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第一八話 リリシスト・藤井瑞月
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大人の本を覗いてしまった未熟と早熟の狭間でもがいていた頃、招かれ見せられたその光彩はそれまでの躊躇いを放ち、容易く自分を元の世界に受け入れてもらえる不思議な引力を感じた。普段の軽快さの上を温い水で包んだような慣れない幾日の中にいる白い顔の君が、かわいそうでけれど愛おしかった。君がその重い衣を脱ぐまで、僕はいつまでも待っていられるから。宝探しに出かけるのは今じゃなくても大丈夫だから。だからそばにいさせて。
虫に邪魔されることはないし、意地悪する風もない。こんなささやきだけで、話をすることがでるんだから。
幾多の色彩の中から選んだ貝殻色をふたりで探り、時折指が触れそして笑った。小粒で光る貝がら色を繋げて作った、その小さな粒の飾りは今も僕たちのそばで光ってる。
おやつが入った手提げにぶら下がって。
🌱
「あれ?藤井行かないの?もう昼だぞ」
「もしかして彼女がコッチに来てくれるとか?」
それは二時限目終了後の休み時間のこと。昼食後に一緒に食べるおやつが入ってる袋を携えた恵風が、瑞月を教室前の廊下に呼び出した。
「今日お弁当一緒に食べられなくなっちゃった だからこれ全部ミズキにあげる」
と、その袋を瑞月に向けた。瑞月はこの校内で突然雷に打たれたような表情で固まる。やっと動かせた手はワナワナと震た。
「なにがあったの?エッちゃん」
ひんやりと血の気を失った手が震え、声まで震える。
「今日当番の放送部の子、休んじゃったんだよね……で、わたしが代わりにって」
「ほ、放送?」
「そう……放送室でほとんど座ってるだけでいいって言うし……おもしろそうだから行ってくる」
「な……なるほど……分かったよ……頑張ってね」
「うん じゃあね~」
瑞月、恵風の親世代の頃のことだ。月琴高出身のシンガーソングライターが一世を風靡したことがあった。その卒業生はギターを抱えある日テレビに姿を現した。組んだ脚にギターを乗せ、弾き語る歌は失恋の歌。その頃の歌番組にはその卒業生の姿があったというほどヒットし、こんな半端な街から突如現れたスターを応援したい地元民は、失恋の歌を赤子の子守歌までに聴かせるほど、その頃の地元の民誰もが知る歌となった。
その頃より月琴高はそれまでと少し色を変え、軽音楽活動が熱心な校風へと風向きを変えた。個々の尊重と活動を重視したいため、部活動にまで発展はしてないが、多様な形で音楽に携わる生徒の姿が多く見受けられるようになった。
その出来映えを披露する機会は主に学校祭であったが、始終の知らせの役割以外眠ったままのような各教室のスピーカーの利用に気づき、放送部がここで絶大な存在感を見せることとなった。
生徒会運営のホームページ内に設けられている項目から投稿。校内での発表は各々厳しいルールの下で楽しく参加、発表の枠を手に入れようと激しい争奪戦が繰り広げられていた。
放送内容はその日の最新天気予報、リクエストや新曲の発表などの音楽のコーナー。そして小ドラマや小咄、各募集要項にイベント告知、時々先生ののど自慢と、短い枠を日替わりで充実させた生徒中心の活動だ。
放送部員が数名で当番になり、隙間で弁当を食らい任務をこなす。日々発声、滑舌の特訓や呼吸法習得は功を奏す。放送部の諸先輩方々は美声揃いで言葉遣いもキレイ。下級生も日増しに品の良い艶やかな声に生まれ変わって行った。
スターになった卒業生が蒔いた種は、今も月琴高で枯れることなく続いていた。
「あれ?藤井今日も?」
「まさかエッちゃんとケンカ中?」
「違うよ!」
明くる日の二時限目終了後の休み時間のこと。恵風が昼食後のおやつが入ってる袋を携え、瑞月を教室前の廊下に再び呼び出した。恵風からの呼び出しはいつも嬉しいが、近頃内容が好ましくないことから、おやつ袋を持った恵風を前に瑞月は若干顔が強ばる。
「兄弟からナンダかってのが感染っちゃってたんだって 今週うちのクラスが当番だったみたいで、今日もって言われちゃった……だからハイ」
と、再び袋を瑞月に向けた。瑞月は同じ理由の二度目を聞いても、そしておやつ袋という予告を見た覚悟を持っていてもやはり衝撃を受けた。それは昨日以上かもしれない。学校生活でのささやかな楽しみを連日奪われたこの気持ちを理解する者は、おそらく自身しかいない。まるで置いてけぼりにされた子どものようだ。けれど自分は高校生。葛藤がおやつを受け取る手をまた震えさせた。
「わ、わ、分かった……その子の早期回復を俺も願ってるよ……君も頑張ってね……」
と、絞り出すように言い、最後の髪の毛の裾までも見逃さず、数メートル先の自分のクラスに戻る恵風の後ろ姿を見送った。恵風の姿はもうそこにはないというのに立ち尽くす瑞月。自分の胸には受け取ったばかりのおやつ。それをジーっと見たまま一分、二分と過ぎ、やがてなにを思ったのか、瑞月は突然息を吹き返したように机に向かった。
〈・・・続きまして今日は詩の朗読を一本お送りします。読み手は昨日、今日と病欠の放送部員の補欠で来てくれた一年生です。この機会に放送部の体験もしてみてはと、私が提案してみました。部員ではない彼女の最近の興味は、柔軟剤の匂いを嗅ぐこと、とのことです。準備良いですか? はい、それでは匿名希望さんの作品、タイトル……〉
昼休みの賑やかな教室から微かに聞こえるその声は、恵風のものだ。黒板の上に設置されているスピーカーの真下には、弁当の途中で箸を握ったまま席を飛び立った瑞月。突然恵風の名を呼びスピーカーに向かって耳をすまし笑顔になってる瑞月の姿を見てしまった級友たちは、そこに釘付けとなり水を打ったような風景を作りあげた。
放送部部長は紹介した作品について必ず一言添えてくれることが好評で、部長が当番の週に当たった者は運が良いとされていた。そして自身が軽音楽のグループに属し、この放送部の活動を外側からも楽しんでいるひとりだという。帰りのバスの中で興奮しながら恵風が話す。頭が真っ白になって誰の作品とも分からないまま夢中で読んだ経験は、国語の授業とはまるで違うと笑いながら言った。
「色んな才能が集まった、わたしの知らない世界だったよ!とにかくスゴかった!」
「そうなんだ……」
「あとね部長さんって、よく突撃に行く人なんだって」
そう話す恵風自身も突撃された一人だと、自分で気付いていない。休んだ部員の代替というのは建前で、教室を訪れた際、応対した恵風を体験で連れて行ったのは部長だった。
そして、思いがけない出来事は連鎖するらしい。
「おーい藤井、呼んでるよ!」
週を変え、あれからの昼休みは通常を取り戻し、瑞月は乗り切った感があった。あと一時限で今日はおしまいという、午後の緩みを含んだある日の休み時間のこと、自分を呼んだのは話したこともない、彩色兼備の言葉がピッタリな三年生のスラリとした美女だった。彼女は瑞月の顔を見ると、自分のスマホからページを開き瑞月に見せた。
「君がこれを書いた藤井くん?」
「え……あ、はい……」
「私は放送部の榊って言います 先日放送室に投稿してくれた作品のことで話がしたくて来ました」
匿名希望でもそれは放送での使用の時だ。提出の際には年組名前を記入するようなっており、投稿者が削除をするまでは誰でも閲覧できるようになっている。瑞月の胸に不安が隠る。恵風を追い掛け、勢いづいて投稿ボタンを押してしまった。なにか問題があったのか、放送部員直々に言いに来たのかもしれない。下級生の自分に対し上級生である榊の丁寧な語りが不釣り合いで、なお不安を増幅させる。
「放送に使われませんでしたが、作品は保管されたまま閲覧自由状態になってることをご存知ですね?それで個人的に君と話をしてみたくなり…」
「はい?」
「コホン 実は放送部と言うより、音楽活動している位置からのお願いになります 迷惑を承知で直入に言うと、あの作品の使用許可が欲しいということなんです……時間もないので、これをまず聴いてくれたらと思います……共有できるかな? あっ大丈夫……変なものじゃないから」
「え?」
脳内で描いていた模様と違うことを言われた瑞月は、三拍ほどずれる。短い休憩時間の中で榊は一息に話をし、スマホを向け不安げな目で瑞月を覗いた。瑞月は理解半分のまま学ランのポケットからスマホを慌てて取り出し、早々ドロップさせた。音楽が共有されたようだ。
「匿名希望で曲募集にもなっていない作品から、本人を辿る行為はご迷惑かもしれないけれど、感想をと考えていたら曲が浮かんでしまいました 歌にするため一部改変させてしまいましたが、一時耳を貸してほしい……お返事を聞きに、近いうちにまたここに来ます ああそうだ一言欄にあった”エッちゃん”ってこの前来てくれた子?とっても素敵な恋愛をしてるのが伝わって……コレが浮かんでしました 突然押し掛けてごめんなさい では良いお返事をいただけるよう期待してます」
慌ただしく榊がその場を後にした間もなく、始業の鐘が鳴り出した。恵風のいる場所に毛先だけでも入り込もうとした、ただの出来心からだった。数分の出来事はまるで狐につままれたように感じた。まさか自分の身にそれが起きようとは。これは先日恵風から聞いたばかりの”突撃”というやつだ。恵風に話そうか、そうボンヤリ考えながら言う機を見つけられないでいた。恐らく恵風は生徒会のページを見ていない。自分がひっそりとしていたことは知られていないのだ。何より今日会ったばかりの榊のことを、放送部員で音楽をやっていることぐらいしか知らない。中途半端を話すより、まずは約束を果たす方が先なのだろうと思い直した。
家族が寝静まった夜半。今日が終わってしまう前に、駆け足して自分を訪ねてくれた熱意に応えなければならないと、再生ボタンに触れた。ノスタルジックに選ばれた電子の旋律に乗り、自分の書いた詞が歌になっていた。何気ないと思っていたことが、本当はその逆だったとあとで気付くことがある。自分のことを何も知らないはずの者が作った音楽に、なぜこれほど感情が揺さぶられるのか。あれは自分の気持ちを書いた。自分の叶ってほしい夢を書いた。音楽の作用は不思議だ。自分という枠が外れて言葉が追いつかない思いが溢れ、涙が零れた。
数日後、再び姿を見せた榊に聞き入れの返事をし、嬉しそうな姿を見ながら感動して泣いてしまったことまでは言えないでいた。ただの自分が書いただけのものに、どれほどの熱量を注ぎ込んでくれているのだろう。榊の才能に比べたら、こちらの方が申し訳ないくらいだ。と、感じている瑞月に、榊はまた驚くようなことを言った。
その後も榊はちょくちょく瑞月の元を訪れ、ある日は榊の仲間たちが瑞月の顔を見に来たことがあった。
時が過ぎると共に榊は滑らかな口調で瑞月に接するようになり、瑞月も上下関係忘れてしまうほど笑い合っていた。共通する思い入れのひとつでもあれば、学年は関係なくなるのか。いや、榊の気立ての良さに救われているのだろう。
そして――
「明日!明日が本番!一番いい出来にするから楽しみにしてて!」
明日から学校祭が始まる。心はずみから始まった交流。今を逃したらもう次はないかもしれないと、瑞月は榊に言い出せなかったことを告白をした。恥ずかしいと敬遠していたことが、相手には思いがけないプレゼントになることがある。榊はこどものように喜び、その姿は普段の丁寧を心がける姿勢を忘れた普通の女の子のように瑞月に映った。
「まだ一年生の君はたくさんチャンスがある……また良かったら放送室に送ってね アッという間だったなー3年間……あ、そうだ 君の将来の夢とか聞いていい?」
なぜそんなことを聞いてくるのか分からないまま、自分自身を音楽に乗せてくれた相手には素直を話すのが良いと、瑞月はこれを話すのは結日以来二人目だ。
「わあっそっかあ……すっごいパワーもらっちゃった ありがとう……じゃあ明日!」
輝く笑顔の榊に面して、顔を熱くした瑞月。明日がどうか無事成功に至りますように。
🌱
「榊先輩たちの演奏楽しみにしてたんだよね いつもコピーじゃなくてオリジナルなんだって」
「そ、そうなんだ……じ……実はさエッちゃ…」
暗転からドラムの音が響き出す。それに合わせて会場から手拍子が始まる。ギター、ベースが波に乗り、そこに飛び込むように重なる軽快なキーボード。そして照明がステージを一気に照らし、会場から歓声が上がった。
「ドミノタワーキーボード榊です 最後の学校祭をこの曲で締めることが出来て最高にハッピー! 私の夢は音楽の先生になることです」
軽快なリズムに乗ってメンバーの自己紹介が始まった。会場である体育館に観客が続々と押し寄せてくる。榊のいるバンドは人気のようだ。
「ベースモチ朗俺はゲーム漬け生活」
「ギターチョコ丸の夢はギターを背負って世界を旅すること」
「ドラム眠子外国暮らし」
自己紹介というより、これは――昨日榊に聞かれたことが過る。胸がソワソワとし、隣にいる恵風と繋いでいる手に力が入った。
「そして今日を迎えることができたのは、素敵な友だちがいたからこそ! もう一人のドミノタワーのスペシャルメンバー、リリシスト・ミズキの夢は”好きな人と家族を作ること”フーー!!」
ただの観客気分で会場にいた瑞月は、瞬間で顔面から火を噴いた。お互い学校祭準備で忙しく、今やっとふたりになれたのだ。秘密にしていたわけではないが、何も話さないまま今日まで来てしまった。
自分の想いを綴ったものが、音楽を伴うまでになってしまった。これを聴いた恵風はどう思うだろう。まるでステージ上に自分も立っているように、瑞月は緊張した。
「いつも元気に夢に向かって歩いて行けますように!今日はメンバー全員で歌います ドミノタワーから元気のスイッチオーーン!」
眩しさと歓声に包まれたステージが始まった。
CUTIE SKIP★
1
僕のこと
S2:スキなの?キライなの? 君のこと全部知りたい
怒っても ヤンチャでも いつでも僕は君が好き
A:君の顔のおひさまマーク
不思議で見てたら 僕を外へ連れ出した
B:ジャングルジムのテッペンでナイショ話
指切りゲンマン ワクワク クスクス 宝物
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
君のホッペもクチビルも
MY FIRST KISS WITH HER
とってもフワフワやわらかかった
2
A:おそろいエンピツ いつも一緒に登下校
時々寄り道 一緒に走った虹の下
B:クツ見て歩いたタマのケンカの半べそ
涙の夕日と見えたのは 僕を呼んでる笑う君
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
窮屈なブラは僕が外してあげる
MY FIRST KISS WITH HER
ずっとハートのハダカで抱き合いたい
S2:パパより ママより 誰より君を知ってる
遊びも 本気も 君のトクベツそれが僕
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
いつか僕たちオトナになって
MY FIRST KISS WITH HER
かわいい天使が来てくれる
毎日が
S2':
HAPPY! HAPPY! HAPPY! HAPPY! HAPPY! ・・・(※繰り返し)
君と僕!
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
おじいちゃん おばあちゃんになっても
MY FIRST KISS WITH HER
手を繋いでスキップしようね
どこまでもね
S1:MY FIRST KISS WITH YOU・・・
MY FIRST KISS WITH YOU・・・・・
校内放送では読まれなかった瑞月の詞は、この年の学校祭で放送部部長が属するバンド、ドミノタワーによって曲となり発表された。
三年生である榊は放送部を引退。部長の席を二年生に明け渡した。
夢の世界にいたようなステージに相反して、自分の隣には現実。横目でそっと伺うつもりが、プリンの目にしっかりと捕まった。
「わたし……榊さんに放送委員に勧誘されてるのかと、ずっと思ってた……」
「エ、エッちゃんその……」
「ミズキはなんも言わないし……」
「う、うんあのね……」
「……ビックリした……」
「え……」
「ビックリして歌詞ちゃんと聴いてなかった あとでちゃんと教えて」
「ぇえ!えっと……」
「イヤなの?」
「え……いや……その……」
「いーよ榊さんに聞くから」
「それはやめて」
「じゃああとで教えてね」
「……~」
今はまだ追いついていない自分が恥ずかしいだけ。いつか自分の声でしっかり伝えたい。
自分の隅々まで染み渡った、眩しい時間はきっと大切な思い出になる。
いつも輝いていた人から、”素敵な友だち”と自分を紹介してくれたことも絶対に忘れない。
最愛の人のことを歌にしたこの曲は、これまでの出来事含めた素敵な宝物。いつかふたりで迎える天使に聴かせたい。
解けない魔法のように、ずっと先の自分たちまで流れる音楽でありますように。
夢のような時間があっという間に過ぎ、けれど自分たちに残したものはきっとあの遠い日の卒業生のように眩しいものになるはずだ。
詞:藤井瑞月
曲:榊 ゆう
編曲:ドミノタワー
匿名希望 エッちゃんをいつも愛で支えたいミズキより
虫に邪魔されることはないし、意地悪する風もない。こんなささやきだけで、話をすることがでるんだから。
幾多の色彩の中から選んだ貝殻色をふたりで探り、時折指が触れそして笑った。小粒で光る貝がら色を繋げて作った、その小さな粒の飾りは今も僕たちのそばで光ってる。
おやつが入った手提げにぶら下がって。
🌱
「あれ?藤井行かないの?もう昼だぞ」
「もしかして彼女がコッチに来てくれるとか?」
それは二時限目終了後の休み時間のこと。昼食後に一緒に食べるおやつが入ってる袋を携えた恵風が、瑞月を教室前の廊下に呼び出した。
「今日お弁当一緒に食べられなくなっちゃった だからこれ全部ミズキにあげる」
と、その袋を瑞月に向けた。瑞月はこの校内で突然雷に打たれたような表情で固まる。やっと動かせた手はワナワナと震た。
「なにがあったの?エッちゃん」
ひんやりと血の気を失った手が震え、声まで震える。
「今日当番の放送部の子、休んじゃったんだよね……で、わたしが代わりにって」
「ほ、放送?」
「そう……放送室でほとんど座ってるだけでいいって言うし……おもしろそうだから行ってくる」
「な……なるほど……分かったよ……頑張ってね」
「うん じゃあね~」
瑞月、恵風の親世代の頃のことだ。月琴高出身のシンガーソングライターが一世を風靡したことがあった。その卒業生はギターを抱えある日テレビに姿を現した。組んだ脚にギターを乗せ、弾き語る歌は失恋の歌。その頃の歌番組にはその卒業生の姿があったというほどヒットし、こんな半端な街から突如現れたスターを応援したい地元民は、失恋の歌を赤子の子守歌までに聴かせるほど、その頃の地元の民誰もが知る歌となった。
その頃より月琴高はそれまでと少し色を変え、軽音楽活動が熱心な校風へと風向きを変えた。個々の尊重と活動を重視したいため、部活動にまで発展はしてないが、多様な形で音楽に携わる生徒の姿が多く見受けられるようになった。
その出来映えを披露する機会は主に学校祭であったが、始終の知らせの役割以外眠ったままのような各教室のスピーカーの利用に気づき、放送部がここで絶大な存在感を見せることとなった。
生徒会運営のホームページ内に設けられている項目から投稿。校内での発表は各々厳しいルールの下で楽しく参加、発表の枠を手に入れようと激しい争奪戦が繰り広げられていた。
放送内容はその日の最新天気予報、リクエストや新曲の発表などの音楽のコーナー。そして小ドラマや小咄、各募集要項にイベント告知、時々先生ののど自慢と、短い枠を日替わりで充実させた生徒中心の活動だ。
放送部員が数名で当番になり、隙間で弁当を食らい任務をこなす。日々発声、滑舌の特訓や呼吸法習得は功を奏す。放送部の諸先輩方々は美声揃いで言葉遣いもキレイ。下級生も日増しに品の良い艶やかな声に生まれ変わって行った。
スターになった卒業生が蒔いた種は、今も月琴高で枯れることなく続いていた。
「あれ?藤井今日も?」
「まさかエッちゃんとケンカ中?」
「違うよ!」
明くる日の二時限目終了後の休み時間のこと。恵風が昼食後のおやつが入ってる袋を携え、瑞月を教室前の廊下に再び呼び出した。恵風からの呼び出しはいつも嬉しいが、近頃内容が好ましくないことから、おやつ袋を持った恵風を前に瑞月は若干顔が強ばる。
「兄弟からナンダかってのが感染っちゃってたんだって 今週うちのクラスが当番だったみたいで、今日もって言われちゃった……だからハイ」
と、再び袋を瑞月に向けた。瑞月は同じ理由の二度目を聞いても、そしておやつ袋という予告を見た覚悟を持っていてもやはり衝撃を受けた。それは昨日以上かもしれない。学校生活でのささやかな楽しみを連日奪われたこの気持ちを理解する者は、おそらく自身しかいない。まるで置いてけぼりにされた子どものようだ。けれど自分は高校生。葛藤がおやつを受け取る手をまた震えさせた。
「わ、わ、分かった……その子の早期回復を俺も願ってるよ……君も頑張ってね……」
と、絞り出すように言い、最後の髪の毛の裾までも見逃さず、数メートル先の自分のクラスに戻る恵風の後ろ姿を見送った。恵風の姿はもうそこにはないというのに立ち尽くす瑞月。自分の胸には受け取ったばかりのおやつ。それをジーっと見たまま一分、二分と過ぎ、やがてなにを思ったのか、瑞月は突然息を吹き返したように机に向かった。
