ポルノグラフィア

ポルノグラフィア 22

「ポルノグラフィア」22

井上は、山田に、ポルノグラフィティをオーダーするか迷っていた。

世界に一冊の、自分のために創られた本。

しかし、もちろん安くもない。

よく、秋田から借りた山田の作品を思い出す。
記憶を手繰れば、それは所有したいという欲望を呼び起こさずにはいられない。

井上は、「茨」という居場所ができてから、淫らな絵を描くことがなくなった。
日菜子が一緒に暮らし始めたことも、きっと理由の一つなのだろう。

しかし、「茨」は、もう無い。

そして、秋田とは連絡を交わすことも無い状況が続いている。
お互い、自分から声をかけにくいと感じている。

気にはなるが、働きかける気持ちにはなれない。
いや、なれないのではなく、何となく手持ち無沙汰な感覚なのだろう。

井上は、また絵を描こうか迷っている。

欲望は、犬のように、井上の脳内をうろつき回る。
それは、極めて厄介だ。

元々、性的な存在であった自分が、長い月日、異性と交渉を持たずに生きている。
よくも罪を犯すことなく、サヴァイブできているなと、我ながら感心しなくもない。

性的ではあっても、道義的でもある。
性的であることは、反社会的であることも避けられない。
道義的であることは、人として認めがたいことを律し、乗り越えようとする。

炎は紅蓮に立ち昇り、氷は蒼く閉ざす。
二つの情念が、交わることはない。

あらかじめ断絶した魂を引きずりながら、俺は日菜子と日斗志と生きていくのか…
いや、生きていくことができるのか？

井上は、図面を打ち込む手が止まり、自分の自意識の堂々巡りに嫌気が差した。
コーヒーを淹れると、気持ちを変えようと少し休むことにしたが、さりとて気持ちが変わる気もしない。

井上はスマホを手に取った。
少し迷った。
そして、やめた。

秋田に、聞くこともない。
山田には、もう少し間を置いて会いたい。

日菜子を除いて、自分のことを語れる相手を、まるで作ってこなかったのだ。

そのツケは、自分自身で払わねばならないのだろう。