29 / 29
トリプティック 29
しおりを挟む佐藤以外、社の人間は誰一人自分の部屋を知らない筈なのだが、巴は詐病の身で外出することに気が引けた。
いや、それもそうなのだが、それ以上に姉の静に会うこと自体が気が引けるのだ。
何で自分から電話なんかしたのだろう。
何で自分から会いたいなんて言ったのだろうか。
これはホラー映画に出てくる定番のシチュエーションと同じだ。
主人公が得体の知れない存在に怖れおののきながら、逃げもせずにその気配の方へ確認しようと向かうあれだ。
蛇に睨まれた蛙なのだ。
巴は静から直接聞きたいのだ。
どう思っていたのか。
私を
父を
私と父の関係性を
知ってどうなるものではない。
もう終わったことだ。
私たち家族は、今、銘々に自分の人生を生きている。
あの頃のことが何にしても、もう覆水盆に返らずではないか。
でもきっと、姉はずっと思っていたに違いないのだきっと。
あの日、許婚を紹介したいと突然電話してきた。
違う。そんな理由ではない。
佐藤の申し入れに渡りに船とばかり飛び付いた私は間違っていた。
姉の断罪に独りで向かっていくべきだったのだ。
私はすべて間違っていた。
紙一重で地獄の門をくぐらずに逃げおうせたように思っていたけど、父の寵愛に独占と優越感がもたらす悦楽で溺れていたよこしまな娘は私だったのだ。
己の不甲斐なさを棚に上げて被害者の面を被ろうとしてきた。
でも気付いていたのだ。
自分は共犯者だという拭いがたい現実を。
気付かないふりをして、無かったことにして、普通の恋愛に恋い焦がれた。
家族から得られなかった愛を他者に求めた。
一体どの面下げてそんな悲劇のヒロインぶれるというのか?
これは一体何なのだ?
私は男といい感じになっていく筈だった。
佐藤と、言ってみれば相思相愛だと期待しながら、図々しくも女ぶって辛抱強く待っていたのだ。
何なんだその間抜けなプライドは?
しかもその男は私のことは好きだったが他に好きな人ができたとぬかす。
挙げ句の果ては相手は男だ。
そんな合間を縫うかのように避けていた姉が接触してくる。
今まで糊塗してきた家族の罪が甦る。
これは何の喜劇なんだ?
巴は自身に呪詛を浴びせながら、静の待つ店に向かうために部屋を出て玄関のドアを閉めた。
ドアの音が拘首台から落とされるギロチンのように思えたがそんな訳がない。
この21世紀にギロチンなんか見たこともないのだから。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる