トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 19

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「ずっと言い出せなかった。

巴の気持ちは当然わかっていて、自分だって同じ想いもあって

でも、自分の気持ちを偽ることもできなかった…」

佐藤の言葉が本心だとしても、巴の気持ちをリカバリーすることはない。
要は、この男は私より好きな人がいて、それが同性だという現実があるだけだ。
そこに巴の気持ちが介在する余地などない。

泣いてすがって彼の気持ちが変わるなら、どれだけでも泣いてやろう。
逆に、この男は心が折れた私のために何ができるというのか?
これは、果たして失恋とでも言えるのだろうか?

巴の頭の中で様々な言葉が氾濫し、その嵐の中を感情の小舟が糸の切れた凧のように翻弄されていく。
整理もできず、発する言葉も潰えて、頼るべき者は永遠の不在だ。

頼るべき者が目前から去るのを、黙って見送るだけの惨めな存在なのか
私は…

「輝君、一つ聞きたいんだけど

田村さんを想っても、それが叶うことはたぶん無いでしょ?
それでも、それでいいのね?」

佐藤はしばらく黙っていたが、何も言わず小さく頷いた。

「人を好きになるっていうのは、自分自身への覚悟なんだよ」

それを覚悟するのは、田村にではなく私でよかったのだ。

「じゃあ」

巴はやおら席を立ち、財布から札を出すとテーブルに押し付け走ってその場を去った。
涙が溢れた。
どうしてかわからなかった。
街の喧騒が脳を素通りするノイズに揺蕩い髪に絡む汗を視姦するバインダーの向こうの自分の心は混線する投げ捨てられた煙草の吸殻のように汚れた舗道の影に滲み打ち棄てられる下着のような夜は何処にも行けない自分のマニキュアに光る指先から2000マイル先の白けた絶望の振りをした男どものよこしまで怠惰な煩悩に塗り固められたクソを抱えて洟を垂らした欲望だ。
みんな消えて失くなればいい。
私もお前も、残らず焼け去ればいい。
死んでしまえ…

気が付くと、佐藤が背後から巴の両腕を掴んでいた。

「巴…」

巴は佐藤に振り向くと、いきなりその口に右手の指を突っ込んだ。

「人を好きになるのが自分自身への覚悟なら、これが私の覚悟よ!」

そう叫ぶと、巴は飛び上がって佐藤の唇を吸った。
佐藤は不意を突かれて、呆然となすがままになった。

「女なんて水みたいなものよ。
言ったってわかんないよね。 
私にもわかんないんだから!」

巴は佐藤の首に両手をかけた。
殺気を覚えた佐藤はその手を掴んでなんとか外そうとした。

巴は力を抜き、佐藤は巴の両腕を掴んでゆっくり降ろそうとした瞬間、巴は身体ごと佐藤の胸に飛び上がった。
度重なる想定外のアクションに佐藤は巴と一緒に仰向けにひっくり返った。

一瞬の判断で頭を上げて回避した佐藤だが、背中全身を舗道に強く打ち付けもんどりを打った。
その佐藤の顔を両手で撫で、巴は再び唇を吸った。

「アンタは私が愛した唯一の男だった。
だからって、どうにもなんないわ。
どうにもね」

そう言い残し、騒然とする周りの人だかりに憚ることもなく、自分の身体を手で払うと巴はその場を立ち去った。
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