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トリプティック 27
しおりを挟む感染症と嘯いて取った休日は、確かにそれは詐病なのだが、メンタルが病人モードに入っていく。
当たり前に熱も無ければ咳も出ない。
どこにも不調などありはしない。
にもかかわらず、気持ちはすっかり病人のそれだった。
巴は何もかも億劫になり、ベッドに横になって時折スマホを眺めては下界の下らないニュースを読む以外はテレビも観なかった。
そもそもカーテンも開けないし照明も落としたまま。
佐藤が仕事帰りに遠回りして、コンビニの買い出しを届けてくれる。
しかし巴は佐藤を部屋には入れなかった。
入れてしまったらしたくなる。
こころが通わないからひとはだが恋しくなるだけ。
したところでふたりのつながりは変わらぬまま。
いい歳をして、私は一体何をこじらせているのか?
佐藤が買ってくるドリアやらパスタやら惣菜パンを糧に人生初の引きこもりを味わう巴には、詐病休みが開けたら適当な御託を並べてご迷惑をかけましたと謝り、微妙な関係の男と同じ屋根の下で働くという針の筵が待っている。
この先、一体どうしたいのかどうにも思い付かない。
たぶん別れてしまうのが一番手っ取り早いのだろう。
しかし、別れるもなにも、そもそも付き合ってすらないのではないのか?
暇を持て余して本でも読もうと思うと、本棚の画集の背表紙が視界に入る。
姉の静と再会した日から、自分の蔵書を見るのが巴には辛い、いや、うまくは言えないのだが「苦い感情」とでもいえばいいのか、向き合うことが困難な想いに迷いこんでしまうのだ。
お姉ちゃんは私を許してはいない。
はっきりといたぶる機会を失した姉から、その後連絡はない。
私を性的対象に育てようとした、そう、グルーミングでもって目的を果たそうとした父を、姉はどう思っていたのだろう?
私は幸運だったのだ。
あと少しのところで、後戻りできない地獄に堕ちるところだったのだ。
本棚にあるいくつもの画集、それは父が買ってくれた図版だ。
二人で最後に行ったフランシス・ベーコンの回顧展の図版を恐る恐る手に取った巴は、グルーミングの余韻に不快な官能性を感じ取って胸苦しくなった。
最早人ではなく肉塊に成り下がった、ベッドに横たわる三体の人物画「トリプティック」を眺める巴は、これは父と姉と私だと思った。
巴は携帯を取ると、何度かのためらいの後で通話を押した。
「巴?」
携帯越しに、静の醒めた声が聞こえた。
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