異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子

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嘘でしょ?

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その日は珍しく残業もなく、買い物をしても陽が落ちきる前に自宅に一番近い駅に着いた。駅から自宅までは徒歩5分。公園を突っ切れば3分程度でささやかな我が家に着く。見た目ボロアパートは私のアトリエでもある。私の一番寛げる場所だ。陽も落ちきった夜に外灯もない公園を通ることはないが、今日はまだ明るい。欲しかった服や靴や鞄がことごとく値下げされていて、布も画材も刺繍糸も格安で手に入り、ウキウキとした気持ちで公園に入った。夕方だからか人の気配はない。シーンと静まり返った公園はちょっと不気味だ。何となくソワソワと落ち着かない気持ちで早く通りすぎようと足を速めた、その時・・・・。一瞬にして眩しすぎるほどの光に包まれた。

!!!何?車のヘッドライト?眩しすぎる!

眩しくて目も開けられない光の中で、一際強い光が更に強くなり私の意識が暗転・・・・。

「邪魔よ!」

ドン!!!

その直前に誰か若い女の子の声と私を突き飛ばした衝撃を感じたが、意識を保てなかった私がそれに反応することはなかった。








「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」

えっ、何?!

耳をつんざくような大勢の人の声に叩き起こされるように私の意識が覚めた。薄暗い。何かに囲われているようで外は全く見えない。身体の下には硬い感触がある。きっと私の鞄だ。それをそっとなるべく身体を動かさないように抱き締めた。今声をあげてはいけない。気付かれてはいけない。私の中でアラームが鳴る。何が起きているのか分からない不安を圧しこめてじっと息を殺して身を潜めた。

「ようこそお越しくださいましたのぉ、精霊の巫女様」

しわがれた老齢の人とおぼしき声が聞こえる。

「あ、あの。わたしぃ・・・・」

それに答えたのは若い女の子?戸惑いは感じられるがなんとなく嬉しそう?にも聞こえる。割りと近い距離にいるようだ。

「精霊の巫女様、さあ、こちらへ」

また違う声がした。今度は若い男の人だ。

「あ、ありがとうございます」

何が起こってるの? 

私は薄暗く閉ざされた空間で声だけを聞いていた。私の近くから聞こえたカツカツというヒールの音が遠ざかり、ざわめきが私の耳に届く。

「改めて。ようこそ、精霊王に招かれし異世界の巫女様」

「え?異世界の巫女?ですか?」

異世界の巫女?異世界って何?あ、もしかして、あの公園で映画の撮影でもしてた?

「さよう。あなた様は精霊王様たちに招かれたですじゃ」

「あっ。あの眩しい光!」

ああ!あの光。演出だったの?!

「「「「おおお!!!!」」」」

再び耳をつんざくような雄叫びが響き渡った。

「でも、わたし。お役に立てることなんて何も・・・・」

「いやいや。ご心配召されるな。精霊の巫女様はただこの世界に居てくださればそれだけで恩恵がありますじゃ」

「居るだけ?本当にそれだけで?」

「ええ、ええ。どうですかな。この世界で精霊の巫女となり、我々に恩恵を授けてくれませんじゃろか?」

「それでいいなら・・・・」

え?信用しちゃうの?いくら映画でもちょっと安直すぎない?

「ええ、ええ、構いませんよ。儂は神殿長のマクシブと申しますじゃ」

「えっと、楠木まりあです。あっ、まりあが名前です」

名前教えちゃうんだ。しかもフルネーム。台本書いたの誰よ?異世界ものにしても雑すぎじゃない?

「まりあ様とおっしゃるか。どうぞ、この世界で恙無くお過ごしなさいませ。あなた様にはこちらの生活に慣れるまでは護衛をつけさせてもらいますでな。神殿所属の聖騎士団がその任にあたりますじゃ。今、目の前におられる方々はあなた様への求婚者じゃ。落ち着いた頃合いを見計らってお会いになるとよろしかろう。神殿に部屋を用意しておりますので、ゆっくりなされるとよろしい。これはダガートと申す者。巫女様の筆頭護衛騎士じゃ。ダガート、まりあ様をお部屋へ」

「はっ。まりあ様、ご案内致します」

「はい。よろしくお願いします。では、失礼します」

「さて、皆の者。聞いての通りじゃ。本日はこれまでと致す」

「「「「うおおおおおお!!!まりあ様!!!」」」」

三度特大ボリュームの野太い声がこだました。

何この展開・・・・・・・・。まだ人の気配がする。私、撮影の邪魔にならないように何処かに隠されてるの?でも、隠す必要がある?

事態を掴めない私は混乱しながらも、この馬鹿馬鹿しいやりとりが映画の撮影であってほしいと願っていた。本当は分かっている。映画の撮影なんかじゃないことくらい。でも、認めてしまったら・・・・。怖くて震えそうだ。涙が出そうになる。

「抱き上げるが、見つかりたくないなら声を出すなよ?」

突然、私の頭上から低い男の声でボソッと話しかけられると次の瞬間、身体が宙に浮いた。

「ッ!」

声が漏れそうになる。寸でのところで抱えた鞄を口に押し当てて声を殺す。声の主は軽々と周りの被いごと私を抱き上げるとスタスタと歩き出した。不思議なことにこの人を怖いとは思わなかった。安定感のある腕の中はゆりかごに揺られるような居心地のよさを感じる。涙も怖さもなくなり、心が緩んでいく。しばらくその状態が続き、私は日頃の疲れと先程までの緊張から解放されたことで不覚にも眠ってしまったのだった。私の危機管理能力は何処に行った?!
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