アンチ・リアル

岡田泰紀

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アンチ・リアル 10

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「アンチ・リアル」 10

山盛との最初の打ち合わせ日が決まったものの、日出郎は、やっぱり請けるべきではなかったのではと後悔している。

「とにかく驚くぞ。マジでメチャクチャだから。
狂ってるとしか言いようがない」

山盛はことさら煽った口振りだが、お楽しみはとっておきたいらしく、どんな風に狂っているのかはお茶を濁すだけにとどめている。
いやな男だ。

しかも、注文書も一緒に用意しておくと言う。

山盛のいい加減さに辟易している日出郎にしてみると、条件通りに対応してくれたにも関わらず、その方がよっぽど狂ってるようにすら思えた。

しかし、後悔は、それが山盛とのディールだということが理由ではない。
もっと何か、嫌な予感がしてならないのだ。

それは、今回の話が出るまで、世間から自らの存在を削除した藤田明人そのものにある。
山盛との最後の案件となったのは、例の、藤田最期の設計の現場だった。

会社を辞めてフリーランスになった日出郎にとって、その案件は実に悩ましいものだった。

山盛はその案件で、LDKと共用部の造作と、造り付け家具を請け、その施工図と段取りを日出郎が担うこととなった。
何しろ総工費は5億越え、しかも、前代未聞の新聞広告を打った、藤田最期の仕事である。
このエリア最高の注文住宅の物件になることは最初からわかっていた。

日出郎は会社勤めの時に、幾度か藤田設計の仕事に携わっていた。
藤田の設計は、モダンでシャープでありながら、非常にスタティックで、冷たい感じのない優れたものだった。
また、藤田自身、デザイナーにありがちな傲慢さはなく、謙虚な人柄はとても好ましい印象を与えるものだった

筈だった…

しかし、自ら「葬式」を演出した藤田は、羊の皮を脱いで狼になっていた。

それまでのキャリアが嘘のように、ストレートにフランク・ロイド・ライトへのオマージュを炸裂させたデザインは、ライトがそうであったように、細部の装飾から家具や照明器具のデザインに至るまで、すべて藤田一人で行っていた。
それは、ほとんど狂気の域に達していた。

新建材はほとんど用いず、外装タイルは特注で焼き、サッシュはすべてステンレスの別注にフッ素加工を施し、木部はナラとウォールナットの無垢材しか使用しない徹底ぶりで、受注したゼネコンから、各業種のサプライヤーすべてが、藤田の狂気に弄ばれた。

日出郎もその例外ではなく、書く施工図すべてが鼻で嗤われる経験は、後にも先にもあの時だけだった。
かつて、藤田アーキテクトアソシエーションの所長時代は、謙虚な人格で鳴らした藤田は、別人のように冷徹な皮肉屋と化し、現場は息も詰まるほどの緊張感で包まれていた。

一人の人間が、あれほど変貌するのを見たことがなかった。
それは、仕事のクオリティ同様に、恐ろしく悪魔的であったのだ。

その藤田が、自宅を建てるのだ。

恐ろしくない訳が、ないではないか。
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