幸せの在処

紅子

文字の大きさ
上 下
1 / 18

プロローグ

しおりを挟む
「パーレンヴィア・ハザンテール公爵令嬢!貴女との婚約はこの時をもって破棄する!」

突然の大声とあり得ない内容に、私は、表情を取り繕うことも扇で顔を隠すことも忘れて、ポカンと声の主、私の婚約者であり、この国の王太子であるヴィンザルク殿下を見つめてしまった。彼の隣には隣国の第3王女殿下が、彼の腕に自分の腕を絡みつかせてその豊満な胸を押し当てている。後ろには殿下の側近候補たちが王女殿下を守るように取り巻いていた。その中には私の義弟もいる。ここは、キャンダル王国の王宮。今日は王立キャンダル魔法学園の卒業生を祝うため、国王陛下主催の夜会が開かれている。その祝宴の最中に突然、相応しくない怒鳴り声が響いたのだから、ざわざわとしていた会場は一瞬でシーンと静まりかえり、こちらを注目している。

「ヴィンザルク殿下、気まで狂いましたか?」

あまりにも常軌を逸した宣言に、私が婚約者の正気を疑ったのは仕方ないだろう。そもそも貴族社会での婚約は、家同士の契約であり、家長がその権限を有している。たとえ王太子であろうとも勝手にそれを無にすることは出来ない。まして、私に何の非もないのに破棄などと、いったいどんな戯れ言か。

「王太子殿下に対して不敬だぞ!パーレンヴィア」

取り巻きのひとり。あれは、騎士団長の次男、名前はギラハルム・クラヴィオスだったか。声ばかりが大きいお山の大将。伯爵令息の分際で公爵令嬢の私を名前で呼び捨てとは恐れ入る。

「そういう貴方の方が無礼ではございませんこと?このようなお目出度い場で、私的な、しかもわたくし達の一存ではどうにもならないことを声高に叫ぶかたの正気を疑うなという方が無理ですわ。王太子殿下の、いいえ、我が国の醜聞となり得るこの事態を側近の方々は何故お止めにならないのでしょう?」

無能ばかりの後ろの集団に呆れと侮蔑の視線を投げてしまうのは当然の成り行きだ。周りも呆れ顔でその通りだと頷いている。

「これは!!!そもそも貴女が!!!殿下に、いいえ、王妃という地位にいつまでもしがみついた結果でしょう!」

これは宰相閣下の三男だったか?オスナール・ナーザルム侯爵令息。口だけの詐欺師。たしか、優秀な長男と第1王子殿下の側近候補である努力家の次男が居たはずだ。

「何のことでしょうか?わたくしは王命に従い殿下の婚約者であるのですが、その王命が取り消されたのですか?いつ?」

あまりのことに驚きが隠せない。それが事実ならどれほど嬉しいか。王命でなければ、王命が廃されれば、私は・・・・。溢れてくる想いを抑えるようにグッと拳を握った。この婚約は、先の王妃様のゴリ押しで成立した、第2王子を王太子とするための政略なのだから。

「グゥゥゥゥゥ!貴女という人は!」

オスナール様は顔を真っ赤にしているが、私にとっては重要なことだ。王命が廃されたのに婚約者を騙るなど家が取り潰されても仕方のない所業なのだ。

「義姉上。貴女は殿下のお心を察することも出来ない出来損ないだという自覚はおありですか?」

私が殿下の婚約者となり、家を継ぐ者が居なくなった公爵家の跡取りとして、叔父様の次男で私と同い年の彼、キーレンギルムが引き取られてきた。私が11歳の時のこと。次期侯爵となる兄よりも上の爵位を得ることは彼の自尊心を大いに満たし、大人の目のないところで実兄を馬鹿にしていたのを私は知っている。不遜で傲慢と言う言葉がこれほど似合う男もいないだろう。魔力量だけのナルシスト。

「学園で、婚約者でもない女生徒と、公衆の面前で、過度な触れ合いをして、風紀を乱していた方のお心など、私の常識とはかけ離れすぎて無理ですわ」

隣国の第3王女殿下とベタベタと人目も憚らず抱き合い、口付けを交わすような人の心を慮れとは。露出狂なのかもしれないが、それをずっと見せられてきた学園の生徒は、侮蔑を隠すことなく5人を見ている。

「愛する者に触れたいと思うのは人として当然だろう」

当たり前のことを聞くなと言わんばかりの王太子殿下に、後ろの3人が頷いて同意しているが、何に対する同意なのか聞いてみたい。

「この国は一夫一婦制ですわよ?」

「そんなこと、言われなくても知っています!」

「我らにそのような下衆な感情などない!」

「私達の崇高な想いを穢すような真似をして愉しいですか!義姉上!」

いえ、でも・・・・。二人きりの時はお楽しみでしたよね?

