43 / 55
せつなときずな 43
しおりを挟む
「せつなときずな」43
オフィスは「ハニーぶれっど」が入居するビルの、同じフロアにあった。
美緒さゆりが同行してくれたが、オフィスにいた代表の杉山が刹那に挨拶すると、「私は席を外すね」と言った。
「その方が、お互い第三者に気を遣わず話ができるでしょ?」
刹那はそれもそうだなと思いつつ、やはり美緒の言葉を額面通りに受け取れない、もやもやした感情が喉元に引っ掛かった。
オフィスには杉山と事務員の女性が一人いただけだが、保育スタッフの管理職用のデスクが並んでいる。
向い合わせに並んだ机の奥正面に、全員を見渡すように杉山のデスクがある。
なんだかドラマで見るような、一昔前の事務所のようで垢抜けないなと刹那は思った。
奥の接客室に通されて、杉山と二人になった。
地味な机を挟み、平凡な茶色の革のソファーに腰を下ろすと、痩身でくせ毛の杉山は、少しだけ公彦を思い出させた。
それは、あまりいいイメージではない。
「美緒から聞きました」
その呼び方から、思っていたようにやはりそれなりの関係なのだろうかと刹那は思ったが、杉山の表情からは何も読み取れない。
「うちで面倒みてもいいけど、福原さんはどうしたいの?」
初対面の相手に遠慮ない言葉遣いで遠慮なく突っ込んでくる杉山に少し面食らったが、刹那も負けてはいない。
「私は美緒さんから会ってみたらと言われただけで、杉山さんのところでどうのとか考えた訳ではありません。
どうしたいのかを考えたくてここに来ましたが、お邪魔でしたら失礼します」
自分でどうして、こんな険の立つことを言ってしまうのか刹那はわからなかったが、なぜか、自分はぎりぎりなんだと心中はっきりと言葉にしていた。
ぎりぎりなんだ、きっと。
杉山はしばらく刹那をじっと見ていたが、「いいでしょう。
ではこちらから条件を話します。
どうしたいか考えたらいい」
そう言うと、スタッフが運んできたコーヒーを促した。
「うちの一時託児所で契約社員として採用するとすれば、週休2日有給社保つきで1日8時間、早番遅番が日によって変わるが時間超過手当ては別で月20万。但し契約なので賞与はなし。
この条件にはさらに前提がある。
うちで働く間に保育士の資格を取得して、ゆくゆくハニーぶれっど保育園で保育士として働くことを受け入れるならという条件だ。
それが嫌ならこの話は無し」
杉山は机に置いた煙草に手をのばすと一本取り出し、火を点けてゆっくりと喫った。
その仕草が、妙に生々しく感じられる。
それが何なのかはわからないが、この男は何か違う、刹那はそう思った。
「さらに、これにはもう一つ前提条件がある」
杉山の表情は全く変わらない。
「田辺裕道の義娘さん、あんたが俺の友だちになってくれたら、このスペシャルな好条件は発行される。
高卒で親族会社に数年居候してただけの経歴で、こんな好条件は一宮には存在しない」
正直、綺麗事でない要求がある気はしていたが、それ以上に想定外の義父の名前が出たことの方が刹那を狼狽させた。
この爬虫類のように艶かしい不気味な男の術中にはまっているのだと理解していながら、感情の整理がつかない。
「どうして…」
「田辺は南山大経営学部の同期なんでね。
もっとも、彼と俺は正反対だが」
杉山の声は小さくやさしいのに、言葉が明瞭に聴こえる。
そんな人間には今まで出会ったことはなかった。
「俺には、あんな高邁な理念など存在しない」
高邁な理念がないなら、「友だち」を要求してくるこの青年経営者には一体何があるというのだろうか?
「援助交際とか、そういう話ですか?」
「友だちに援助はない。
友だちになってから、どんな関係になるかはお互いの問題だ。
ただ、俺は賢い女性しか友だちにはなりたくないんでね」
「高卒ですよ、私」
「君は合格してるよ」
このご時世に、法人の経営者がこんなジェンダー差別をできるのかと刹那は呆れてはいたが、嫌悪感はあまりなかった。
むしろ、賢いと認定されたことに浮かれていることに嫌悪感が先立った。
「美緒さんにもそうなんですか?
