ポルノグラフィア

ポルノグラフィアseason 2 5

「ポルノグラフィア」season2   5

 車を走らせながら、井上は、日菜子はいつ頃からあれを知っていたのだろうと思った。

卑猥な画帳に、忍ばせた言葉は、どちらも暴力的だ。

俺は、そんな暴力的な感情に、支配されるつもりはなかった。
そして、日菜子も、それは同じだろう。

互いに本質は無自覚のまま、自覚的行動の中にやってはいけないような事をしている。

そんな、わかったような、わからないようなことを考えたところで、お前は結局堂々巡りしているだけじゃないか…

国道23号を西に向かい、飛島村に左折する。

ロジスティクスの拠点で税収が潤う、この巨大な埠頭のような広大な干拓地は、他の自治体をおんぶするのが嫌で、蟹江町などの近隣自治体との合併を拒んだ。
荒涼とした風景は、トラックやトレーラーが走る広い道路の脇の植栽、田圃、まばらで寂れた民家、そして埠頭のメイン道路の脇に点在する倉庫や配送所以外に、目につくものはほとんどない。

「まずは相談を…」と書かれた、古い港湾組合の看板が目に入る。
乗船員がストレスや、生活不安から、酒や博打で身を持ち崩していくことを暗示していた。

井上は昔から、こんな風に張り詰めた時は、この荒涼として、人影が全くない場所を意味もなく車で流しにくる。
それも、緑の無い、冬の頃に限った。

車では、阿部薫や、マーラーの交響曲第10番を流している。

マーラーは交響曲9番を書き上げた後、連鎖球菌に侵されながら、10番のスケッチを書いた。

美貌の才媛だった妻アルマとの間に生まれた娘を幼くして病気で失い、一回り以上歳の離れた妻が、画家のオスカー・ココシュカと不倫にある中、人生の苦難を惜しみなく投下したこの曲の譜面には「君のために死のう、君のために生きよう。アルマ」などと悲劇的な書き込みがいくつも書かれていた。

未完の10番をアルマに委ね、マーラーは死ぬ。
このスケッチを元に、デリック・クックが復元したことで、今、こうして、井上は聴くことができるのだ。

最後に建築家のワルター・グロピウスと再婚したアルマは、音楽、美術、建築の伴侶となった。
それは、自身の想いに忠実に生き抜いたということなのか？

日菜子は、どうするつもりなのか？

どん詰まりまで行くと、Uターンして、伊勢自動車道に入り、名港潮見で降りる。

こちらも、同じように人影の無い景色が続く。
違うのは、パイプまみれのプラントがあるぐらいで、人工的で、寂れた景色のまま、井上は歯を噛みしめながらハンドルを握る。

苦みばしってばかりいて、感情もままならぬまま、俺は何をやってるのだ…

仕事を放り出してきたのはいいが、日斗志も帰ってくるだろう。
夕食の支度もある。

そして、日菜子も帰ってくる。

俺は、日常に生きる男でいられるのか？

その答えは、どこかでつけねばならない。