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猫皇子 3
しおりを挟む西宮に続くあの森で襲撃されてからの記憶は曖昧だ。
初めて自分でかごから出たあたりから、ようやく頭も体もしっかりとしてきたようだ。
そういえばあのとき、フェリシアが泣いていたな。
ランドルはふと思い出した。
あのときは驚いた。
ランドルの周りの者は皆大人でしっかりとしており、たとえ子供の頃でも、あんなふうに手放しで、赤ん坊のように泣くものなど見たことがなかった。
あの日からランドルの体力が少しづつ戻っていった。
最初は部屋の中でさえ、歩くとぐったりしたものだったが、今ではかなり動き回れるようになった。
ここ何日かは、こうして屋内を散歩して回っている。
この館の中も、猫の身で歩くと随分広かった。
それにしても、と、ランドルは周りを見回す。
ここはラムズ公爵の側室が使っていた館らしいが、まるで廃墟のようだった。どの部屋もがらんとして、何もない。補修も何年もされていないらしく、あちこちガタガタだ。
窓が破れて鳥が入り込んでいる部屋もあった。
この館で整えられているのは、玄関ホールと正面階段を昇ったあたり。それと──庭だけだ。
庭は美しい。
ランドルは窓枠に飛び乗ると、美しい庭園を見下ろした。
そして気づいた。
正面の窓はいくらか補修の跡がある。しかし裏手に面した窓はひどい有様だ。そういえば庭も正面の庭は手が入っているが、裏の方は鬱蒼として荒れ放題だ。
これはつまり、表だけを取り繕っているということか。ラムズ公爵は何か金銭的に問題があるのだろうか。
ふと疑問がわいた。
今はフェリシアだけが住んでいるらしいが、そういえば侍女はいないのか? 使用人も見たことがないが、あの子はどうやって暮らしていたんだ?
「おい、皇子」
羽ばたきしながら青い鳥が話しかけてきた。そのまま壁の鋲に器用に止まる。長い尾が流れ落ちた。
こいつはグリッグだ。
驚いたことに鳥になるのだ。もっとも自分は今や猫なのだが。
「何逃げてんだ、フェリが命の恩人だって説明したよな。頭でも背中でも撫でさせてやれよ」
ランドルが黙っていると、グリッグはわざとらしくため息を吐いた。
「フェリは皇子を連れて、あの暗殺者たちから逃げて逃げて、心臓が破れるくらい走ったのになあ」
それは前にも説明された。
「それからずっと、それは献身的に皇子のかごの傍から離れず、目が開いたといっては喜び、眠りすぎるといってはおろおろし、水を舐めたといっては大喜びし……」
それは──まあ、なんとなく記憶にある。
「まあ、あの子は恩を着せるつもりはさらさらないようだけどな、俺は違う」
ランドルは黙って聞いていた。
「だいたい皇子、お前もう声出るだろ?」
「──」
「フェリにお礼くらい言ってやれ」
そう言うとグリッグは、責めるようにランドルを一瞥し、飛び立っていった。
とうとうお前と来たか。
ランドルは飛んでいくグリッグのたなびく尾羽を見送った。
あの無礼極まりない言葉使いにも随分慣れたが、お前か。
そう思ってもそれほど腹は立たなかった。
声。
出せそうな気はする。
が──。
その問題はとりあえず保留にして、ランドルはグリッグが止まっていた鋲を眺めた。
邸のあちこちに鋲だけ残っている。
ここには絵や飾り物があったはずだが、どうしたんだ?
この邸に何があったのだろう。
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