黒猫に資金援助してるんじゃないですか?」
刹那は畳み掛けるように杉山に言い放った。
「だとしたら、何か?」
「想像に任せるよ」ぐらいの返しを想像していた刹那は、全く表情も変えず手札も隠そうとしない杉山に、強烈に牽かれていく戸惑いを覚えていた。
オフィスは「ハニーぶれっど」が入居するビルの、同じフロアにあった。
美緒さゆりが同行してくれたが、オフィスにいた代表の杉山が刹那に挨拶すると、「私は席を外すね」と言った。
「その方が、お互い第三者に気を遣わず話ができるでしょ?」
刹那はそれもそうだなと思いつつ、やはり美緒の言葉を額面通りに受け取れない、もやもやした感情が喉元に引っ掛かった。
オフィスには杉山と事務員の女性が一人いただけだが、保育スタッフの管理職用のデスクが並んでいる。
向い合わせに並んだ机の奥正面に、全員を見渡すように杉山のデスクがある。
なんだかドラマで見るような、一昔前の事務所のようで垢抜けないなと刹那は思った。
奥の接客室に通されて、杉山と二人になった。
地味な机を挟み、平凡な茶色の革のソファーに腰を下ろすと、痩身でくせ毛の杉山は、少しだけ公彦を思い出させた。
それは、あまりいいイメージではない。
「美緒から聞きました」
その呼び方から、思っていたようにやはりそれなりの関係なのだろうかと刹那は思ったが、杉山の表情からは何も読み取れない。
「うちで面倒みてもいいけど、福原さんはどうしたいの?」
初対面の相手に遠慮ない言葉遣いで遠慮なく突っ込んでくる杉山に少し面食らったが、刹那も負けてはいない。
「私は美緒さんから会ってみたらと言われただけで、杉山さんのところでどうのとか考えた訳ではありません。
どうしたいのかを考えたくてここに来ましたが、お邪魔でしたら失礼します」
自分でどうして、こんな険の立つことを言ってしまうのか刹那はわからなかったが、なぜか、自分はぎりぎりなんだと心中はっきりと言葉にしていた。
ぎりぎりなんだ、きっと。
杉山はしばらく刹那をじっと見ていたが、「いいでしょう。
ではこちらから条件を話します。
どうしたいか考えたらいい」
そう言うと、スタッフが運んできたコーヒーを促した。
「うちの一時託児所で契約社員として採用するとすれば、週休2日有給社保つきで1日8時間、早番遅番が日によって変わるが時間超過手当ては別で月20万。但し契約なので賞与はなし。
この条件にはさらに前提がある。
うちで働く間に保育士の資格を取得して、ゆくゆくハニーぶれっど保育園で保育士として働くことを受け入れるならという条件だ。
それが嫌ならこの話は無し」
杉山は机に置いた煙草に手をのばすと一本取り出し、火を点けてゆっくりと喫った。
その仕草が、妙に生々しく感じられる。
それが何なのかはわからないが、この男は何か違う、刹那はそう思った。
「さらに、これにはもう一つ前提条件がある」
杉山の表情は全く変わらない。
「田辺裕道の義娘さん、あんたが俺の友だちになってくれたら、このスペシャルな好条件は発行される。
高卒で親族会社に数年居候してただけの経歴で、こんな好条件は一宮には存在しない」
正直、綺麗事でない要求がある気はしていたが、それ以上に想定外の義父の名前が出たことの方が刹那を狼狽させた。
この爬虫類のように艶かしい不気味な男の術中にはまっているのだと理解していながら、感情の整理がつかない。
「どうして…」
「田辺は南山大経営学部の同期なんでね。
もっとも、彼と俺は正反対だが」
杉山の声は小さくやさしいのに、言葉が明瞭に聴こえる。
そんな人間には今まで出会ったことはなかった。
「俺には、あんな高邁な理念など存在しない」
高邁な理念がないなら、「友だち」を要求してくるこの青年経営者には一体何があるというのだろうか?
「援助交際とか、そういう話ですか?」
「友だちに援助はない。
友だちになってから、どんな関係になるかはお互いの問題だ。
ただ、俺は賢い女性しか友だちにはなりたくないんでね」
「高卒ですよ、私」
「君は合格してるよ」
このご時世に、法人の経営者がこんなジェンダー差別をできるのかと刹那は呆れてはいたが、嫌悪感はあまりなかった。
むしろ、賢いと認定されたことに浮かれていることに嫌悪感が先立った。
「美緒さんにもそうなんですか?
黒猫に資金援助してるんじゃないですか?」
刹那は畳み掛けるように杉山に言い放った。
「だとしたら、何か?」
「想像に任せるよ」ぐらいの返しを想像していた刹那は、全く表情も変えず手札も隠そうとしない杉山に、強烈に牽かれていく戸惑いを覚えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】待ってください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ルチアは、誰もいなくなった家の中を見回した。
毎日家族の為に食事を作り、毎日家を清潔に保つ為に掃除をする。
だけど、ルチアを置いて夫は出て行ってしまった。
一枚の離婚届を机の上に置いて。
ルチアの流した涙が床にポタリと落ちた。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを
白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。
「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。
しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる