上 下
101 / 125

第101話 突然の襲撃

しおりを挟む
 ライトが門扉前に倒れていたカラスを助け、レオニスが空間魔法陣の魔法付与を試みるようになってから、五日が過ぎた。
 カラスを助けたのが日曜日だったので、今日は金曜日であり明日明後日はまた学園はお休みになる。

 一方レオニスはというと、研究にかなり煮詰まっていた。
 机に向かって、ああでもないこうでもない、あれとこれを組み合わせて云々、これいいかと思ったが駄目だぁぁぁぁ等々、日々様々な試行錯誤を繰り返していた。

 おかげで無精髭も生え髪もボサボサ、目の下には結構なクマが出来上がっている。
 なのに、それが逆にまたいつもとは違う方向の色気を醸し出しているというのは、一体どういうことであろう。これもイケメン大王の成せる御技というものか。

 研究に専念したいと言い出しただけあって、レオニスのその没頭ぶりは凄まじかった。そのまま放っておけば、いくらでも飯抜き風呂抜き徹夜三昧しそうな勢いだ。現に、机の横や足元の床にはハイポーションやエクスポーションの瓶がいくつも転がっている。
 だが、そこはライトがしっかりと見張り、レオニスを叱りつける。

「レオ兄ちゃん、お風呂入ってさっぱりしてきなよ!」
「ほら、ラウル特製美味しいご飯と美味しいスイーツだよー」
「ちゃんと寝ないと、思考回路も上手く働かないよ?さ、今日はもう寝よう?」

 等々、レオニスの身体を気遣いながらコントロールしていた。
 そのおかげで、レオニスも身なりが多少乱れる程度で済んでいたのだ。
 ライトが甲斐甲斐しく世話をしたりあれこれと口出ししなければ、もっとヨレヨレのボロボロの酷い有り様になっていたに違いない。
 何しろライトがラウルに作ってもらった食事をラグナロッツァからせっせと運んでいるというのに、レオニスときたら机に向かうと近くで名前を大きな声で呼んでも全く聞こえず、返事が返ってこないくらいに没頭してしまうのだ。

 なので、ここ最近はライトも『そーっと背後に忍び寄り、いきなり脇の下や腰のあたりをこちょこちょとくすぐる』という、完全なる実力行使に出ている。そしてその度に
「うひゃぁッ!あひゃひゃ、や、やめッ、やめるんだライトぉぉぉぉッ」
と身をよじるレオニス。
 天下無双の金剛級冒険者であっても、そこら辺にいる普通の人間と同じく脇の下や腰、足の裏などがくすぐったいというのだから、何とも面白いものだ。

 ちなみにライトがレオニスを毎回こちょこちょするのは、大声で呼んでも反応しないレオニスが悪いのであって、決してその反応が面白おかしくて楽しんでいるのではない。ないったらない。

 レオニスをくすぐってライトの存在を気づかせた後、床や机の上に転がる回復剤類の瓶を回収しながら、ライトはレオニスに声をかけた。

「レオ兄ちゃん、今日のおやつ持ってきたよー」
「ハァ、ハァ……おう、ありがとう。いつもすまんな」
「大丈夫だよ。それより、レオ兄ちゃんの方はどう?」
「はぁー、もうちょいで何とかなると思うんだがなぁ……」

 レオニスがライトに散々くすぐられた後、二人して食堂に移動する。ここ最近のお約束の流れだ。
 ラグナロッツァから運ばれてきたおやつをもしゃもしゃと食べながら、レオニスがため息をつく。

 ちなみに本日のラウル特製おやつは『ラムレーズンたっぷりマシマシフルーツケーキの生クリーム添え』と、ライトがレオニスのために淹れたスペシャル珈琲である。
 レオニスにはブラック、ライトにはミルクと砂糖多めのカフェオレだ。何ならレオニスの方は、珈琲の代わりに茶色のぬるぬる100%ドリンクにしてやろうかと思ったライトだったが、そこは思い留まっておいた。
 ぬるぬるした口当たりの珈琲とか、想像しただけでライトには無理だった。

