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第21話 ポーションの効果

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 翌朝もよく晴れていた。

 部屋の窓にガラスはなく、板戸の跳ね上げ式になっている。どうやら気密性はよくないようだ。目が覚める程度の明かりや、外の気配が入ってくるのだ。

 そして僅か一週間とちょっとで夜明けと共に起きる習慣がついてしまった。まあ、起き出した人の気配がするからな。皆がそうしているのだ、私も従った方がよい。郷に入っては郷に従えと言う奴だ。

 貴重品の塊であるウェストポーチだけ身につけて1階に降りる。左腕が体に固定されているため、着替えもせずに居たら、女将さんから『はしたない』を頂きました。着るのが難しかったのだよ、勘弁してください。

 思えば、この世界で最初に覚えた言葉だな、はしたない。

 はしたないを連呼する女将さんが、袖を通さないストールのようなものを貸してくれた。今朝は、スープに干し肉のようなものが加わっている。ちょっと臭みがあるが、久々に肉らしい肉を食べて満足する。

 食事を終えた頃、図ったようなタイミングで男が現れた。

 机の上に、汚い色の石と、耳を置いていく。多分、ゴブリンの耳だ。何故、耳を置いていくのだ…… 思わず絶句して男を逃しそうになった。

「ねえ、『ポーション』の使い方を教えて」

 異物の説明もなく出ていこうとする男に声をかけて、慌ててポーチからポーションを取り出した。ガラス容器をふりふりして見せる。男の顔が順に、おま、それ、初めから出せよ、と言った感じで変わった。この世界の顔芸のおかげで、言葉が通じなくても割と意思が伝わってきて大変に助かる。

 何だ? 自慢か? と片眉を上げて顎をしゃくって見せる男に、使い方が分からないと伝える。男から目を離さずに、瓶を傾けて飲むふりをしてみたり、頭から被るようなポーズをしてみせる。今度は反対側の眉を上げた男、どうやら理解してくれたのか、椿から瓶を取り上げた。

 女将さんを呼んでから、椿の体に腕を固定している包帯を解き始めた。腕の、まだ腫れの残る場所を露出させてから、改めて体に腕を固定していく。何事か椿に断りを入れてから、布を添えながらポーションを半分くらいを塗りたくる。半分ほど中身の残った瓶を渡され、男はくいっと飲み干す仕草をする。

 示された通りにポーションを飲む、意外にも無味無臭だ。喉を通るポーションが、すぐに反応しているのが分かった。温湿布を張ったような感じと言えばいいだろうか。折れた骨の周りでは筋肉や組織が炎症する。それが腫れの正体だが、そうした老廃物と反応するかのように体が熱くなる、まるでお酒を飲んだように。

 ひょっとしてと思い、ポーションの効果に身体強化の魔法を重ねてみた。腫れた腕に魔力を集めて、散らすイメージだ。見る見る腫れが引く、痛みも消えていった。異世界、すげーな。

 男がヒューッと口笛を吹きながら、椿の腕を固定している包帯を解いてくれた。

「※※※※※※※※※※※※※、※※※※」

 豪快に笑いながら、背中をバシバシ叩いてくる。どうやら褒めてくれているようだ……

 それから、ゴブリンの耳らしきものと、ツヤツヤの黒い石を指さして持っていけと言っているようだ。異世界だから、何ぞ意味があるのだろう。だが耳は要らん、石だけポーチに放り込んだ。

 そこに、椿のシャツを持って女将さんがやってくる。なんと破れた袖を直してくれている。ありがとう、と思わず抱きついて感謝を述べると、豪快な笑い声を返してくれた。笑い方が似てるな、この二人は親子なんだろうか。

 その場で着替えようとすると、また『はしたない』を頂きました。
 男が顔を真っ赤にしている、割りと純情な奴だったようだ。

 着替えを終えた椿は、男と広場に出る。すると兵舎の脇に、部長一味の死体が並べられていた。片方の耳がなく、胸も開かれていた。あの耳と石の出処はこれかな……? 石はひょっとして心臓なのか?! 先程の石を取り出して、男に示してみせる。頷いた男はゴブリンの開いた胸を指差してみせた。うーむ、不思議生物だな。

 よく見ると、ゴブリンは全部で12体ほど居る。昨晩、男が手伝ってくれなかったのは、反対側でゴブを始末していたからかもしれない。椿が相手をしなかった6体には、一回り大きい部長級が混ざっていた。やっぱり、この男も体型に似合うだけの実力があるようだ。椿と違って無傷なあたり、相当使えるのだろう。

 胸を開いて心臓を取り出すのはどんな理由なのだろう。それをしないと復活するのだろうか。



 そんなこんなをしていると、陽が高くなってきた。追っ手がかかっていたら、もう近くまで来る頃だ。

 昨晩の内にこの世界の水筒予想を幾つかイラストに起こしておいた。男を突付いて、イラストを見せてから井戸を指差す。

 はぁ? 水筒もなしに此処まで歩いてきたのか? って顔を頂く。本当に分かりやすい。兵舎に戻った男が、でかい革袋を持ってきた。革の水筒か…… たしか匂いが入れている水に移ると聞くな。いや、我侭だったか。いずれ、予備が手に入ったらポーションづくりの応用とかで革を変質できないか試してみよう。

 手渡された水筒は大分古くて汚れている。男が自分で洗えよ、とばかりに井戸を顎でしゃくると、手をヒラヒラして仕事に戻っていった。

「ありがとう~」

 手を振り返して見送った。

 水筒は井戸の水で中を洗いで、外側もぐいぐいと汚れを落とす。まあ、埃まみれなだけで変なものは付いていない。ある程度は綺麗になったので、中に水を入れてから口を付けてみた。うん、水だ。もう少し長いこと入れっぱなしにすれば匂うのかもしれない。水筒自体は、財布の革の匂いとかとは違う、何か独特な匂いだ。なめし方が違うのかな?

 宿に戻り荷物をまとめると、すぐに出発の準備をする。水筒は直接、腰に引っ掛けることができた。

 女将さんに頭を下げて礼を伝える。もう行くんかい、みたいな顔をされた。名残惜しいが仕方ないのだ。
 もう一度ハグして、この世界風の手ヒラヒラを送って別れた。



 すでに木戸は空いており、馬車が1台通過していくのが見えた。馬車を追うように木戸をくぐると、脇に控えていたおっさんの一人が手を振ってくれた。

 水筒を貰ったきり、あのごつい男には会わず仕舞いになってしまった。
 まあ、いずれ会うだろう。カミラに会いに戻ってきたいからな。
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