「ともかく、そのようなお話は王命を下した国王陛下と父であるハザンテール公爵を通してお願い致します。わたくしに決定権はございません」

この鬱陶しいやりとりの間、私は元凶の5人をずっと観察していた。何処までが彼らの本心なのか、を見極めたかった。過去の行いから、何処までも本音のような気もするが、それでもやはり第3王女殿下の影響が彼らの本質を悪化させ助長しているのは明らかだ。彼女は魅了の力の持ち主であり、自国で既に多々やらかしているという前科がある。それでも、娘可愛さに隣国の国王陛下は何だかんだと理由をつけ曖昧に濁し、罪に問われるはずの彼女をこの国に寄越した。その思惑は・・・。国の力関係上、受け入れるしかなかった我が国の国王陛下は、学園の生徒に彼女の所業を周知し、魅了を撥ね返す魔道具を彼女に接するであろう全員に持たせたのだ。それなのに・・・・。まんまと隣国の思惑に嵌まる馬鹿が居た。それがこの国の将来を担う王太子殿下とその側近候補達とは・・・・。

「ハルク」

私は、エスコートを望めない婚約者の代わりにその役を買って出て、ずっと隣にいてくれる大切な幼馴染みの名前を呼んだ。

「分かった」

それだけで、彼は私が何を言いたいのか、何をするつもりなのか分かってくれる。苦しそうに顔を歪めながらも、私の決断を尊重してくれた。彼が辛そうに私を見るのは、私に大きな負担が降りかってくるのを知っているから。そんな彼に感謝を込めて微笑むと、私は私だけが持つ固有のスキルを発動した。












・・・・ずっとあなただけを愛してる



私の持つこの特殊な固有スキルの代償は命。だから、出来れば一生使いたくはなかった。魔道具で防げるのだから、この魔法魅了に使う予定ではなかったのだ。が・・・・。

私の意識が刈り取られる寸前、声には出さずに呟いた言葉は彼に届いただろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

愛するひとの幸せのためなら、涙を隠して身を引いてみせる。それが女というものでございます。殿下、後生ですから私のことを忘れないでくださいませ。

石河 翠
恋愛
プリムローズは、卒業を控えた第二王子ジョシュアに学園の七不思議について尋ねられた。 七不思議には恋愛成就のお呪い的なものも含まれている。きっと好きなひとに告白するつもりなのだ。そう推測したプリムローズは、涙を隠し調査への協力を申し出た。 しかし彼が本当に調べたかったのは、卒業パーティーで王族が婚約を破棄する理由だった。断罪劇はやり返され必ず元サヤにおさまるのに、繰り返される茶番。 実は恒例の断罪劇には、とある真実が隠されていて……。 愛するひとの幸せを望み生贄になることを笑って受け入れたヒロインと、ヒロインのために途絶えた魔術を復活させた一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25663244)をお借りしております。

絶対に離縁しません!

緑谷めい
恋愛
 伯爵夫人マリー(20歳)は、自邸の一室で夫ファビアン(25歳)、そして夫の愛人ロジーヌ(30歳)と対峙していた。 「マリー、すまない。私と離縁してくれ」 「はぁ?」  夫からの唐突な求めに、マリーは驚いた。  夫に愛人がいることは知っていたが、相手のロジーヌが30歳の未亡人だと分かっていたので「アンタ、遊びなはれ。ワインも飲みなはれ」と余裕をぶっこいていたマリー。まさか自分が離縁を迫られることになるとは……。 ※ 元鞘モノです。苦手な方は回避してください。全7話完結予定。

婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された―― 私を殺したのは婚約者の王子。 死んだと思っていたけれど。 『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』 誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。 時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。 今度は死んでたまるものですか! 絶対に生き延びようと誓う私たち。 双子の兄妹。 兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。 運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。 お兄様が選んだ方法は女装!? それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか? 完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの? それに成長したら、バレてしまう。 どんなに美人でも、中身は男なんだから!! でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい! ※1日2回更新 ※他サイトでも連載しています。

処理中です...