ゲンパロミア

人都トト

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第二章

第二章 モズニエ-3

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「さて…。」

空が青く、眩しい。

可能な限り早く日陰に行けと指を差されている気がした。

「とりあえず、次の屋根でも探すか。」

精神が孤独に耐えられず、独り言を言う癖がついてしまった。

浮遊したまま街中を探索する。

裏通りを通っても本当にその全てが打ち捨てられている訳ではない、逆になぜこの劣悪な環境で生きているのかと恐ろしくなる独居老人や惨めさを助長する新婚夫婦の新築物件も区画には並ぶ。

暮らしがある。

歴史ある建造物が並ぶと言うよりもただ単に整備をされていない戸建てが建ち並び、ところどころでアンマッチな新しさが目に入る。

普通ののんびりとした雑多な生活感は刺激が強く、くらくらと酔いそうになる。

彼が探しているのは実質的には終の住処にしても、生きているものから誰も睨まれない場所である。

何をどうやったとしても初花が訪れることのない、これ以上なくカビ臭くて全てが見放すような屋内だ。

このムラの空気は余りにも澄んでいる。

いやムラじゃなくて街、と勝手に思考回路が働いた、これもまた不愉快な認識だ。

「あぁ……クソッ。」

毒づく言葉が口をついて出る。

誰だ、人の頭の中にまで目ざとく指を刺しているのは。

自分を視認できる存在はごく限られるはずだが、その架空の非難の視線は常に感じていた。

区画を変えるため、浮上高度を上げた。

ディティストはカルザズ民族にて生産されたと記憶している。

とはいえどんな場所であったかの具体的な記憶はほとんど無い、というより断片的にしか思い出せない。

同型の破壊兵器もいくつか認識した覚えこそあるが朧げで、少なくとも自分は生まれたと言うより生産されたという方が表現が正しいと思えていた。

変わらないことはディティスト自身が同族の中のイレギュラー、長く綴じられた自我の支配をようやく自分のものとして取り戻したことだ。

自分が自分であると気づき、それが目覚めるような感覚であった時に精神を包んだのは誰かを殺めたという事実と脳が破壊されそうなほどの罪悪だった。

目覚めた瞬間に、彼は死人を見た。

ディティストは自分の意志が暗闇の中から掬い上げられた事に気づくと同時に、仕組まれた拒絶反応か反射としてまともに見ないままその手を振るい、誰かに仕える少女を燃やした。

それは彼と同じかそれ以下の歳に見える者であったが、既に事切れていることは明らかであった。

その時初めて、自らの手で人を殺したことを理解した。

理解しても脚が無く、漠然と無い腕を伸ばすばかりでどうすることもできなかった。

ただその命を助けたいと思っただけだったのに、それは彼の手には余った。

ディティストは自分の意志が暗闇の中から掬い上げられた事に気づくと同時に、仕組まれた拒絶反応か反射としてまともに見ないままその手を振るい、誰かに仕える少女を燃やした。

驚き、恐怖、大きな破壊。

覚えていないと言えればよかったが、ディティストは最早自分の見たものを都合よく忘れるということも出来なくなっていた、眼前でただ制御の効かない自分の暴力を、燃えて潰れる全てに絶望した。

