幸せの在処

紅子

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前世の記憶

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その夜、私は不思議な夢を見た。






きっかけは、『聖なる力を宿す者』。その言葉が引き金となったのだろう。ひとりの女性が、小さな板を触っていた。その板の中では、まるでお芝居のような、いえ、お芝居よりも精巧にたくさんの人物役者が夢物語を奏でていた。そして、何故か私には、これが“違う世界を生きた私の記憶”、“前世”の一コマなのだと分かった。











・・・・私は、この世界を知っている。










ここは、小さな板の中で繰り広げられていた物語ーーー彼女はそれを乙女ゲームと呼んでいたーーー《選ばれし君にスィチーリーヤの花束を》の世界に酷似している。スィチーリーヤは、『輝ける魂』という花言葉を持つ虹色の花で、ゲームの中で重要な役割を果たしていた。このゲームのヒロインはふたり。ひとりは、イシュリアン王国の第3王女ハレスヤナリー。もうひとりは、聖なる力をその身に宿す孤児リリナフ。プレイヤーは、ゲームを始める前にどちらかを選ぶことになる。だが、2人のストーリーは全く違う。何故、別々のゲームにしなかったのか不思議に思うほど、キャラのかぶりも少ない。

第3王女ハレスヤナリーに出てくる攻略対象者は・・・・。

・第2王子のヴィンザルク・キャンダル殿下
・パーレンヴィアの義弟キーレンギルム・ハザンテール公爵令息
・宰相閣下の3男オスナール・ナーザルム侯爵令息
・騎士団長次男ギラハルム・クラヴィオス令息伯爵

の4人。それぞれに悪役令嬢がいる。そのひとりが、第2王子の婚約者パーレンヴィアだった。ストーリーはこうだ。

発育がよく妖艶に見える王女ハレスヤナリーは、自国でその見た目から淫乱王女と陰で呼ばれていた。だが、実際は、その魅惑的なボディとは正反対に初心で慎ましやかな性格をした心優しき王女だった。国王は、何度も襲われかけ、いつも気を張って学園にもまともに通えない娘が不憫だと、同盟国であるこの国に留学させることを決めた。留学先では、権力を笠に着ることなく、誰にでも手を差し伸べるさまに聖女のようだと、男女問わず生徒たちの憧れになった。ただ優しいだけでなく、時に上に立つ者としての心構えを解き、時にコンプレックスやトラウマを優しく包み込み、攻略対象を虜にしていく。その過程で、攻略対象の婚約者との確執があり、断罪劇に繋がっていく。

逆行前に出会ったハレスヤナリー殿下とは似ても似つかない人物なのは一目瞭然。まず、魅了という魔法が存在していない。それに、断罪の場面でスィチーリーヤの花は出てこなかった。



スィチーリーヤ・・・・。この花は、断罪の時、自らの過ちを認められない悪役令嬢が、ヒロインに攻撃魔法をぶっ放す、その際に束となって天から舞い落ちるのだ。『輝ける魂』を護り、『清い魂』に加護を授けるために。それは、全く異なるストーリーの中で、唯一ハレスヤナリーとリリナフで共通することだった。



もうひとつのストーリー。『聖なる力を宿す者』がリリナフを指しているなら、それは恐らく逆行した今の世界を暗示していると思われた。

攻略対象者は・・・・。

・我が国の第1王子ネルビス・キャンダル
・レンベル帝国の第2王子バルトルト・レンベル
・ソルボン王国の第1王子グレーネン・ソルボン
・ティンバール聖公国の第3王子グレゴーニ・ティンバール

と我が国と国境を接する国の王子様ばかり4人。ハルクールはお助けキャラで、パーレンヴィアはいない。なぜなら、彼女は幼い頃に病で亡くなっているから。初恋を拗らせたハルクールの思い出話にちょっと名前が出てくるだけだ。こっちのストーリーはというと・・・・。

地方の孤児院にいたリリナフは、魔力検査で『聖なる力を宿す者』であり、覚醒すれば、国を守護出来るだけの力を持つと判定された。だから、保護と囲い込みのため王都の神殿に迎え入れられる。リリナフは、そんな思惑など気づきもせずお世話になるお礼にと、自作の魔法薬を提供するなど献身的に巫女見習いとして働き始めた。それが広まり、その外見の良さも相まって聖女と呼ばれるようになる。聖なる力が発現するのは、学園に魔物が顕れたとき。攻略対象を護るためだった。魔物は、リリナフを取り囲む攻略対象の婚約者のひとりが召喚したものであったことが断罪の際に明らかになる。この事件を皮切りに、各攻略対象の婚約者ーー何故か全員が婚約者同伴で留学してくるのだーーからの嫌がらせが激化。悪質かつ危険なものになっていく。それが断罪を招くことになるのだ。




「・・・ル、パール、パール」

誰かが私の名を呼びながら、身体を揺さぶっている。はっとして目を開けた。

「・・・・はるく?」

「魘されていたよ。怖い夢でも見た?」

心配そうなハルクがいた。私たちはお互いの体調のためにも一緒に眠っている。その方が翌日身体が楽だからと、それを言い訳にして。朝、誰よりも早く「おはよう」と挨拶できることがこんなにも嬉しい。

「怖い夢?ううん。予知夢のような夢を見たの」

「話せる?」

「うん」

私は、夢で見たことを省くことなく伝えた。

「不思議な夢だ。逆行前の記憶に意識が引き摺られたにしては、ハレスヤナリー王女の性格が違いすぎるし。まあ、経緯はともかく、結果だけ見れば、その物語の通り、攻略対象の4人を手玉に取っている。だったら、今度は、その夢で語られる『聖なる力を宿す者』の物語が始まっても不思議じゃない。ネルビス第1王子があんな風になるとは思えないけど、万が一にも婚約破棄されると厄介だな。『聖なる力を宿す者』とはいえ平民のしかも孤児では、後ろ盾にはならないし、当然、ミリオルタ公爵家第1王子の婚約者の支持はなくなるだろう。そうなるとリリナフの功績だけではネルビスの立太子は難しい。第2王子殿下の勢いが増すことになる。ただ、僕がいる限りパールは死なないし、ネルビスと『聖なる力を宿す者』の年齢も異なる。すでにズレがあるわけだ。明日、義父上にその『聖なる力を宿す者』の名前を聞いてみよう?」

「うん。ハルクがいてくれてよかった。わたくしひとりでは、どうしていいか分からなかったわ」

ほっとした私は、ハルクの肩に額を乗せた。ゆっくりと髪を梳くハルクの手が心地いい。

「ねえ、パール。僕はパールがいてくれるから生きていける。もう、君をあんな目に遭わせたくない。あんな、ゆっくりと熱がなくなっていくパールを腕に抱くなんて」

私の髪を梳いていた手が、私を強く抱き締めた。違う。縋るように、亡くさないように、何処にも逝かないように。そうだ。逆行前、ハルクは私を看取ったのだ。ハルクを残して逝く私も辛くて哀しかったけど、ハルクはどれほど無念だったろうか。

「私もハルクがいてくれるから生きていけるの。もう二度とハルクを置いては逝かない」

「逝くときは一緒だ」

「「約束」」
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