更に道を開いて進む隊と、その後方で警戒する隊に分けていた。
やがて後方部隊は、椿の強化魔法の範囲に入っていく。急に周りの木々が左右に別れていく様子に、後方部隊が混乱を始めてしまった。
『※※※!?』
『※※※※※!』
『※※!』
慌てる部隊に御者くんが追いすがり、なんとか状況を説明して落ち着かせた。御者くん、役に立ったな。
魔法のある世界の住人のくせして、ニジニ軍は慌てすぎだと思う。
「これ、椿さんがやってるんですか?」
声を掛けてきた茜は、どことなくワクワクした感じを見せる。こちらの方が順応性は高い様子だ。
「うん、身体強化魔法をモノにも使えるんだけど
植物が相手だとある程度、動かせるんだよね」
「それ、私達の後ろからできますか?
進路はマーリンさんが決めているので
指示が見える範囲から付いてきてください」
前に出ろと言わないあたりは、椿への気遣いなのか、自分が前に居たほうが早いとの判断なのか。伝えることを伝えた茜は、スタスタと先頭に戻っていった。それを見た兵たちは、落ち着きを取り戻し半分、慌てて隊列を戻していく。
よく考えなくても、道が開くと言うことは、前方に何かしらが現れても対処が簡単と言うこと。なんせ、障害物が無くなるのだ、茜の反則な魔法を妨げるものがない。茜も日本人らしく、無闇に木々を払って進むことは好まないのかもしれない。少なくとも、道中の木を丸ごと切り払ったりはしていなかった。
野宿も思ったより快適に過ごせた。ここが深い森だと言うことと、新しい身体強化魔法の使い方を得たことのおかげだ。小屋を作ることは流石に無理だが、衝立のように木々の向きを揃え、ヤブを編む、外敵が侵入できる方向を少なくすることができた。見張り曰く、これだけでも随分と対処がしやすいとのこと。
それから、徒歩での行軍は3日を数えた。馬車で進んだ分を合わせると、京都から神奈川に着く頃だろうか。
ジャングルの様相を見せていた森も様子が変わってくる。木は低く、下草も少なくなってきた。どことなく、手入れをされた庭園を想起させる。
そんなファンタジー感を増した中で、一行は集落のようなものに突き当たった。こんな森の中に何の? と思うだろう。当然のこと、ヒトではない。青鬼さんが山盛り居たのだ。
しかし、悲しいことに相手が悪い。どれだけ数が居ても勇者の前では意味をなさない。むしろ密集した青鬼は、良いように雷が伝播して被害を広げるだけになる。無双系のゲームでも、ここまであからさまに蹂躙する技はない。
ものの数秒で、見える範囲に立っている青鬼は居なくなった……
『お嬢様の魔法も大概ですが、アレには敵いませんね』
『ねえ、魔王ってのが可哀想になってきたんだけど』
『もう餓死しないようにだけ気を付けたら良い気がしてきましたー』
『ニジニは失敗しましたね、他の人員はすべて兵站を担うべきです』
椿と3馬鹿のボヤキを聞いていたマーリンも、うんうんと頷いている始末だ。
「茜ちゃん、はいコレ」
「なんですかコレ?」
「うん? ユ○ケルみたいな物よ」
茜の魔力は大して減っていないが、ポーションでどれほど回復するのか確かめておいたほうが良い。
「……何も味がしないんですね。
ちょっと甘いものを期待したんですけど」
それはオロ○ミンCではないだろうか。
ともかくポーションの効果で、茜の身体には魔力が戻った。どうやら、魔力の総量はシェロブと大差ないようだ。つまるところ、あの雷の魔法は相当に燃費が良いということになる。
ポーションはまだ山盛りある、茜がいれば外敵の心配はなさそうだ。
ゲームでチートすると、作業感が増して飽きが早くなると聞くが、今が正にそうだ。もう、茜ひとりでいいんじゃないかな? と、周りが自分の存在価値に疑問を抱き始めているところさ。真面目なマーリンくんだけは、椿からポーションを数本せしめて、不測の事態に備えようとしている。
とっとと、霊穴の始末を着けて、移動の苦行から解き放たれたいものだ。
