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第40話 あれよあれよと

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 現れたのは確かに、昨日のお爺ちゃんだ。

 はて、この連中とは、どういう関係なのだろうか。

 さっきまで言い争っていたおっさんふたりが、打って変わって共闘しだした。ハゲな……派手なおっさんと糞司祭は、揃ってお爺ちゃんに詰め寄り身振りを交えて激しくツバを飛ばしている。

 顔色ひとつ変えないお爺ちゃんとは対象的に、ハゲは頭頂部まで真っ赤になっていく。どう見ても形勢はお爺ちゃんに傾いているのが分かる。ついには、言いくるめられたのだろう。ハゲがもの凄い形相のまま二の句を告げなくなった、今にも地団駄を踏み始めかねない様子だ。

 お爺ちゃんはフゥと短く溜息を零すと椿に振り返る。それから手招きしてみせると部屋から出ていった。まあ、付いて来いって事は分かるんだけど…… 目的が分からず、付いて行きかねているとお爺ちゃんが戻ってくる。入口から上半身だけだして、お茶目にちょいちょいと手招きしてくる。

 ハゲと糞に視線を向けると、ふんっと鼻息も荒く入口を指し示してきた。どうやら話が着いたのだろう、付いて行けと言っているようだ。

 みんな忘れているが、椿は手枷と足枷をしたままだ。しかし、誰も外そうとしてくれない。

 仕方がないので、枷に篭めていた魔力を身体に戻し、強化の魔法を解く。途端に金具が崩れてバラバラになった枷が、ぼとぼとと床に落ちた。糞は溜息をひとつ付いただけだが、ハゲはずいぶんと驚いていた。糞の方は、椿に対する拘束がムダである事を把握していたのだろう、女神官から報告が上がっているに決まっている。いや、現場に居たっけ。

 自由になった足で、部屋を出た。



 部屋を出ると、正面に中庭が見えた。ここは円筒形の建物らしく、内部に中庭を備えているらしい。1階層ごとに180度向かい側に階段が備えられているのが分かる。単純に、建物を出るための移動距離をかさ増ししているのだろう。ここは、4階にあたる場所だ。……耳長どもは、どうやって窓に到達したんだろう? まぁ…… 異世界だし、空を飛んできたとか、色々やりようがあるんだろうけど。

 しかし、寒い。

 椿は寝巻き1枚しか着ていないのを思い出した。そして、思わずお爺ちゃんに声を掛ける。

「ちょっと待って、おじいちゃん。
 この格好で出歩くのは正直ちょっと寒いし、恥ずかしいのだけど」

 寝間着の裾をつまんで持ち上げてみせる。途端に、お爺ちゃんが顔をしかめてしまう。
 あ、ノーパンなのを忘れていた……

 すると、後ろから例の白い人がスイッと出てくる。何故か、当たり前のように付いて来ている白メイド、改め白侍女さん。その白い人は、お爺ちゃんに二言三言告げると、手近な部屋に入っていった。

 お爺ちゃんが、椿に付いて行くように部屋を指し示している。いつの間にか、女神官までしれっとお爺ちゃんの隣に控えていた。そして笑顔だ。


 ・・・・・


 白侍女さんに続いて入った部屋は、先程の座敷牢と変わらない間取りの部屋だった。既に、白侍女さんが床から何かを取り出しているのが見える。

 おぉ、何度見ても不思議な能力だ。白侍女さんが、床から次々と何かを引っ張り出してくる。その内、ニョッキリと木薙刀が出てきてやっと気付いた、椿の荷物だ。

 ベッドに椿の服を並べる白侍女に手招きされる。近付くと、するんと寝間着を脱がされた。今、寝間着が身体をすり抜けていった! 白侍女さんの魔法だよね、何とも不思議な感覚だ。そのまま、いつもの服を着せ付けてくれる。着るときは、普通に着せられた。

 むむ、しかも服がすべて洗濯されている。なんかちょっと控えめだけど、いい香りがする。そう言えば、替えを買ったにも関わらず、一度も着替えていないし、洗濯していなかったな。また、臭うようになっていただろうか。……気をつけよう。



