上 下
12 / 125

第12話 記憶の整理 (side:ライト/橘 光)

しおりを挟む
 今の俺は「アクシーディア公国のライト」だが、昔の俺はたちばな ひかるという名前の、そろそろ三十路いわゆるアラサーを迎えようかというお年頃の日本人だった。
 地元の中堅大学を卒業した後は定職に就かず、半ニート生活をしていた。親がそれなりの土地持ちで不動産収入や株の配当、いわゆる不労所得があり無理に働かなくても良い環境にあったからだ。
 しかし、俺の両親という人は堅実な人達で

「無理に就職しろとは言わん。だが、人間として生きていく上で、最低限必要な社会性は維持しろ。そのために週1週2でもいいから、何らかのバイトなり何なりで働いて稼げ」
「世の中一瞬先は闇なんだからな!今が良くたって、来年再来年は分からん。つーか、半年先だってどうだか分からんぞ、いつ何時でも備えあれば憂いなし、だ!」
「お前だって、完全ヒキニートになんてなりたくないだろ?俺だって親としての務めがあるし、我が子に穀潰しの甲斐性なしの無能になんてなってほしくないしな」
「結婚だって、無理してしなくてもいい。この人となら、一生を添い遂げたい!と思える人と出会えなければ、無理して結婚したって意味ないからな。ただ、生涯独身を貫き通すなら、老後の資金もそれなりに確保しとけ」

 と言って憚らない。うん、俺もそう思う。
 さすがはバブルやら何ちゃらショックやら、浮き沈みの激しい時代を生きてきた世代だ。言葉の重みを感じる。

 両親の教育方針と言い分は全てが全て真っ当故、俺もそれに従い適度に仕事していた。
 基本的には、親父が管理している不動産類の維持管理の見習い的手伝いやら、株の管理を任されている。将来の相続を考えると、早いうちから知っておいた方が絶対にいいからな。

 そもそも俺は、就職氷河期と呼ばれる世代だ。
 ブラックだのホワイトだの、企業体質にも色があることが世に広く知られるようになった時代。
 そして、これだからゆとりは使えんだのさとり世代だの、まぁ散々な言われ方されたもんだ。
 それでもまぁ、他の同世代からしたらかなり恵まれてはいたと思うが。

 ……閑話休題。

 そんな前世の俺が、唯一プレイし続けていたゲーム。
 それが【ブレイブクライムオンライン】だ。

 ブレイブクライムオンライン―――通称ブレクラ、BCO。
 RPG系ゲームで、知る人ぞ知る的な隠れた名作―――とまでは言わない。何故なら、俺にとっては名作中の名作でも、現実としては無名中の無名ゲームだからだ!

 とはいえ、美少女カードゲーム系のような露骨な搾取ゲームや、オン狩り上等他人のアイテムバンバン強奪してやるぜ!みたいなトラブル満載地雷ゲームもやりたくない。
 数々のゲームを渡り歩き流離い続けた末に、ようやく辿り着いたのがブレイブクライムオンラインだった。

 そのブレイブクライムオンラインの始まりの街、「アクシーディア」。今ライトとレオニスがいる国の名前だ。
 その他にも、今住んでいる魔の森カタポレンに俺の両親の生まれ故郷ディーノ村。
 この三つの地名を聞いただけで、俺はここがブレイブクライムオンラインの世界であることを即座に理解した。そのどれもが、ブレイブクライムオンラインのゲーム中に存在した地名なのだから。

 ということは、何か?俺は前世で死んだのか?

 だが、どうにもそこら辺が曖昧というか一向に思い出せない。
 あっちの世界で死んだからこっちに来た?
 臨死体験?幽体離脱?異世界転生?