〈・・・続きまして今日は詩の朗読を一本お送りします。読み手は昨日、今日と病欠の放送部員の補欠で来てくれた一年生です。この機会に放送部の体験もしてみてはと、私が提案してみました。部員ではない彼女の最近の興味は、柔軟剤の匂いを嗅ぐこと、とのことです。準備良いですか? はい、それでは匿名希望さんの作品、タイトル……〉
昼休みの賑やかな教室から微かに聞こえるその声は、恵風のものだ。黒板の上に設置されているスピーカーの真下には、弁当の途中で箸を握ったまま席を飛び立った瑞月。突然恵風の名を呼びスピーカーに向かって耳をすまし笑顔になってる瑞月の姿を見てしまった級友たちは、そこに釘付けとなり水を打ったような風景を作りあげた。
放送部部長は紹介した作品について必ず一言添えてくれることが好評で、部長が当番の週に当たった者は運が良いとされていた。そして自身が軽音楽のグループに属し、この放送部の活動を外側からも楽しんでいるひとりだという。帰りのバスの中で興奮しながら恵風が話す。頭が真っ白になって誰の作品とも分からないまま夢中で読んだ経験は、国語の授業とはまるで違うと笑いながら言った。
「色んな才能が集まった、わたしの知らない世界だったよ!とにかくスゴかった!」
「そうなんだ……」
「あとね部長さんって、よく突撃に行く人なんだって」
そう話す恵風自身も突撃された一人だと、自分で気付いていない。休んだ部員の代替というのは建前で、教室を訪れた際、応対した恵風を体験で連れて行ったのは部長だった。
そして、思いがけない出来事は連鎖するらしい。
「おーい藤井、呼んでるよ!」
週を変え、あれからの昼休みは通常を取り戻し、瑞月は乗り切った感があった。あと一時限で今日はおしまいという、午後の緩みを含んだある日の休み時間のこと、自分を呼んだのは話したこともない、彩色兼備の言葉がピッタリな三年生のスラリとした美女だった。彼女は瑞月の顔を見ると、自分のスマホからページを開き瑞月に見せた。
「君がこれを書いた藤井くん?」
「え……あ、はい……」
「私は放送部の榊って言います 先日放送室に投稿してくれた作品のことで話がしたくて来ました」
匿名希望でもそれは放送での使用の時だ。提出の際には年組名前を記入するようなっており、投稿者が削除をするまでは誰でも閲覧できるようになっている。瑞月の胸に不安が隠る。恵風を追い掛け、勢いづいて投稿ボタンを押してしまった。なにか問題があったのか、放送部員直々に言いに来たのかもしれない。下級生の自分に対し上級生である榊の丁寧な語りが不釣り合いで、なお不安を増幅させる。
「放送に使われませんでしたが、作品は保管されたまま閲覧自由状態になってることをご存知ですね?それで個人的に君と話をしてみたくなり…」
「はい?」
「コホン 実は放送部と言うより、音楽活動している位置からのお願いになります 迷惑を承知で直入に言うと、あの作品の使用許可が欲しいということなんです……時間もないので、これをまず聴いてくれたらと思います……共有できるかな? あっ大丈夫……変なものじゃないから」
「え?」
脳内で描いていた模様と違うことを言われた瑞月は、三拍ほどずれる。短い休憩時間の中で榊は一息に話をし、スマホを向け不安げな目で瑞月を覗いた。瑞月は理解半分のまま学ランのポケットからスマホを慌てて取り出し、早々ドロップさせた。音楽が共有されたようだ。
「匿名希望で曲募集にもなっていない作品から、本人を辿る行為はご迷惑かもしれないけれど、感想をと考えていたら曲が浮かんでしまいました 歌にするため一部改変させてしまいましたが、一時耳を貸してほしい……お返事を聞きに、近いうちにまたここに来ます ああそうだ一言欄にあった”エッちゃん”ってこの前来てくれた子?とっても素敵な恋愛をしてるのが伝わって……コレが浮かんでしました 突然押し掛けてごめんなさい では良いお返事をいただけるよう期待してます」
