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決着!ナースゾンビ
しおりを挟む「伏せろシンイチ!!」
「えっ」
友人の男の叫び声にシンイチの髪がざわりと逆立つ。
その直感は正しかった。
ナースゾンビの肉塊が数倍の大きさに膨れ上がったかと思うと、突き刺さっていた数万本のメスを一気に弾き飛ばしたのだ!
それはまるで爆発だった。
気がつけばナースゾンビの肉塊から放たれた無数の血塗られた刃がシンイチたちの視界を埋め尽くしている。
その瞬間、シンイチの時間がゆっくりと流れ始めた。
音が消えて、世界が静寂に包まれた。
目の前に迫る赤い波のうねりが、その流れがはっきりと見える。荒れ狂うメスの刃が肉食魚の群れのように自分に向かってくる。耳に届く低く鈍い響きが、空気を切り裂く音だとわかった。
しかし、シンイチは目を見開いたまま動くことができなかった。
避けろという本能的な叫びが頭の中で響くが、体は石のように固まったまま言うことを聞かない。
(あ……これ死んだわ)
シンイチは悟った。
もうどうしようもないのだということを。
友人の男が逃げ遅れた自分を助けようと手を伸ばしているのがわかった。
その必死の形相がシンイチの心臓を締め付ける。
……なんていいヤツなんだ。
お前が友達でよかった。一緒に旅が出来て本当に楽しかったよ。
あの世でも仲良くしような。
けどな、お前が女ゾンビを探しに行こうなんて言い出したからこうなったんだぞ。
「……」
俺らしくもないな、人のせいにするなんて。
でもま、そんなもんか俺なんて……。
そうだ、優ちゃんにさよならを言わなきゃ。
……。
…………。
……いや、そうじゃねえだろ!?
何を勘違いしているんだお前は、優ちゃんと約束したんだろうが!
こんなところで死んでる場合か!
シンイチは全身の力を振り絞り、必死に動こうとした。
向かってくる無数のメスの刃がスローモーションのようにゆっくりと迫ってくる。
このまま突っ立っていれば間違いなく死ぬ……だけど。
(優ちゃんを海に連れて行くんだろが!!!)
迫り来る赤い波を前にして、シンイチはあらん限りの力を振り絞る。
その刹那、視界の端から影が飛び込んできた。
優ちゃんだ。
優ちゃんは迷いなくシンイチの目の前に飛び出し、身を挺してシンイチの盾となったのだ。
(!?だめだよ優ちゃん、逃げて!)
そんな叫びは声にならない。
優ちゃんの全身に無数の刃が突き刺さろうとしている。それは永遠のように感じられるほどの長い一瞬だった。
だが俺はピクリとも動けねえ。
情けねえ。
温かい涙がじわりと溢れ出したその瞬間、シンイチの時間が再び動き出した。
「優ちゃん!!」
シンイチは夢中で彼女の名を呼んだ。
そして同時に強烈な風が吹き荒れ視界が真っ白になり、シンイチは床に倒れ伏していた。
「みんなごめんね!もう大丈夫だよ!」
慌てて顔を上げると粉々に砕かれたメスの破片が、星屑のようにキラキラと輝きながら舞うのが見えた。
異次元のスピードで放たれた優ちゃんの拳が何もかもを吹き飛ばしたのだ。
ナースゾンビは千切れた手足から血の付いたメスの刃をばらまきながら倒れ伏し、びくびくと痙攣している。
一方で優ちゃんはまったくの無傷だった。
「優ちゃん!大丈夫!?」
そんな心配をよそに彼女はけろっとしている。
「うん、もう平気だよー!」
「よかった……」
思わず安堵すると同時に全身の力が抜けていくのを感じた。
もう立っていられない。
「シンイチ!しっかりしろ!」
友人の男が支えてくれたおかげで何とか倒れずに済んだものの、極度の疲労なのか、緊張からなのかもはや指一本動かす気力もない。
