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せつなときずな 32
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「せつなときずな」 32
サキは運転しながら、今日のことを反芻している…
名古屋の中区の正木町にある美容院「hope」に刹那を連れて行った。
店の名前は、マスターがUSオルタナバンドのマージースターのファンで、シンガーのホープ・サンドヴァルが好きだからという単純な理由なのだが、サキはそのアーティストを知らないし、興味もない。
店に貼られていた彼女のポスターを見て、刹那は「こんな感じが…」と小さく呟いた。
髪型が、ではなく、魔性の女らしさ、なのだなとサキにはわかった。
絆とカードゲームをしながら待った結果は、結婚してから無頓着になった容姿を取り返すかのような変貌だ。
ばっさりと切った髪、実写版「NANA」の中島美嘉を彷彿とさせる鋭さは、刹那に生来備わった何かだ。
サキの見立て通り、それは内面ではなく、外面から立ち上がっていった。
サキの部屋に連れていき、久しぶりに娘にメイクを施す。
もう、以前のわくわく感など互いに存在しない。
変わるのか、その人生が
取り返せるのか、明日からの日常が
多分、そんな簡単な話ではない。
だから、偽るのだ。
虚構の美で女を創る。
自分自身のための女、それを願う娘、叶えんとする母親。
同床異夢でありながら、行いは二人の共謀として。
ラルフローレンのストライプのブラウスに、ゴルチエのベストを着る。
ヴィヴィアン・ウエストウッドのパープルのミニスカート、ピンヒールのロングブーツ。
刹那は、林公彦を落としたあの刹那ですらなく、尾張の地方都市のこの街に、不釣り合いで不適切な、わきまえない女に脱皮する。
絆には見せない。
サキは、絆を一時託児所に預け、この儀式を執り行った。
まあまあの司祭じゃない?と、サキは自分を顧みた。
刹那は最後に、ルージュで自分の頬に「F」と書きなぐった。
それが「FREE 」のFなのか、「FUCK」のFなのか、はたまた別の謎でもあるのか、サキにはわからなかったが、それを訊くことはしなかった。。
「黒猫」は、一宮市役所前の繊維企業事務所街の一角にあった。
古びた斜陽感漂う貸しビルのテナントとしては、果たして店がやっていけるのかは疑問だが、それもまた「らしい」気がしないでもない。
赤いアルファロメオで刹那を送り届けると、サキは託児所に絆を迎えに行った…
その絆を、サキは自分の両親に頼んでみてもらうことになるとは、予想もしていなかった。
警察からの連絡で、一宮署に連れていかれた刹那を迎えに行く車中、サキは林が逮捕された後の混乱を思わずにはいられなかったが、あの時と一緒で、行ってみなければわからないし、いや、行ったところでわからない可能性もあることを覚悟はしておいた。
身元保証人として呼ばれたことから、おそらくは刹那を引き渡すつもりだろうとの読みもあったが、今日一日の非日常感のおわりに、虚構ではなく招かざる現実に襲われる気分は味わいたくはないものだった。
一宮署に着くと、サキは担当の警官から事情を説明された。
刹那は、招待客の一人の女性をいきなり殴ったらしい。
それは、かつての同級生だったようだが、相手が被害届は出さないとのことで、事件化は見送られるとの話だった。
刹那と接見したサキは、「南瓜の馬車は、ここには来ないわよ」と呟いた。
刹那は黙ってサキを見つめたが、その瞳からは、何の感情も読み取ることはできなかった。
サキは運転しながら、今日のことを反芻している…
名古屋の中区の正木町にある美容院「hope」に刹那を連れて行った。
店の名前は、マスターがUSオルタナバンドのマージースターのファンで、シンガーのホープ・サンドヴァルが好きだからという単純な理由なのだが、サキはそのアーティストを知らないし、興味もない。
店に貼られていた彼女のポスターを見て、刹那は「こんな感じが…」と小さく呟いた。
髪型が、ではなく、魔性の女らしさ、なのだなとサキにはわかった。
絆とカードゲームをしながら待った結果は、結婚してから無頓着になった容姿を取り返すかのような変貌だ。
ばっさりと切った髪、実写版「NANA」の中島美嘉を彷彿とさせる鋭さは、刹那に生来備わった何かだ。
サキの見立て通り、それは内面ではなく、外面から立ち上がっていった。
サキの部屋に連れていき、久しぶりに娘にメイクを施す。
もう、以前のわくわく感など互いに存在しない。
変わるのか、その人生が
取り返せるのか、明日からの日常が
多分、そんな簡単な話ではない。
だから、偽るのだ。
虚構の美で女を創る。
自分自身のための女、それを願う娘、叶えんとする母親。
同床異夢でありながら、行いは二人の共謀として。
ラルフローレンのストライプのブラウスに、ゴルチエのベストを着る。
ヴィヴィアン・ウエストウッドのパープルのミニスカート、ピンヒールのロングブーツ。
刹那は、林公彦を落としたあの刹那ですらなく、尾張の地方都市のこの街に、不釣り合いで不適切な、わきまえない女に脱皮する。
絆には見せない。
サキは、絆を一時託児所に預け、この儀式を執り行った。
まあまあの司祭じゃない?と、サキは自分を顧みた。
刹那は最後に、ルージュで自分の頬に「F」と書きなぐった。
それが「FREE 」のFなのか、「FUCK」のFなのか、はたまた別の謎でもあるのか、サキにはわからなかったが、それを訊くことはしなかった。。
「黒猫」は、一宮市役所前の繊維企業事務所街の一角にあった。
古びた斜陽感漂う貸しビルのテナントとしては、果たして店がやっていけるのかは疑問だが、それもまた「らしい」気がしないでもない。
赤いアルファロメオで刹那を送り届けると、サキは託児所に絆を迎えに行った…
その絆を、サキは自分の両親に頼んでみてもらうことになるとは、予想もしていなかった。
警察からの連絡で、一宮署に連れていかれた刹那を迎えに行く車中、サキは林が逮捕された後の混乱を思わずにはいられなかったが、あの時と一緒で、行ってみなければわからないし、いや、行ったところでわからない可能性もあることを覚悟はしておいた。
身元保証人として呼ばれたことから、おそらくは刹那を引き渡すつもりだろうとの読みもあったが、今日一日の非日常感のおわりに、虚構ではなく招かざる現実に襲われる気分は味わいたくはないものだった。
一宮署に着くと、サキは担当の警官から事情を説明された。
刹那は、招待客の一人の女性をいきなり殴ったらしい。
それは、かつての同級生だったようだが、相手が被害届は出さないとのことで、事件化は見送られるとの話だった。
刹那と接見したサキは、「南瓜の馬車は、ここには来ないわよ」と呟いた。
刹那は黙ってサキを見つめたが、その瞳からは、何の感情も読み取ることはできなかった。
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