勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

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王国内乱編

不穏な気配

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 日が傾き始めた頃、グシャの領地に使者がやってきた。

 彼の表情は沈んでおり、何か重大な知らせを伝えようとしているのが一目でわかった。

「ブラフ様、王が重体で倒れられたとの知らせが届きました!」

 その言葉が静かに部屋に響き、時間が一瞬止まったかのような静寂が流れた。

 ブラフは微かに眉をひそめ、口元を硬く結んだまま、じっとその場に立ち尽くしていた。

「王が……?」

 その声は驚きを含んではいたが、どこか冷ややかだった。
 
 ブラフと父との関係は決して良好ではなかった。それは俺も理解していることで、ブラフ自身から聞いた話では父親として行なったことは辺境伯に任命して、グシャという名前を与えた程度だろう。

 使者が去った後、重たい沈黙が部屋を包んだ。

 ブラフは静かに窓の外を見つめている。外では穏やかな風が木々を揺らしていたが、彼の心の中には、嵐のような葛藤が渦巻いていた。

「会いに行かないのか?」
「王には、良い思い出なんて一つもないんだ。王としても、父親としても、あの人は僕を見ていなかった。すでに、廃嫡されて、息子というのは血の繋がりしかないんだ。今さら会いに行く理由がないよ」

 その声には、過去に積もり積もった苦しみがにじんでいた。父親でありながら、ブラフを常に無視してきた王の存在。それは、きっと癒えない傷だった。

 俺は、そんなブラフの姿を見つめてなんて声を掛ければいいのかわからない。

 ブラフの言葉にどう返すべきか、思案しながらも、少しでも気持ちを理解したい。

 だけど、どうしても平和な世の中で生きてきた俺としては、ブラフの心にどこか引っかかる思いがあったのだ。

「それでも、本当に行かなくていいのか? 家族の死に目に会えないって、後悔するかもしれないぞ」

 俺は少しでも柔らかく聞こえるように説得をしていた。ブラフは、俺の言葉を聞いてもすぐに答えることはなかった。

 ブラフはゆっくりと視線を下ろし、手のひらをじっと見つめた。

 自分を見放した父に、今さら何を求めるのか。

 だが、もし本当に父が最後を迎えるのなら、自分はどうすべきなのか、答えが出ないまま、ブラフはただ沈黙していた。思いを口にしようとしても、何かが引っかかり、言葉が出てこない。

♢♢

 その姿を見て、俺は胸が締め付けられる苦しさを感じた。

 だからこそ、それ以上、無理に追及することはできなかった。

 王様の訃報に対して、ブラフは結局動かないままだったが、別の兵士が更に伝令を持って次の日もやってきた。

「ブラフ様、ご報告があります!」
「今度はなんだ?」

 それは、昨日訪れた伝令とは違って、冒険者ギルドからのものであり、ブラフが王国の情報を集めるために雇っていた者だった。

「ユリウス王子が失脚したことで、第一王子セリフォスが王に毒を盛ったとの噂が流れています。まだ真偽は確認されていませんが、王宮内が不穏な動きを見せているとのことです」

 その報告が、ブラフの心にさらなる混乱を引き起こした。

 セリフォスは、ブラフにとっては唯一血の繋がった兄だ。

 その兄が、父王を殺した? そんなことが本当にあり得るのだろうか。

 脳裏に浮かぶセリフォス王子の顔は、美しく笑う顔だった。

 初日に会っただけなので、あまり覚えてはいないが、あまり好きなタイプではなかった。

 そして、ブラフから聞いた話では、常に計算高く、未来を見通す力を持っていると言っていた。

 何でも手に入れるために手段を選ばない兄。その性格を誰よりも知っているブラフ。

 しかし、もしそれが事実なら王国は混乱に陥る。いや、もうすでにその兆しは見え始めている。

 ブラフは重い思いを胸の内を抱えたまま、何も言えずに立ち尽くしていた。

 
 父の死の知らせ、そして兄の裏切り。すべてがブラフを押しつぶそうとしているように感じられた。

 
 俺は、ブラフの迷いを感じ取りながらも、どう言葉をかけるべきか悩んでいた。

 だからこそ、そっとブラフの手を握る。

「トオル?」
「お前がどうしたいのか、それでいい。父親に会いたくないと思うなら、それでいい。兄に会いたくないならそれでいい。俺もフルフルもブラフの味方だ」
「……ありがとう。トオル」

 ブラフは、そう言って俺を抱きしめた。小柄なブラフの顔を俺の胸に当たる。

 苦しんでいるのは明らかだが、それを口に出せない不器用なブラフの性格も、俺はよく理解している。

「……セリフォス兄上は、ずっと王国を手に入れる準備をしておられた。こうなることはわかっていたのかもしれない。だけど、今のままでは他の兄弟姉妹たちによる、内乱が起きてしまう。どうすべきなんだろう……」

 ブラフがようやく声を絞り出した。

 だが、その声は不安定で、自分自身も何をすべきかわからない様子がうかがえた。

「ブラフ……」

 俺はブラフの肩に手をおいて、そのままそっと背中を撫でる。

 言葉も、行動も、ブラフの痛みに寄り添いたい。

 これまでブラフはたくさん俺を助けてくれた。

 だが、それがブラフにとって本当に正しいことなのか、自信が持てない。

「お前が決断することが、領地や国を守ることに繋がるかもしれない。どんな選択をしても、俺はお前を支えるよ」

 結局、俺はブラフを信じる。

 ブラフは沈黙のまま、目を閉じて深呼吸をした。

 心の中では、父王に対する憎しみと、王国への義務感がぶつかり合っている。

 その狭間で、俺が支えられることを考える。

「……ありがとう、トオル。もう少し考える時間がほしい」

 その言葉に俺は静かにうなずいた。互いに何かを伝えたい気持ちがありながらも、それを上手く言葉にできないもどかしさが二人の間に漂っていた。
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