快適とは言えない馬車に乗り、もう3日を過ごしている。備え付けの座席は木のフレームに布を渡したもので、いわゆるハンモック式の椅子でアウトドアチェアとかカテゴライズされているものに近い。これ、どれだけ揺れてもお尻が痛くなることがないが、代わりに腰が痛くなる。かと言って、馬車の中で立つわけにもいかない。想像してほしい、吊革なしで揺れ続ける電車に乗るようなものだ。
イオシキー大司教の言葉通り、道中では2つの駅を通過した。土塁や堀まである、砦みたいな駅だった。
それらを越えると、もう道らしい道がなくなる。草原で進みやすい場所を見つけて選ぶだけになっていくのだ。そうやって、進む前の馬車に付いていく。馬に任せて楽をしていた御者くんも、仕事ができて退屈しないようで何よりだ。
そうやって更に進むこと丸一日、深い森に突き当たった。
森と草原の境界で、この世界での初めての野宿を体験した。
焚き火で調理するニジニ兵達を尻目に、白侍女シェロブは馬車の中から次々と調理道具を取り出してくる。絶対に魔法を使って、神都から持ち出してきているに違いない。かまどまで組む凝りようである。
しかも、明らかに馬車に積んでいなかった肉などが調理されている。口止めの積もりなのか、御者くんにも料理は供されていた。
翌朝はいつもの習慣で、日の出より早く目を覚ます。
桶にたっぷりの水を使う椿を、ニジニ兵が羨ましそうにしている。茜もちゃっかり、3侍女にまざって水を使っていた。水は魔法で運ぶまでもなく、例の魔法の水筒から幾らでも取り出せる。
開拓村で出会った商人から買い、椿が文字通り魔改造した一品だ。もうひとつ作ったが、それは商人が買い取っていった。
そうして、5日目からは森に分け入ることになった。
当然ながら、もう馬車は使えない。ここから先では、野宿をする際にも地べたで寝ることになる。用を足すのにも、馬車など簡単に個室に変えれる環境がなくなってしまう。レッツ野糞である。
3侍女は白い衣装なので、森の中で目立ってしょうがない。椿を含めて、スカートで深い森を行くのだ。正気の沙汰ではない。兵士達の白い目も気にせず、椿は強化した薙刀で枝を払いながら進んでいった。それでも、なかなかペースを上げられない。終いにはイライラしてくる始末。そんな状況の中、ふと初めて植物を強化した際の事を思い出した。
そう言えば、強化した草って動かせたよね?
この森だ、どこを踏んでも植物の上に居る。普段は、手で触れてから強化対象に魔力を流して強化魔法を行使していたが……
椿は思いつきをその場で試す。覗き魔女ポーシャやシェロブが魔力の流れを感じ取って椿を振り向いた頃、進行方向の木々が道を開けるように左右に避けていった。よし、足からでも強化魔法が使えた!
茎や幹などは、動かすことができる事を随分前に経験していた。やってみるものだ、森の広い範囲を一度に動かすことができたのだ。
『これ、お嬢様が動かしているんですか……』
神官スターシャがちょっと引いている。うむ、たしかに異様な光景だ。
足元から前方に向かって魔力を広げる。そして木々は疎か藪も含めて片っ端から強化の対象にして、左右に避けるように動かす。通り過ぎたら、魔力を回収する。椿の身体強化魔法は、体内に魔力を循環させているだけだ。特に大きく魔力を消費することはない。これは、モノを強化するときも同じで、理屈としては循環する範囲を身体の外にまで広げている感じだ。
足元から扇状に魔力を伸ばし、植物の茎や幹を通して、また戻してくる。葉まで魔力を巡らす必要はない、段々とコツを掴んできたので、効果を及ぼす範囲も伸びてきた。
地面の中には、植物の根が張り巡らされている。木や草だけでなく、菌類などもあるだろう、思っていたよりもずっと魔力が伝わりやすい。
地中や植物を巡る魔力は、椿にたくさんの情報を伝えてくる。どこに木が生えていて、その根はどこまで伸びているのか、そんな事まで伝わってくる。ポーシャの覗き魔法も、こんな感じだろうか。
それと地中には、特に魔力が通りやすい箇所があった。随分と深い位置にある。それに随分と太い、例えるなら地下鉄のトンネルやコンコースだろうか。伸ばした魔力がここに至ると、川の流れに足を取られるように、魔力の制御を持っていかれそうになるのも特徴だ。
ひょっとすると、これが霊脈なのかもしれない。霊穴が近いのだろうか?
