幸せの在処

紅子

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逆行

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そよそよと頬を掠める風を感じて、私は目を覚ました。視界には、とりどりの緑が広がり、少し視線を上げれば青く澄み渡る空が映りこんだ。

ここ、何処?

横たえていた身体をゆっくりと起こし、周りをくるりと見回した。

「パール、起きたの?」

声の方に顔を向けるとそこにはお母様が居た。その隣にはお父様も居る。

「え?」

ドクン

「あっ!ああぐっ!ふぐっ・・・・」

「パール!苦しいの?!!!あなた!パールが!」

「パール!!!セバシリオン!すぐに馬車を回せ!!!」





私の記憶よりも随分と若い父と母を認識した途端、突然に大量の情報が頭に入り込んで来たせいで、私はその苦痛に耐えられず、意識を手放した。そして、次に目覚めたのは4日後だった。ぐちゃぐちゃに混ざったまま入り込んで来た私の記憶は、今はちゃんと整理されて馴染んでいる。

魅了魔法を特殊な固有スキルで消滅した私
今の身体が弱くすぐに寝込んでしまう私

いったいどういうことなのか?私に何が起こったのか?

「お父様、お願いがあるの。ザカルヴィア侯爵家のハルクール様にお会いできないかしら?出来るだけ早く」

ハルクに会えば、何か分かるかもしれない。もっとも、どうやら、今の私はハルクとは会ったこともないようだから、応じてくれるか分からないが。

「ザカルヴィア家の子息?ハルクール殿といえば、パールと同じで産まれたときから身体が弱くて屋敷で療養しているはずだが、いつ知り合ったのだ?」

「いえ、知り合いというか・・・・。どうしてもお会いしなくてはならないの。お願い、お父様」

「・・・・打診はしてみよう。あちらも身体のこともあるからあまり期待はするな」

私に甘いお父様は、私とハルクの関係を訝しみながらも早速使いを送ってくれた。ドキドキと返事を待つまでもなく、すぐにあちらから3日後、お互いの体調がよければ、会いましょうと返事が来た。場所は、私の家。私達はお互いに王都のタウンハウスに住んでいるから、馬車で10分ほどの距離なのだが、それでも家族は心配らしい。当日までベッドから起き上がることも許されず、3日が過ぎた。

「お初にお目に掛かります、ハザンテール公爵令嬢。僕はザカルヴィア侯爵家次男ハルクール。この度は、お声がけくださり、ありがとうございます」

午後の早い時間に執事のセバシリオンがハルクの到着を告げた。ハルクは母親に付き添われて来たが、今は私とふたり、応接室で向かい合っている。今日の私の調子は悪くはない。少し怠さはあるけれど、熱も出ていないし身体の中が灼けるような感じもない。

「ハザンテール公爵家長女のパーレンヴィアですわ。お見知りおきくださいませ。わたくしの我が儘でお呼びだてしてしまいましたが、体調は宜しいのですか?」

顔色は青白いけど、悪くはなさそうだ。

「はい。貴女は?」

「どうぞパールと。今日は割と良好な方ですわ」

それから暫くはお互いに探るような会話を続けた。ハルクは今、13歳のはずだけど、それよりもずっと大人に見える。子供らしさが感じられないのだ。私は当たり障りのない会話をやめて、腹を括った。

「ねぇ、ハルク。貴方何をしたの?」

「!!!なん、なんで・・・」

ハルクは驚きに目を見開いて私を凝視している。それは明確にこの逆行に関わりがあることを示していた。

「私、固有スキルを使った人生の記憶があるの」

ハルクはまだ、口をパクパクとしている。しばらく待っていると漸く落ち着いたようだ。

「そっか。あの時、僕が君を抱きかかえてたから、その影響かもしれない。僕はね、あの後すぐに僕だけの固有スキルを使ったんだ。“時戻し”のね」

もしかしたら、ハルクは私が彼らのことを相談したあの時には決めていたのかもしれない。私と同じように特殊な固有スキルを持っていたハルクなら、その代償についても知っていたはずなのだから。

「ハルクの代償は?」

「僕の代償は、時が戻っても戻る前の記憶を忘れないこと。パールにも影響するなんて正直誤算だった。他にもこの体調もそう。魔力量は変わらないのに器だけ大きくなって常に魔力不足。回復が追いつかないんじゃない。器が見合わないんだ」

「え?私は逆よ。魔力が多すぎて器から溢れ出すの。身体から発散する時に熱が出て、動けなくなっちゃう」

「なんで?!記憶だけならともかく、なんで僕の代償がパールにまで!クソッ」

それからハルクはずっと「ごめんね」と辛そうに繰り返し繰り返し、私に謝罪の言葉を口にした。

「謝らないで。ハルクのお蔭で私はこうして人生をやり直せるんだから。それにね、こんな状態だから、あの第2王子殿下との婚約を免れてるの。本当なら2年も前に婚約してるわ。だから、ね?」

寝込むことも、熱に魘されることもあるけど、だからこそ、現王妃、つまり第2王子殿下の祖母からの要請も正面から拒めるのだ。実際に私の虚弱体質を疑った王妃様に呼び出され、無理に登城させられてぶっ倒れた記憶が私の中にある。王妃様が私にこだわる理由はひとつだけ。我が家の後ろ盾を得て、溺愛している第2王子殿下を次期王太子にしたいため。前もそんなくだらない理由で縛り付けられた。

「うん。ありがとう、パー・・・・アッ。ヴッ」

なんとか心に折り合いをつけることが出来たハルクがいきなり身体を震わせてソファに倒れ込んだ。

「ハルク!ハルク!」

私はハルクの名前を呼びながらそばに駆け寄った。その顔色は白い。そっと触れた手は手袋越しでも氷のように冷たい。咄嗟に私はハルクを抱きしめた。

「だ、だい・・・じょ・ぶ。魔力、がたり・・・ないだけ」

ハルクの体温がどんどんと下がっていく。熱が上がっていく私とは真逆だ。私の余分な魔力をハルクにあげられたらいいのに。そう思いながら、少しでも熱が上がるように自分の頬をハルクの頬にピトッとひっつけた。

「え?」

あんなに苦しそうにしていたハルクが、驚きの声を上げて、更には、私の反対の頬に手袋を外して触れてきた。

「魔力が流れ込んでくる・・・・」

「あ!私の中の魔力が減ってく。熱も下がったわ」

私達は暫くお互いの肌に触れあった。それは、とても心地よくて、ソワソワと落ち着かない不思議な感じがした。
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