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ポルノグラフィア 17
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「ポルノグラフィア」17
日出郎は、料理をすると気持ちが落ち着くと言う。
日菜子には、それがまるで理解できない。
日菜子は、井上と暮らすようになって、かつては何も家事をしなかった兄の変貌に少なからず驚いたが、それを口にはしなかった。
独り暮らしを始めた頃からずっと、自分の食事はなるべく作ってきた。
外食も、出来合いも、好きではなかったからだ。
しかし、料理をしていても、気が休まりはしない。
できることならしたくなかった。
日菜子にとって、母の味は、記憶にない。
それがためか、料理の最中、自分が根なし草だと、未だに思ってしまう瞬間がある。
それは、自分の料理を不味い気分にさせる。
兄妹は、家庭的な料理を味わうこともなく大人になった。
二人の面倒をみた祖母は、食事は出来合いのものを買ってくるか、冷食だった。
散らかしはしないが掃除は苦手で、辛うじて洗濯だけは普通といった親代わりの存在は、家族としてというより、ぼったくりのいんちき家政婦のようだった。
家にあまり金を入れない父親は、相変わらず釣りとゴルフに散財し、子供たちを祖母に押し付けて知らん顔だった。
本人がいない時にだけ、祖母は自分の息子のことを、孫たちの前で延々と愚痴るのだった。
親も子も、自分にも家族にも向き合おうとしない、そんな環境は、居場所にはならない。
日出郎とわたしは、なかなか最低な暮らしだったんだ。
大人は、ろくなもんじゃない。
そう思って生きてきたけど、そんな自分は一度も結婚することなく、もう40になった。
大人どころの騒ぎじゃない。
日菜子は、料理は悪くないのに、好きにはなれないと言った。
井上には、わからなくもない気がした。
かつて祖母に世話になっていたあの家は、キッチンなんか無くてもいいような生活しかなかった。
子供には、選択などできない。
その生活の中で、やり過ごす以外にない。
離婚する前から、自炊のことは考えていた。
料理を始めると、無心になれることが、ストレスから逃げる効果的な作業になった。
それは、井上には意外な発見だった。
山田が、拘ったものを作る癖に「料理には拘らない」とうそぶく気持ちも、井上にはわからなくもない。
それでも未だに、料理の最中に、会話もなく、美味くもない食事のためにテーブルを囲んだあの頃を思い出す時があり、今でも気分が悪くなる。
父親は釣りが好きだったが、自分の息子を連れていこうなどとは一度も思わなかったに違いない。
誘われても、苦痛だったろうから、放っておかれて助かったぐらいだ。
日菜子がいなかったら、まともな人間でいられた自信は、井上にはなかった。
日菜子もおれも、悲惨とまでは言えないにしても、まあまあにクズな人生だったんだ。
大人は、ろくなもんじゃない。
何といっても、妻を棄てた自分がろくなもんじゃない訳だから、大人どころの騒ぎじゃないなと、井上は思った。
日出郎は、料理をすると気持ちが落ち着くと言う。
日菜子には、それがまるで理解できない。
日菜子は、井上と暮らすようになって、かつては何も家事をしなかった兄の変貌に少なからず驚いたが、それを口にはしなかった。
独り暮らしを始めた頃からずっと、自分の食事はなるべく作ってきた。
外食も、出来合いも、好きではなかったからだ。
しかし、料理をしていても、気が休まりはしない。
できることならしたくなかった。
日菜子にとって、母の味は、記憶にない。
それがためか、料理の最中、自分が根なし草だと、未だに思ってしまう瞬間がある。
それは、自分の料理を不味い気分にさせる。
兄妹は、家庭的な料理を味わうこともなく大人になった。
二人の面倒をみた祖母は、食事は出来合いのものを買ってくるか、冷食だった。
散らかしはしないが掃除は苦手で、辛うじて洗濯だけは普通といった親代わりの存在は、家族としてというより、ぼったくりのいんちき家政婦のようだった。
家にあまり金を入れない父親は、相変わらず釣りとゴルフに散財し、子供たちを祖母に押し付けて知らん顔だった。
本人がいない時にだけ、祖母は自分の息子のことを、孫たちの前で延々と愚痴るのだった。
親も子も、自分にも家族にも向き合おうとしない、そんな環境は、居場所にはならない。
日出郎とわたしは、なかなか最低な暮らしだったんだ。
大人は、ろくなもんじゃない。
そう思って生きてきたけど、そんな自分は一度も結婚することなく、もう40になった。
大人どころの騒ぎじゃない。
日菜子は、料理は悪くないのに、好きにはなれないと言った。
井上には、わからなくもない気がした。
かつて祖母に世話になっていたあの家は、キッチンなんか無くてもいいような生活しかなかった。
子供には、選択などできない。
その生活の中で、やり過ごす以外にない。
離婚する前から、自炊のことは考えていた。
料理を始めると、無心になれることが、ストレスから逃げる効果的な作業になった。
それは、井上には意外な発見だった。
山田が、拘ったものを作る癖に「料理には拘らない」とうそぶく気持ちも、井上にはわからなくもない。
それでも未だに、料理の最中に、会話もなく、美味くもない食事のためにテーブルを囲んだあの頃を思い出す時があり、今でも気分が悪くなる。
父親は釣りが好きだったが、自分の息子を連れていこうなどとは一度も思わなかったに違いない。
誘われても、苦痛だったろうから、放っておかれて助かったぐらいだ。
日菜子がいなかったら、まともな人間でいられた自信は、井上にはなかった。
日菜子もおれも、悲惨とまでは言えないにしても、まあまあにクズな人生だったんだ。
大人は、ろくなもんじゃない。
何といっても、妻を棄てた自分がろくなもんじゃない訳だから、大人どころの騒ぎじゃないなと、井上は思った。
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