 しかし、異世界の衣装に言うのもなんだが、大分に着慣れてしまった。この格好が一番落ち着く。特に靴だ、革靴なんて固くてしんどい印象しかなかった。でも、この靴の革は柔らかく、履いたことはないが、地下足袋やらがこんな感触なのでは、と想像できるものだ。このまま冬を迎え、寒さで硬くなる傾向の革であって、どれだけ快適さを保つかが楽しみでもある。

 いや、帰れるなら直ぐにでも帰りたいのだが。その際は、是非この靴を持って帰りたい。

 その他、鞄などもすべて揃っていたが、肩掛けは中身を漁られた形跡がある。袱紗を開いて確認したが、手紙は無事なようだ。まあ、これも読まれているかもしれないな。人に宛てた手紙を本人より先に読むなんて、当該者は地獄に落ちるといい。

 着替えを終えて部屋を出る。お爺ちゃんは椿の顔を見るなり、すぐに歩き始めた。

 円筒の建物から出ると、ずいぶんと体感温度が下がった。この外套に裏地をあてれば、更に寒さを凌げるだろうか。いずれ改造しようかな。

 敷地内を歩きながら寒さ対策に思いを巡らせているのは、ここが高台にあり、風が強かったためだ。14つ目の駅から見えた対岸の、一番端かつ高い位置にあった建物がまさにここだろう。お城っぽい建物からは離れとなっている。敷地内には、教会の街の中央にあったものと同じ規模の教会が確認できる。お城自体も、王都のものと遜色ない。本当は、こっちが王都なのだろうか?

 王様か領主に顔通しするのかと思っていたが、城の玄関を素通りして門から出ていく。門番や哨戒の兵達は、お爺ちゃんを見かけると畏まって道を譲る。このお爺ちゃん、実は城の関係者でかつ、偉い人なのか。まさかの王族か?


 ・・・・・


 てくてくと小1時間は歩いただろう、お爺ちゃんの店に戻ってきた。馬車も使わずに、だ。お爺ちゃんは随分と健脚らしい。それにしても、王族はもちろん、貴族なら護衛も付けずに歩くとは考えられない。お爺ちゃんの正体が分からん。分かるのは、錬金術オタクってところだけだ。

 そのまま、店の奥まで案内される。

 店の奥は案外広く、ダイニングのようになっていた。そこからは更に奥の母屋へ繋がっているようだ。短い廊下を抜けると、吹き抜けのホールに出る。両開きの扉が玄関だろうか、このホールはロビーも兼ねている様子だ。入ってきた反対側から1階の奥に続く廊下が見える。建物が横長なのは、この街が半島の山肌に沿っている事情によると想像ができる。
 お爺ちゃんは2階に上がり、一番手前の部屋を開いてみせた。椿を指差し、中へ入るように促す。

 中は、これまで泊まってきた宿の部屋に比べると3倍ほどの広さがある。ベッドを始め、机やクローゼットまでしつらえてある。窓はガラスが嵌められ、カーテンを備えているあたり、かなり近代的だ。これで電気でも通っていれば、地球の下手なホテルよりは快適そうだ。

 白侍女がするすると椿から鞄を引き剥がし、棚に収めてしまった。

 そのまま、鞄を漁ってザラ半紙の綴じ本を取り出してきた。まあ、中身は把握されているだろうとは思っていた。これなら、椿が異世界の人間であると分かっていても可怪しくない。少なくとも、異国人であるとは認識しているだろう。

 お爺ちゃんが白侍女さんから本を受け取る。椿のイラストと日本語を指さしてから、カミラから教わった僅かに書かれたこちらの世界の文字を指さして読み上げる。そして、自身を指さしてから、椿を指さす。なんとなく分かってきた、言葉を教えてくれるのだろう。この部屋は、それまで滞在するために用意されたのだ。

 椿が頷いて見せると、お爺ちゃんは昨日の別れ際に見せてくれた優しい笑顔で応えてくれた。
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