「わ……悪ぃ……」
「お礼なら優ちゃんに言えっての!」
「あ、ああ、そうだな」
友人の男の言う通りだ。シンイチは優ちゃんの方を見る。
「助けてくれてありがとう」
「えへへー、そんじゃあの人たちをやっつけてくるね!」
優ちゃんはぱたぱたとナースゾンビに走り寄ると、無造作にナースゾンビに殴りかかる。
「やー」
それは一方的な暴力だった。
「ぎゃばっ!あがあぁああぁっ!!」
パンチが肉塊を直撃するたびにナースゾンビの肉があっさり飛び散っていく。
まるで夢でも見ているかのような状況にシンイチも友人の男も言葉を失うしかなかった。
「おりゃー」
「ぶぎゃ!あぎいいい!!」
シンイチと友人の男があれほど苦戦したナースゾンビも、優柔不断ゾンビにとってはゾンビを丸めただけのサンドバッグに過ぎないのだと思い知らされる。
優ちゃんがぶんぶんと腕を振るたびに肉塊は大きくぐらつき、頭や手足は砕かれ、まるで水風船が弾けるようにばちんばちんと肉片が飛び散っていく。
もうナースゾンビにはどうすることもできないのだろう、優ちゃんのくり出すパンチをただ受け続けるしかないようだ。
「シンイチ……これ俺らいる?」
「い、いやまあ……」
シンイチは曖昧に言葉を濁すしかなかったが、もはや戦闘ではなくなっていた。
「えいやー」
優ちゃんがくるりと身をひるがえしながらジャンプキックを放つと、ナースゾンビはずどんと爆散。
体中に突き刺さったメスの刃が花火のように吹き飛び、飛散した血肉は雨となってぼたぼたと天井から降り注ぐのであった。
「みんな~!終わったよ!」
優ちゃんはよろめくこともなく元気いっぱいにこちらへ向かって来ると、シンイチに向かってにっこりと笑いかけてきた。
「……終わった」
友人の男がぽつりと呟いた瞬間、シンイチを縛りつけていた緊張が一気に解ける。
「やったああ!!優ちゃん最高ぉお!!」
シンイチは思わず大声を上げた。
「シンイチ!さっさと逃げようぜ!」
「落ち着け。わかってるさ、でもその前に……」
シンイチたちはナースゾンビの残骸に近づくと手を合わせる。
「成仏しろよ」
そして三人はそのまま動物病院を出ると、駐車場へと向かうのだった。
「なあシンイチ。最強の生命体とやらを倒されたってのに、AIの奴は何も言ってこなかったなぁ」
「見物してる途中でバッテリーが切れたんじゃね」
「かもな、ハハハハッ」
シンイチは考える。
あのAIは動物病院に残って研究とやらを続けるつもりなのだろうか?
そもそもAIはあの程度の戦力で優ちゃんに勝てると考えていたのだろうか?
あるいはあの戦いそのものが何かの時間稼ぎだったのだろうか?
だがすべてはどうでもいいことだ。
もうここに用はないし、さっさと立ち去るべきだ。
「ねえ、シンイチ。なんかゾンビがいっぱい来てるよー」
「えっ?」
ナースゾンビとの死闘の匂いに惹かれたのか、ゾンビたちがよたよたと近づいてくるのがわかった。
一見すると何の変哲もないゾンビ軍団だが、口からこぼれる歯は大きく鋭く……まるで肉食獣のような牙だ。
そして数が異常に多い、その数ざっと十体以上、千三百二十七万体以下!
「シンイチ!数が多すぎる!もう終わりだ!どうしようもない!」
「落ち着け。相手にする必要はない、とっとと逃げればいいんだよ」
最後っ屁とばかりに石ころをひょいと投げると数体のゾンビがどさりと倒れる。だがもう限界だ。優ちゃんはともかくシンイチたちはこれ以上戦えない。
三人はゾンビたちを振り切るようにスーパーアイアンハルクに向かって走り出していた。
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