幸せの在処

紅子

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始まりの前

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あれから3年が経ち、私は今年14歳になる。学園に入園する歳だ。だが、私とハルクは行かない決断をした。学園に通うメリットは全くない。それどころか、リリナフとその仲間たちに巻き込まれるリスクの方が高い。そのリリナフは、神殿を追い出された後、王妃様に保護されたと伝え聞いた。ヴィンザルク殿下と親しくしていると噂され、覚醒しようと奮闘していると聞く。懸念がもうひとつ。この世界の神が交替したという噂が出回っている。悪意を含んだそれは、ハルシオンルー様が追放され、女神ルシアンテーナ様という方が治め始めたというもの。出所は・・・・リリナフ以外にないだろう。ルシアンテーナ様は、物語ゲームの中でスィーチリーヤの花を降らせる女神として名前が出てきた。この世界は、今、ハルシオンルー様を信仰する主流派とルシアンテーナ様を信仰する少数派選民主義者に別れている。

「リリナフのお蔭で、面倒臭いことになってるわ」

「国王陛下が早々に王妃様を離縁して実家に帰したとはいえ、第2王子派に匿われているし、その派閥の筆頭本人が“お祖母様”を訪ねているそうだ」

国王陛下と王太子殿下・妃殿下は、その地位にありながらも、新しい世界に向けて準備しているらしい。

「選民主義者や身分主義者が多いことに呆れてしまいますわ。従兄弟のグレゴーニ兄様ティンバール聖公国の第3王子も学園に入るそうよ。きっとカラン兄様を出し抜くためね。野心家だから」

「ネルビス殿下以外は、全員入園するようだ。ネルビス殿下が真面でほっとしてる」

流石に前の世界で友人以上の関係を築いていたのだから心配だったのだろう。そのネルビス殿下は、王家の直轄地で民に混じってスキルを磨いている。

「ネルビス殿下の代わりはヴィンザルク殿下ね。リリナフはその辺をどう思っているのかしら?」

「ふたりはかなり親密らしいからね。あの性格だし、代わりがいるから気にしなさそうだ」

そう言って、ハルクは肩をすくめた、その時、扉が叩かれた。

「どうぞ」

「失礼致します。ハルクール様、お嬢様。サンデルタの森に魔物が発生しそうだと報告が挙がりました。旦那様より召集がかかっております」

クラビスが私たちを呼びに来た。

「分かった。すぐに行く」

「この頃頻発してるわね。呉々も気を付けてね?」

「うん。パール、触れていい?」

私は、ハルクの首に腕を回して、頬をハルクの頬にペタリと引っ付けると、ハルクの腕が私の腰に回り引き寄せられた。クラビスは既に部屋から出ている。ハルクに入るだけの魔力を注ぐと、軽いリップ音と共に口付けされた。愛しさを隠さないハルクの表情に心が満たされる。きっと私も同じような表情をしていることだろう。

「行ってくる」

私たちは名残惜しむように一度だけ強く抱き締め合うと、それぞれの場所に向かった。

ハザンテール領とザカルヴィア領は、協力体制を敷き、その領地に住む者は、魔物が発生した場合、戦闘系のスキルを持つ者や戦える者は討伐に参加し、それ以外の者は、自分に出来ることで後方支援をするという決まりがある。その代わり、領民は世帯ごとに同じ規模の土地を所有でき、そこをどうするかは自由。大体1メンテ。前世で言うなら、硬式野球の球場2つ分くらいの広さだから、かなり広い。放牧も余裕で出来る。今年からは国へ税を納めなくてもよくなったため、各々、スキルに合わせてせっせと気合いを入れて作り込んでいる。

「お嬢様~。こっちこっち」

私が、炊き出しの広場に行くと、既に仕度が始まっていた。

「ごめんなさいね。野菜を採ってたら遅くなってしまったわ」

「ちょうどよかったですよ。ここんとこ、討伐が多いから、材料が不足気味なんで」

魔物は、負のエネルギーを凝縮されたものだ。先行きへの不安や不満、妬みや僻みなどの悪意や優越感等が徐々に大きくなっている証。王都周辺は、魔物の出現率が過去に類を見ないという。これから、リリナフが学園に入ると更に頻発するだろう。

「今回は何にするのかしら?」

「野菜スープとチーズフォンデュとキャベツのペペロンチーノにパイですよ。チーズフォンデュとスープは人手が足りてますから、お嬢様たちは、パイ班に行ってください」

「わかったわ」

パイ班にお母様を見つけて隣で野菜の皮をむき始めた。

「お母様も手慣れたものですね」

「3年もやっていれば、上手くもなるわよ」

ニコニコと楽しそうだ。最初の頃、お母様がジャガイモの皮を剥けばどんなに大きいジャガイモも親指の先のサイズになり、ニンジンは小指の太さになっていた。それが今では、普通に剥いている。その代わり、しっとりと白魚のようだった手は少し荒れてしまった。

あらかたの料理を作り終え、私たちがわいわいと追加を作っていると、討伐隊と医療チームが戻ってきた。討伐に呼ばれてから、既に4時間ほど経っている。私は、少し顔色の悪いハルクを見つけて、慌てて駆け寄った。

「ハルク。顔色が悪いわ。手、出して」

「ちょっと、魔力を使いすぎただけ。ごめんね。ありがとう」

私とハルクがコソコソと魔力の受け渡しをしていると、討伐に行った者たちの会話が耳に入った。

「どうも、フェリペンザ領付近から発生した魔物が流れてきているっぽい」

「あそこは、ザカルヴィア領と隣接しているとはいえ、サンデルタの森を挟んで反対側だからな」

「たしか、領主は第2王子派でルシアンテーナ様とかいう女神を信仰し始めてたよな」

「あー。なるほど。そりゃ、領民も不安が募って魔物が増えるわけだよな。俺、ここの領民でよかったわ。お蔭で家族も呼べたしな」

なるほど。賢い領民は、別の領へと親戚縁者を頼って逃げ出し、残っている領民は、何もしてくれない領主に苛立ち、先行きへの不安に怯えているというわけだ。

「学園が始まったら、今以上に王都周辺は魔物が増えるだろうな」

ぽつりとハルクが溢した。その言葉は、私以外には届いていないが、その通りだと思った。
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