 ぬるぬるの入っていない、純粋な珈琲の芳しい香りに二人はほっと一息つきつつ、レオニスは腕を上げて背伸びをし、ライトはレオニスの体調を心配する。

「レオ兄ちゃん、あんまり無理しないでね?」
「んんんんーッ……まぁな、そんなに心配すんな、俺は大丈夫だから……そういやあのカラスの方はどうだ?」
「うーん、それがまだ目を覚まさないんだよねぇ……」

 ライトが助けたカラスは、未だに意識が戻らず眠り続けたままだった。
 レオニスやラウルが言うには、八咫烏は霊鳥なので人間のように食事せずとも魔力さえあれば生命維持に問題はないらしい。
 なので、カラスを寝かせているベッドに結界を張って四隅に魔石を置き、結界内に魔石の魔力を解放して充満させることで衰弱を防ぎ、身体を保護している。前世でいうところのICU、集中治療室の即席版のようなものだろうか。
 点滴こそできないが、結界内を高濃度の魔力で満たすことにより呼吸するだけで魔力を体内に取り込める、という仕組みである。

 そのおかげか、カラスは行き倒れ発見当時と全く変わらず丸々と肥え……もとい、ふっくらとした姿を保っていた。
 いや、それどころかむしろ今現在の方が羽根も艷やかを増し、身体のラインのむっちりムチムチぷりぷりさに磨きがかかっているように見えるのは、気のせいか。……本当に気のせいなのか?

「まぁ、魔石の魔力で周囲を満たしてるから、身体が弱っていくことはないと思うが」
「うん……でも、ラウルがとても心配してるから……早く目が覚めてくれるといいんだけどなぁ」
「そうだなぁ。今日は向こうの魔石の交換がてら、久しぶりに俺もラグナロッツァの家に様子を見に行くか」
「本当?ラウルもきっと喜んでくれるよ!」
「だといいな。じゃあ、今から出かける支度するか」
「うん、分かった、ぼくはその間に向こうに持ち帰る食器とか洗ってるねー」
「おう、すまんな、よろしく頼む。支度を整えたらお前の部屋に行くから、少し待っててくれ」
「はぁーい」

 レオニスはそう言うと、着替えとラグナロッツァに持っていく魔石の選定のために食堂を出た。
 ライトも宣言通り食器を洗い、すぐに持ち帰れるように布巾で水気を拭き取りバスケットに仕舞う。
 ライトはあらかた支度を終え、ラグナロッツァの家に繋がる転移門のある自室でレオニスが来るのを待っていた。

 すると、突然部屋の隅に設置してある転移門が『ヴゥゥゥン……』という静かな音とともに作動した。

「ん??」

 転移門が作動した気配に、ライトが思わず反応して転移門のある方に視線を向けた。
 すると、そこには何と―――右手に大きな魔杖を持ち、黒いゆったりとしたローブを着込んで大きなフードを目深く被った、傍からでは顔が全く見えない正真正銘の不審人物が突如現れたではないか。

 突然ライトの目の前に現れた、あからさまに胡散臭い格好の不審人物。
 あまりの出来事に、ライトは思考回路が上手く働かずしばし固まる。
 数瞬の後我に返り、ライトの今までの人生の中で一番最高の、渾身の悲鳴を上げた。

「……ンぎゃああああああああッ!!」




====================

 くすぐったいという感覚って、本当に不思議ですよねぇ。他のところは触られても何ともないのに、特定の部位だけ笑いが込み上げてくるあの感覚。一体どういう原理なんでしょう?
 気になったので、『くすぐったい 原理』で検索してみたところ、何やら小難しい記事がたくさん出てきました。

 一応それらを読んではみたのですが、まずよく理解できない上に何やら睡魔の忍び寄る足音が聞こえてきたので、理解することを断念。
 私の脳如きでは、到底太刀打ちできませんでした……嗚呼素晴らしき人体の神秘よ。

 眠れない夜の眠剤代わりには、もってこいかもしれません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...