新しい強化魔法の応用で木々を避けると、各段に歩きやすくなった。スカートに枝が引っ掛からないないだけで、随分と気が楽になる。すぐに、前方に追っていたニジニ軍が見えてくる。そう、奴らは椿を半ば置いてけぼりにしていったのだ。一応、馬車から降りて何の役に立つのかわからなくなった御者くんが付いてきてはいるが。
そのニジニ軍は寡兵を更に道を開いて進む隊と、その後方で警戒する隊に分けていた。
やがて後方部隊は、椿の強化魔法の範囲に入っていく。急に周りの木々が左右に別れていく様子に、後方部隊が混乱を始めてしまった。
『※※※!?』
『※※※※※!』
『※※!』
慌てる部隊に御者くんが追いすがり、なんとか状況を説明して落ち着かせた。御者くん、役に立ったな。
魔法のある世界の住人のくせして、ニジニ軍は慌てすぎだと思う。
「これ、椿さんがやってるんですか?」
声を掛けてきた茜は、どことなくワクワクした感じを見せる。こちらの方が順応性は高い様子だ。
「うん、身体強化魔法をモノにも使えるんだけど
植物が相手だとある程度、動かせるんだよね」
「それ、私達の後ろからできますか?
進路はマーリンさんが決めているので
指示が見える範囲から付いてきてください」
前に出ろと言わないあたりは、椿への気遣いなのか、自分が前に居たほうが早いとの判断なのか。伝えることを伝えた茜は、スタスタと先頭に戻っていった。それを見た兵たちは、落ち着きを取り戻し半分、慌てて隊列を戻していく。
よく考えなくても、道が開くと言うことは、前方に何かしらが現れても対処が簡単と言うこと。なんせ、障害物が無くなるのだ、茜の反則な魔法を妨げるものがない。茜も日本人らしく、無闇に木々を払って進むことは好まないのかもしれない。少なくとも、道中の木を丸ごと切り払ったりはしていなかった。
野宿も思ったより快適に過ごせた。ここが深い森だと言うことと、新しい身体強化魔法の使い方を得たことのおかげだ。小屋を作ることは流石に無理だが、衝立のように木々の向きを揃え、ヤブを編む、外敵が侵入できる方向を少なくすることができた。見張り曰く、これだけでも随分と対処がしやすいとのこと。
それから、徒歩での行軍は3日を数えた。馬車で進んだ分を合わせると、京都から神奈川に着く頃だろうか。
ジャングルの様相を見せていた森も様子が変わってくる。木は低く、下草も少なくなってきた。どことなく、手入れをされた庭園を想起させる。
そんなファンタジー感を増した中で、一行は集落のようなものに突き当たった。こんな森の中に何の? と思うだろう。当然のこと、ヒトではない。青鬼さんが山盛り居たのだ。
しかし、悲しいことに相手が悪い。どれだけ数が居ても勇者の前では意味をなさない。むしろ密集した青鬼は、良いように雷が伝播して被害を広げるだけになる。無双系のゲームでも、ここまであからさまに蹂躙する技はない。
ものの数秒で、見える範囲に立っている青鬼は居なくなった……
『お嬢様の魔法も大概ですが、アレには敵いませんね』
『ねえ、魔王ってのが可哀想になってきたんだけど』
『もう餓死しないようにだけ気を付けたら良い気がしてきましたー』
『ニジニは失敗しましたね、他の人員はすべて兵站を担うべきです』
椿と3馬鹿のボヤキを聞いていたマーリンも、うんうんと頷いている始末だ。
「茜ちゃん、はいコレ」
「なんですかコレ?」
「うん? ユ○ケルみたいな物よ」
茜の魔力は大して減っていないが、ポーションでどれほど回復するのか確かめておいたほうが良い。
「……何も味がしないんですね。
ちょっと甘いものを期待したんですけど」
それはオロ○ミンCではないだろうか。
ともかくポーションの効果で、茜の身体には魔力が戻った。どうやら、魔力の総量はシェロブと大差ないようだ。つまるところ、あの雷の魔法は相当に燃費が良いということになる。
ポーションはまだ山盛りある、茜がいれば外敵の心配はなさそうだ。
ゲームでチートすると、作業感が増して飽きが早くなると聞くが、今が正にそうだ。もう、茜ひとりでいいんじゃないかな? と、周りが自分の存在価値に疑問を抱き始めているところさ。真面目なマーリンくんだけは、椿からポーションを数本せしめて、不測の事態に備えようとしている。
とっとと、霊穴の始末を着けて、移動の苦行から解き放たれたいものだ。
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