慌ただしく榊がその場を後にした間もなく、始業の鐘が鳴り出した。恵風のいる場所に毛先だけでも入り込もうとした、ただの出来心からだった。数分の出来事はまるで狐につままれたように感じた。まさか自分の身にそれが起きようとは。これは先日恵風から聞いたばかりの”突撃”というやつだ。恵風に話そうか、そうボンヤリ考えながら言う機を見つけられないでいた。恐らく恵風は生徒会のページを見ていない。自分がひっそりとしていたことは知られていないのだ。何より今日会ったばかりの榊のことを、放送部員で音楽をやっていることぐらいしか知らない。中途半端を話すより、まずは約束を果たす方が先なのだろうと思い直した。
家族が寝静まった夜半。今日が終わってしまう前に、駆け足して自分を訪ねてくれた熱意に応えなければならないと、再生ボタンに触れた。ノスタルジックに選ばれた電子の旋律に乗り、自分の書いた詞が歌になっていた。何気ないと思っていたことが、本当はその逆だったとあとで気付くことがある。自分のことを何も知らないはずの者が作った音楽に、なぜこれほど感情が揺さぶられるのか。あれは自分の気持ちを書いた。自分の叶ってほしい夢を書いた。音楽の作用は不思議だ。自分という枠が外れて言葉が追いつかない思いが溢れ、涙が零れた。
数日後、再び姿を見せた榊に聞き入れの返事をし、嬉しそうな姿を見ながら感動して泣いてしまったことまでは言えないでいた。ただの自分が書いただけのものに、どれほどの熱量を注ぎ込んでくれているのだろう。榊の才能に比べたら、こちらの方が申し訳ないくらいだ。と、感じている瑞月に、榊はまた驚くようなことを言った。
その後も榊はちょくちょく瑞月の元を訪れ、ある日は榊の仲間たちが瑞月の顔を見に来たことがあった。
時が過ぎると共に榊は滑らかな口調で瑞月に接するようになり、瑞月も上下関係忘れてしまうほど笑い合っていた。共通する思い入れのひとつでもあれば、学年は関係なくなるのか。いや、榊の気立ての良さに救われているのだろう。
そして――
「明日!明日が本番!一番いい出来にするから楽しみにしてて!」
明日から学校祭が始まる。心はずみから始まった交流。今を逃したらもう次はないかもしれないと、瑞月は榊に言い出せなかったことを告白をした。恥ずかしいと敬遠していたことが、相手には思いがけないプレゼントになることがある。榊はこどものように喜び、その姿は普段の丁寧を心がける姿勢を忘れた普通の女の子のように瑞月に映った。
「まだ一年生の君はたくさんチャンスがある……また良かったら放送室に送ってね アッという間だったなー3年間……あ、そうだ 君の将来の夢とか聞いていい?」
なぜそんなことを聞いてくるのか分からないまま、自分自身を音楽に乗せてくれた相手には素直を話すのが良いと、瑞月はこれを話すのは結日以来二人目だ。
「わあっそっかあ……すっごいパワーもらっちゃった ありがとう……じゃあ明日!」
輝く笑顔の榊に面して、顔を熱くした瑞月。明日がどうか無事成功に至りますように。
🌱
「榊先輩たちの演奏楽しみにしてたんだよね いつもコピーじゃなくてオリジナルなんだって」
「そ、そうなんだ……じ……実はさエッちゃ…」
暗転からドラムの音が響き出す。それに合わせて会場から手拍子が始まる。ギター、ベースが波に乗り、そこに飛び込むように重なる軽快なキーボード。そして照明がステージを一気に照らし、会場から歓声が上がった。
「ドミノタワーキーボード榊です 最後の学校祭をこの曲で締めることが出来て最高にハッピー! 私の夢は音楽の先生になることです」
軽快なリズムに乗ってメンバーの自己紹介が始まった。会場である体育館に観客が続々と押し寄せてくる。榊のいるバンドは人気のようだ。
「ベースモチ朗俺はゲーム漬け生活」
「ギターチョコ丸の夢はギターを背負って世界を旅すること」
「ドラム眠子外国暮らし」
自己紹介というより、これは――昨日榊に聞かれたことが過る。胸がソワソワとし、隣にいる恵風と繋いでいる手に力が入った。
「そして今日を迎えることができたのは、素敵な友だちがいたからこそ! もう一人のドミノタワーのスペシャルメンバー、リリシスト・ミズキの夢は”好きな人と家族を作ること”フーー!!」
ただの観客気分で会場にいた瑞月は、瞬間で顔面から火を噴いた。お互い学校祭準備で忙しく、今やっとふたりになれたのだ。秘密にしていたわけではないが、何も話さないまま今日まで来てしまった。
自分の想いを綴ったものが、音楽を伴うまでになってしまった。これを聴いた恵風はどう思うだろう。まるでステージ上に自分も立っているように、瑞月は緊張した。