破壊衝動に飲まれたまま手当たり次第に辺りのものを壊し、炎は彼の視界に映る全てのものを飲み込み灰燼に帰す、彼の嘆きに応えるように激しく燃え盛った。

全てに絶望して…そこからが問題だ、何故自分がここにいるのかはてんでわからない、死んだにしては意識がはっきりとしている。

とにかくはあの惨劇は二度と繰り返してはいけない、自分の破壊の手綱は自分で厳しく絞めなければ、また普く全てを壊す。

重い後悔に脳を巡らせていると空中で何者かに激しく罵声を浴びせられた。

アギャアと同じ重みの何かが追突した。

驚いて顔を上げると、鋭い眼の黒鳥がこちらを睨み、また空中で旋回した後追撃に迫っていた。

視界が広がる黒い羽根に覆われる、その眼からは狩りの意思を感じ取ることができた。

ディティストはこの生物の名までは知らないが、いよいよ鳥にまで敵対され集られてしまうのかと思えば怒りより情けなさが勝る。

息を飲む間も無く襲ってきた嘴による一撃を避けようと体を捻ると、今度は横からもう一羽現れた。

連携し、避けた後の隙を狙っているのか。

しかし、それでもディティストの反応の方が速い。

一羽の嘴を回避した後に、もう二羽目の攻撃は高度を下げるだけで間に合う、体格が太っており枯れた地平の猛禽類に比較すれば大した物ではない。

この地に我ら以外の敵はないと信じる、怯えよりも醜い舐め腐った目だ。

正面から無策にも二羽、大きく口を開くとそのまま突進してくる様子が見えた。

この鳥共がどんな生き物であろうと構わないが、ただ一つだけ確実に言えるのはその動きが単調すぎることだ。

頭部を傾け、一瞬重力に身を任せ、回転力を付けながら右爪を引く。

勢いそのまま二羽の鳥付近を見据えて拳を撃つ、その合間に当たらない豪速を。

弱気な加害者未遂の浮遊浮浪者としてでは無く、兵器としての本領。

その攻撃速度は鳥達の想定を大きく超えているはずだ。

「──諦めたか。」

その拳に手応えが一切なかったことに、ディティストは極めて安心した。

愚か者は慌てて逃げ出す、牽制には十分だった。

鳥の一羽や二羽、大きさからして他愛無い。

だが何かを壊すことは、必ず感覚の麻痺や慣れを引き起こす、破壊に慣れた末路を身をもって知っている。

「身の程を、弁えろ。」

久しく思った通りの声を出した、鳥には聞こえぬ距離であろうが。

本当に暴言しか吐けない口だ。

当初の目的を思い出す、次の居場所を探す作業に戻るがどうにもあの鳥が消えた方向に向かう気にはなれずに湾岸の逆方向へと浮力を傾けた。

蓮葉亭は実際この方角にあるが、何となく今そこに向かうのは後ろめたく初見の地を優先させる。

しばらく進むと、少し開けた場所に出た。

建造物がまばらでありシャッターが多く、また道幅が密集地に比べるとかなり広い。

ディティストはひとまずそこに降り立つことにした。

気を取り直し、一件ずつ住宅の様子を見ていくとしよう。

ふらりと路地に高度を下げる、どうせ通る安寧の人々に自分は不可視だ。

手を繋ぐ親子、顔の暗いスーツの男、極めて低速に何かの器具を手押す老人。

薄黄色の肌の柔らかさが恐ろしく、それでも杞憂を払い観察を続ける。

あの家は喧嘩をしている、この店は中が荒らされていて家具が無い、そうして何枚もの壁やブロック塀を抜けて。

「おばけ!?」

不意に、声が聞こえた。

視線を上げずとも視線でその対象を見やる、初花の声ではない。

「餓鬼? 何故見えている。」

不意に透過を解き、呟いた瞬間に、眼前にべとりと何かが貼りついた。

感覚は鈍くとも確かに水気がある、そして表情を見る間もなく視界が封じられる。

その向こうから子供の声がした、一瞬見えたそれは赤毛だ。

「え、お友達?よかったね先生!」

このムラには不意打ち好みの蛮族が多いのか。

その正体を確かめようにも別添えの手すらもそのぶよぶよとした何かに掴まれ。

「あとで私にも紹介して!」

急に人間の声が遠のく、どこかに強く投げられた。

人間の声が遠のく、同時にどこかに強く投げられた。

衝撃が地面にぶつかった事を自覚させる。

肉、赤、筋肉、何をされた。

自分に無いある種の人の象徴が鈍い知覚を覆いつくし、浮遊しようにも恐怖の速度でぶくぶくと重みが増して浮遊の力を上回っていく。

これは自分が知る全ての生き物に該当しない、その事実に気づくと共に一瞬自分を質量に透過させ、再出現、その際に生じるエネルギーを内側から爆発させた。

ディティストに組みついていた全ての質量がその衝撃に耐えられずに散り、瞳は視界を取り戻す。

視界から肉が消え、子供が消え、場所は暗い路地だった。

人間の内側の様な肉が全方向に弾かれ、赤黒い汚物がコンクリートの壁に付着する様子はディティストがまた過ちを犯したかと瞬間的に絶望しそうになる狂乱の現場。

しかしその推測を破るように壁面の肉片が蠢きを見せる。

「な……っ!」

直線的な、暴力的な、恐らくは突きを狙う棒状の肉が、杭のように同時多発的に刺さんと出現した。

明らかに自分の知る人間や生物の動きではない。

浮遊を解き、地面に転がり赤い汚染地から後方に、明らかな危害行為を免れ、垂直に上昇。

その瞬間に明らかな攻撃の主を見た。

自分の視界を奪ったものと同じ赤い色、この距離からでも圧倒される巨体、頭に金属片と白布が巻かれているがその全てが同色で汚染されている、まるで生皮なき拷問の末路、しかしそこにはその体格と同様に得体の知れぬ殺意があった。

人を殺していない事に安心している場合でも、動物を軽く脅すどころでも無い、一切加減すべきでないという情報がそのすべてが物語る。

「…汝は、怪物か!」

自分の穏やかな理想的生活規範に「怪物を除く」と上書く事を暗に決める。

ディティストは相手を見据え、その巨体を裂くために、三対の鋭い爪先を発射した。

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