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第17話 居場所

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 返済のお金が貯まった。

 服飾屋を訪れてから更に3日が経っている。
 次は靴下や下着など、替えのものを買おうと余分にお金を持ち出してきた。最近は洗濯物が乾くまで、カミラのワンピースを借りているが、丈も短いしノーパンは不安だ。いっそ裸のほうが、……おっと危険な考えだ。

 今日は朝から曇っている。通りを行き交う人々もどこか急ぎ足だ。

 天気のせいかと思っていたけど、どうやら何か不穏な雰囲気がする。兵隊さんの姿が多いのだ。そう言えば、カミラがポーションの需要が増えているような事を言っていた。30個までだった買い取りの上限が撤廃されたようなのだ。数日分のつもりで作り置いた分を、昨日すべて売り払ってきたのがその証拠になる。おかげでお金が貯まったけれども。

 人が少ないのであっという間に店に着く。

 今日は他の客が居ない。店長の周りに店員達が集まって、何やら重苦しそうな表情で額を突き合わせていた。
 側まで近づいてやっと気付いてくれた店長に巾着袋を手渡す。袋を受け取る店長の手が微かに震えていた。店員達も、敵意は消えたがどこか余所余所しい。

「※※※※※※? 『お城』※※※※※※※※※※※※」

 その時、後ろから声を掛けられた。
 数人の兵士と、立派な鎧を着た壮年の美丈夫が居た。

 そりゃそうか……、剣を返しに城に行ったとしたら、椿の事も話に上がったに違いない。先日の訪問で、裸の女はたしかにこの店に来た。街に残っていると自分で宣伝したようなものではないか。

「私に何か御用ですか?」

 身構えて、少し強めの口調で問いかけた。
 壮年の男性は椿が何故、警戒して身構えるのか理解できないように見える。少し戸惑うように言葉を重ねる。

「※※※※※※、※※※※※※※※※※」

 丁寧な口調だ。兵士たちは特に椿を取り囲むことはしない。冒険者ギルドで体験したような険悪さはない。

 椿は警戒を解かないまま、視線だけ向け店長に『金貨』と伝える。店長が中身を取り出したのを確認して、袋を返してもらった。

「下着の替えが欲しかったのにな……」

 椿はぼやくと、走ってその場を逃げ出した。



 兵士たちは逃げる椿に慌てはしたが、追いかけてこなかった。
 これはカミラの家に居ることもバレている可能性がある。

 店長に義理を果たしたし、このまま街を出ようか。お城で人ひとり殺しているのだ。ただでは済まないと思う。
 でも、カミラに一言もなく出ていくのは嫌だった。1週間ちょっとだが、随分世話になっている。正直、離れがたい。
 言葉も分からない椿を住まわせてくれた。ポーションづくりを教えてくれた。言葉も教えてくれた。この先の生活に多大な影響があるだろう。感謝しかない。



 家の周りに兵が居ないことを確認してから中に入る。幸いカミラは出かけずに居てくれた。

 険しい表情の椿を見て、何かを察しているようだ。カミラは椿と違い、ここのところの城の動きも耳に入っていたのだろう。椿が城で人を殺していることも知っていたのかもしれない。

「『お城』『兵隊』、私を追ってる。
 このままだと、カミラに迷惑を掛ける。
 だから、出ていこうと思うんだ。『さよなら』を伝えておきたくて」

 外に人の気配が増えてきた。
 カミラは壁棚から、ウエストポーチを持ってきて無言で椿の腰に巻いてくれる。
 そのままカミラは玄関を指差し、行っておいで、と多分そう言って送り出してくれた。

 この家には、玄関と勝手口がある。いつも使うのは大きな窓辺のそばにある勝手口の方だ。入ってすぐが台所になっている。玄関を使うところは見たことがないし、カミラが近寄るところも見たことがない。玄関の傍らにはカミラのサイズより大きなコートと、子供用だろう小さなコートが掛かっている。玄関側の机の上には、本と眼鏡、帽子や小さなカバンが置きっぱなしのまま、薄くホコリを被っている。

 カミラはどこか自堕落な、孤独な雰囲気をしている。椿を家に置いたのも、何か寂しさを紛らわすためだったのかもしれない。

 椿は床に積もったホコリに足跡を残しながら玄関へ向かう。振り返るとカミラがスカートの前掛けをギュッと握ったまま、こちらを見ているのに気付いた。

「ありがとう、また会いに来るから」

「※※、※※※※※※※※※※」

 手を振る椿に、カミラがいつもの気怠い笑顔で手を振り返してくれた。



 玄関を出た路地には誰もいない、椿は急ぎ足で城門へ向かう。
 振り返る家が少し、騒がしくなった気がした。

 椿は感傷を振り切るように走り出した。
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