 いくら考えても答えは出ないし、思い出せない以上すぐに出てくるはずもない。
 これ以上考えてもどうにもらならん!前世の記憶同様、そのうちに何かの拍子に思い出すだろ!
 そう開き直った俺は、今後のことを考えるべく育ての親になってくれたレオニスに、本やら地図やらあれこれおねだりした。

 書物や地図には、その世界に関する様々な知識が詰まっている。
 いくらこの世界が俺の知るブレイブクライムオンラインだとしても、全てが全て同じとは限らない。いや、むしろゲームの中で言及されていない部分の方が圧倒的に多いだろう。
 所詮ゲームなんてものは、ただ単に遊べる要素だけを切り取って寄せ集めた継ぎ接ぎだらけの―――いわゆる「仮想世界」ってやつなのだから。

 故に、俺はこの世界で実際に生きていくために必要な、実態に則した「この世界のルールや歴史」を早急に知らねばならぬのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 レオニスから与えられる書物類を中心に、俺はこの世界のからくりの一端を知る。
 アクシーディア公国のある大陸名「サイサクス」、これはブレイブクライムオンラインというゲームを運営していた会社名だ。
 そのことに気づいた上で改めて世界地図を見回してみると、あちこちにあるわあるわブレクラ以外のサイサクス謹製ゲームの数々が!

「動物ペット物語」……様々な動物をペットにしてコレクションしたり着せ替えを楽しむのんびり系。
「ファンタジーライブラリー」……本を中心とした世界で様々な謎解きを進めていく推理もの。
「ゆるキャラ争奪大作戦」……全国各地のゆるキャラを争奪し合う陣取りゲーム。

 他にもいくつもの見覚えや聞き覚えのある、サイサクス製ゲーム由来の国名や地名が地図上にある。
 そしてそれらの固有名詞が全て、サイサクスという名の大陸にひしめいているという事実。

 だが、今の俺にとって最も重要なのは、サイサクスでもアクシーディア公国でもない。
 サイサクス大陸の北に位置する「ハイロマ王国」である。
 その正体は、サイサクス製恋愛シミュレーションゲーム【ハイパーロマンス 燃え萌え恋来いウルトラズキュン☆】だ。
 通称「ハイロマ」もしくは「萌えズキュ」。

 ……ぐおおおおおッ、「ハイロマ」はともかく「萌えズキュ」だけはどうにも慣れんッ!何とかならんかこの殲滅力はッ!
 まだこの世界のそれがハイロマ王国で良かったわ、もし万が一「モエズキュ帝国」とかいう国名だったら、全身全霊全力で滅ぼしにかか……る前に俺の精神の方がメルトスルーする自信あるわッ。

 ……閑話休題、其の二。

 ハイロマは、いわゆる『乙女ゲー』と呼ばれるやつで、そのジャンルは学園もの。本来の俺なら、絶ッッッ……対に手をつけないジャンルのゲームだ。
 だが、前世の俺はこのゲームを少しだけ齧ったことがあった。
 前世の実妹の亜香里あかりが重度の乙女ゲージャンキーで、あらゆる乙女ゲーに手を出していたのだ。
 当然件の「ハイロマ」も亜香里はプレイしていた。


『お兄ー、今度ハイロマがお兄のゲームとコラボするんだってさー』
『え、マジ?』
『うん、ゲーム間コラボっての?同社内のゲーム同士でコラボすんの』
『へー、ほー、ふーん、そーなのー、ヨカッタネー』
『何その超絶どうでも良さげな態度』
『いや実際どうでもいいしね?俺ハイロマやんないし』
『えー、そんなこと言わずに手伝ってよー!新規招待特典あるからそれ欲しいの!』
『やだよ、俺になんも得ねーじゃん』
『そんなことないよ!ゲーム間コラボだから、お兄んとこの方のゲームにも何か特典あるはずだよ!』
『んー……そういうことならちっと見てみるかぁ……』


 亜香里と交した会話が思い浮かぶ。
 あいつ、今頃どうしてるだろう。元気にしているかな……

 その亜香里のおねだりが原因で、普段なら絶対にやらないハイロマをプレイしていた。
 まずユーザー新規登録とチュートリアル完了、これがゲーム間コラボの特典を得るためのクリア条件。何が何でもそこまではプレイして!と亜香里に拝み倒されて、渋々ながらプレイした。

 そしてそのゲーム間コラボイベントでは、期間限定で『勇猛果敢な世界一の強さを誇る凄腕冒険者』という設定のストーリーが配信されていた。
 限定ストーリーの主役である世界一の凄腕冒険者の名は【レオニス・フィア】。
 誰あろう、ライトの父グランの弟分にして今のライトの育ての親であるレオニスその人であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...