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紫電の刃、ちゃっぴー登場!

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「こりゃあ困ったね!」

ハンサムな紳士は混沌の渦の中にあってなお落ち着き払った様子でメロンソーダを口に含む。
たかしの姿を見つめる彼の優しい眼差しは、自分の子供の晴れ姿を見る親のようにどこか誇らしげであった。

「……あの、すみません、この騒ぎは……」

「ん?ああいや、別に君が悪いわけじゃないぞ」
「あ、はい……」
「そうだな……強いて言えば……運が悪かった、かな?」
「運……ですか?」
「うん」

「……」

「……まあ、にわかには信じがたいことだが、このような場所こそが世界では大半を占めているのだよ。電子マネーの ”がもがも” が使えないだけで銃を突きつけられるような世の中が」

「そ、そんな馬鹿な……」

「それよりたかしくん、後ろだ」
「え?」

いきなり名前を呼ばれ、動揺している間に背後に何かが迫っていた。

振り向きざまに白く光る物が見えた。
刃物だ。早い。恐ろしく。避ける間も無かった。

激しい金属音と共に火花が飛び散り、たかしは咄嵯に身を屈める。

髪の毛が数本宙を舞う。

鋭い鎌が頭上を通過し、そのまま吸い寄せられるように軌道を変えて戻っていくのがわかった。

目の前に真っ二つになったフォークが転がっている。

おそらく鎌の軌道を変えるために紳士が投げてくれたものだろう。
彼の助けが無ければ今の一撃で首が飛んでいたかもしれない。

「た、助かりました……!」
「礼はいらないよ。それよりも、ほら、前を見たまえ」
「え……あっ……!」

いつの間に近づいていたのか、髪を逆立ちさせた老婆がたかしの目の前に立っていた。彼女は手に持った鎖鎌を握りしめ、目を血走らせ、歯を剥き出しにしている。

(うっ……こ、この人、つ、強いぞ……)

小柄な老婆が巨大な猛獣のように見えた。

ごろつきたちに囲まれた時は怖くもなんともなかったが、今は違う。
このままでは殺されてしまう。
老婆の放つ凄まじい殺気がたかしの肌を粟立たせる。

「この野郎がぁ!!」
「ひっ、ま、待って……!」

たかしの顔のすぐ傍を鎖鎌の分銅が唸りを上げて掠めていく。
もし一歩後ろに下がっていなかったら今頃、顎を吹き飛ばれていただろう。

しかし、老婆の狙いはたかしの頭ではなかった。

老婆は鎖を掴むと、分銅の軌道を複雑に、そして奇妙に変化させる。それはまるで生き物のようにうねり、たかしの脚を素早く絡め取った。

「えっ!?おわあっ!」

視界が一回転し、次の瞬間には背中から地面に叩きつけられていた。
一瞬の早業。たかしには何が起こったのかわからない。

しかし、それどころではない。
自分の上に馬乗りになっている老婆は今にも右手の鎌で自分の喉笛を引き裂こうとしているのだ。

(避けきれない!!)

たかしが死を覚悟した瞬間、老婆は急に動きを止める。
見ると老婆の手を紳士が優しく握りしめているのがわかった。

「ちゃっぴーさん、そこまでにしましょう。素手の若者に鎖鎌はやりすぎですよ」
「離しな!こいつはうちの店で食い逃げしようとしたんだよ!」

老婆は口から泡を飛ばし紳士の手を引き離そうと藻掻いていたが、紳士は微動だにせず片手で老婆を抑え込んでいる。

小柄とはいえ鎖鎌を恐ろしい勢いで振り回していた老婆の動きを片手でいとも簡単に封じているのだ。

「おい!ざけんじゃねーよ!止めんな!」

「落ち着いてください、誤解ですよ。彼は食い逃げをするつもりなどありません。代金は私が支払う約束だったんです」
「黙れ!こいつのせいでな、店がめちゃくちゃなんだよ!」

「だったらこのお店のことも私が弁償いたしましょう」
「何だって!?」
「それからちゃっぴーさん、旧車がお好きでしたよね。私が使っていたものでよろしければ差し上げましょうか?」
「ほ、本当かい!?」

「ええ、その代わり……」
「……な、なんだい?」
「私たちはこの騒動を収めないといけません」

「あ、ああ、そうだね!そうさ!俺ゃ忙しかったんだ!」

紳士は呆れたようにため息をつくと腕を掴んでいた手を離し、労わるように老婆の肩に軽く手を置く。

「ご協力感謝します。ここは私が責任を持ちますので、ちゃっぴーさんはゆっくりと休んでください」

噛んで含めるように諭されると、老婆は目を輝かせて何度も大きく首を縦に振り、スキップしながら店の奥へと消えていった。

「やれやれ……」

紳士はどこか楽しそうにそう言うと、次は怯えていた女主人の傍らにしゃがみ込んで優しく語り掛ける。

「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「あ、ああ、はい……」
「よかった。この店の食器類はなかなか質が良いですね。これを揃えるのはさぞご苦労なさったことでしょう。すべて私が買い戻しいたしますのでご安心ください」
「い、いえ、と……とんでもありません……」

「さて、次は……」

紳士は立ち上がると店内を見回す。
そして、紳士は床に転がっていた原始人をふわりと抱き起こし、長椅子に横たえた。

「……う、うがが」

原始人みたいな恰好だからといって、うががはないだろう。
だが命に別状はないようだ。紳士は原始人の手に土偶か埴輪を握らせると、周囲の人々ににっこりと笑ってみせる。

「みなさま、どうぞご心配なく。この方はただ眠っているだけです。じきに目覚めるでしょう」

安堵のため息が漏れる。すると今度はポンチョをドアに挟んで転んでいたアミーゴに歩み寄り、紳士は同じようにして助け起こす。

「おお、なんということだ。美しい生地に足跡がついてしまっている!どうぞ、ささやかですがクリーニング代として使ってやって下さい」

紳士が笑みを浮かべながら財布を取り出すと、アミーゴは驚き恐縮して首を振る。だが、紳士はそれを無視して無理やりに紙幣を握らせた。

「お、あっ……あの、ありがとうございます」
「いいえ、礼には及びません。ここに来る度に素晴らしい演奏を聞かせていただいておりますので」

「あ、おお、お……ぐずっ」

アミーゴたちの目尻から熱い涙が零れると、紳士はハンカチを取り出しそっと拭ってやる。紳士の人柄が伝わってくるような美しい振る舞いの数々に、店内にいた客やごろつき達はすっかり魅了されているようだ。

(マジかよ……)

戸惑うたかしをよそに紳士は次々と傷付いた人々に優しい言葉をかけ、また強引に金を握らせてゆく。

そして紳士は改めて聴衆たちに向き直ると、恭しく頭を下げ、口を開く。

「どうやらどなたもご無事なようですね。さて、これも何かのご縁です……」
「??」
「どうぞ、お好きな物をご注文ください。私からのおごりです」

紳士の言葉に人々は歓声を上げ、拍手が巻き起こった。

やがてたぬきがギターをかき鳴らし、ビール瓶を手にしたソンブレロハットのアミーゴ達が大騒ぎを始めれば、先ほどの出来事など無かったかのようにすべてが元通りになっていた。

もはやたかしを奇異の目で見る者は一人もいない。店内は紳士の持つ不思議な魅力に完全に支配されていた。
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