「いつも元気に夢に向かって歩いて行けますように!今日はメンバー全員で歌います ドミノタワーから元気のスイッチオーーン!」
眩しさと歓声に包まれたステージが始まった。
CUTIE SKIP★
1
僕のこと
S2:スキなの?キライなの? 君のこと全部知りたい
怒っても ヤンチャでも いつでも僕は君が好き
A:君の顔のおひさまマーク
不思議で見てたら 僕を外へ連れ出した
B:ジャングルジムのテッペンでナイショ話
指切りゲンマン ワクワク クスクス 宝物
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
君のホッペもクチビルも
MY FIRST KISS WITH HER
とってもフワフワやわらかかった
2
A:おそろいエンピツ いつも一緒に登下校
時々寄り道 一緒に走った虹の下
B:クツ見て歩いたタマのケンカの半べそ
涙の夕日と見えたのは 僕を呼んでる笑う君
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
窮屈なブラは僕が外してあげる
MY FIRST KISS WITH HER
ずっとハートのハダカで抱き合いたい
S2:パパより ママより 誰より君を知ってる
遊びも 本気も 君のトクベツそれが僕
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
いつか僕たちオトナになって
MY FIRST KISS WITH HER
かわいい天使が来てくれる
毎日が
S2':
HAPPY! HAPPY! HAPPY! HAPPY! HAPPY! ・・・(※繰り返し)
君と僕!
S1:MY FIRST KISS WITH YOU
おじいちゃん おばあちゃんになっても
MY FIRST KISS WITH HER
手を繋いでスキップしようね
どこまでもね
S1:MY FIRST KISS WITH YOU・・・
MY FIRST KISS WITH YOU・・・・・
校内放送では読まれなかった瑞月の詞は、この年の学校祭で放送部部長が属するバンド、ドミノタワーによって曲となり発表された。
三年生である榊は放送部を引退。部長の席を二年生に明け渡した。
夢の世界にいたようなステージに相反して、自分の隣には現実。横目でそっと伺うつもりが、プリンの目にしっかりと捕まった。
「わたし……榊さんに放送委員に勧誘されてるのかと、ずっと思ってた……」
「エ、エッちゃんその……」
「ミズキはなんも言わないし……」
「う、うんあのね……」
「……ビックリした……」
「え……」
「ビックリして歌詞ちゃんと聴いてなかった あとでちゃんと教えて」
「ぇえ!えっと……」
「イヤなの?」
「え……いや……その……」
「いーよ榊さんに聞くから」
「それはやめて」
「じゃああとで教えてね」
「……~」
今はまだ追いついていない自分が恥ずかしいだけ。いつか自分の声でしっかり伝えたい。
自分の隅々まで染み渡った、眩しい時間はきっと大切な思い出になる。
いつも輝いていた人から、”素敵な友だち”と自分を紹介してくれたことも絶対に忘れない。
最愛の人のことを歌にしたこの曲は、これまでの出来事含めた素敵な宝物。いつかふたりで迎える天使に聴かせたい。
解けない魔法のように、ずっと先の自分たちまで流れる音楽でありますように。
夢のような時間があっという間に過ぎ、けれど自分たちに残したものはきっとあの遠い日の卒業生のように眩しいものになるはずだ。
詞:藤井瑞月
曲:榊 ゆう
編曲:ドミノタワー
匿名希望 エッちゃんをいつも愛で支えたいミズキより
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「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
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青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
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